第一の怪異 龍神(後編)

 朽木堂くちきどうは続ける。


「で、大鎚御前おおづちごぜんに敗北した龍神りゅうじんさまだったんですが……」


「どうなったの?」


 岬七瀬みさき ななせは前のめりに顔を寄せた。


「ほうほうのていで、村のはずれまで、たどり着いんですね」


「で、で?」


「そこにひとりの、娘が暮らしておりまして」


「うおっ、JK!? 美人だったの!?」


「美人だったそうですが、学校なんてない時代の話ですから、JKではありませんわな」


「ちぇ、違うんだ」


 彼女はアイスの棒をガジガジした。


「七瀬さん、いちいちさえぎらないでもらえますか? 話しづらくてしかたがありませんよ」


「へ〜い。ったく、昭和生まれはちまちまうるさいなあ」


「だから、あなたもじゅうぶん……」


「うるせえ、続けろ」


 歯形のついた棒をのどもとに突きつけられ、朽木堂は委縮した。


「はい……」


 彼はアイスティーをすすって、心を落ち着かせた。


「龍神さまの力の源というのが、まあ、当たり前かもしれませんが、水なんですね。それで彼は、娘さんが手にたずさえていた、手桶ておけの水を所望しょもうしたのです」


「ほうほう」


「娘はその水を、そっとやさしく、龍神さまに飲ませてあげたそうです」


「おお、やるじゃん、当時のJK」


「すると龍神さまは、なんとか回復して、一命だけはとりとめたのです」


「愛ですな、うん、いつの時代も」


 七瀬は腕を組んで、頭を縦に振った。


「で、龍神さまは、娘にこんな提案を、持ちかけたのです」


「それは?」


「大鎚御前を退治するためには、あなたの力が必要だ。わたしの子を産んでほしい、とね」


「え~っ!? 前代未聞のしこみます宣言じゃん! 龍神さま、大胆! そして、やりおる!」


「まあ、人間の感覚とは、違いますからねえ」


「で、しこんだ、と」


「はい、まあね……」


「で、で? その内容は?」


「あはは、そこまではさすがに、文献には書いてないですよ~」


「なんだってえ!? 一番大事なとこじゃん! 意外に性癖、ヤバかったりしてね、龍神さま!」


「それは、わかりませんが……とにかくその娘は、龍神さまの子を身ごもったのですね」


「がんばった、うん、がんばった……」


 彼女はこぶしを握って涙ぐんでいる。


「はは……そして、二人の間には、男女の双子が宿ったのです。兄妹きょうだいはすくすくと成長し、父親である龍神さまを、凌駕りょうがする力を持つことに成功したそうです」


「なんか、感動的。その双子も、きっとイケメンイケジョだったんだろうな~」


「双子は力を合わせ、仇敵きゅうてきである妖怪・大槌御前を……」


「倒したんだ!?」


「いえ、二人の力をもってしても、完全に倒すことはかなわなかったそうです。よほど強力なあやかしだったのですね、御前は」


「倒せなかったって、マジか……で、で?」


「倒せはしなかったものの、御前をらず山の中にある、鳴滝なるたきという場所の洞窟に、封印することはできたそうです」


「鳴滝ね、ほうほう」


「で、その子孫はいまも、御前が戒めを解いてしまわないよう、人間の世界に溶けこんで、しっかりとこれを守っているということなんです。めでたし、めでたし」


「う~ん、なんか微妙な終わり方だな~。大鎚御前はちゃんと倒してくれたほうが、すっきりする感じだね」


朽木九怪くちききゅうかいと呼ばれるあやかしたちのひとりですから。そんじょそこらの妖怪とは、強さが違うんですよ」


「ほへ、きゅうかい? なんだっけ、それ?」


「あなた、本当に朽木市民ですか? 朽木九区をかつて支配していた、九体の妖怪ですよ」


 七瀬は「何、それ?」という顔をした。


「異世界を支配するという謎の存在・魔王桜まおうざくらを神とあがめ、その親衛隊を統率していた連中ですよ。あとの八体は、え~と……」


「ああ、それ、いい。なんか長くなりそう。昭和生まれの話は、ただでさえ長いのにさ」


「え~、わたし、話したいですよ~」


「そうはいかんざき。そんな連中のことはどうでもいいから、次の怪異を教えなさい」


「そうですか? ちぇ~」


「大鎚御前、まだピンピンしてそうだねえ……」


「え、なんですか?」


「いや、アイス切れちゃった。持ってきなさい」


「年上に命令口調とは、まあ……そして七瀬さん、やはりあなたも、昭和くさい」


「おだまり、けだまり、みずたまり」


「ああ、なんだか、疲れてきた……」


「早くしてね~」


「はいはい」


 こうしてまた、朽木堂は番台の奥へとはけていった。


「……実際に、ピンピンしてるしねえ……」


 怪異は果たして店主か、客か。


 それを知らざるは、すなわち人のみなのであった――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る