第二の怪異 がじんぼう(後編)
「で、がじんぼうがひかきょんの娘を迎えにきたところにまつわるドラマとは?」
冷やしぜんざいを口の中へぶちこみながら、
「はい、そこなんですが……娘の16歳になる誕生日が近づくにつれ、ひかきょんはあのときの約束のことを思い出し、精神的に追いつめられていったのです」
「まあ、当然ですわな。で、で?」
「彼女はなんとか娘を守ろうと考えた。しかし、妖怪に狙われているなんて、世間が信じるはずもない」
「もったいぶるなや、早く教えれ」
「ひかきょんはあることを思い立った。結論から言うと、国外逃亡ですね」
「はい……?」
「いやいや、冗談抜きでですよ。ちょうど彼女は、税金対策でシンガポールへの移住を考えていたんです」
「国外逃亡なんて、まるで昭和だね。まあ、いまでも一部の金持ちはやってるんだろうけどさ」
「思い立ったが吉日とばかりに、ひかきょんは事情を知らず困惑する娘を無理やり引っ張って、タクシーを呼び空港へと急がせたのです。それがちょうど、前日の夜のことでしてね」
「うわあ、なんか、嫌な予感が……」
「時計の針が24時をさしたとき、突然タクシーが急ブレーキをかけた」
「……」
「びっくりするひかきょんとその娘。すると、運転手が帽子を脱ぎ、ゆっくりとうしろを振り返った」
「がくがく……」
「逃げられるとでも思ったのか!?」
「ひっ、ひいいいいいっ!」
「と、言ったかのどうかはともかく、はい、果たしてそれは、がじんぼうが化けていたのですねえ」
「あわわわ、ぜんざいが戻ってきそう……」
「ひかきょんは仰天するも、必死に娘を守ろうと暴れたのですね」
「まあ、そうなりますわな」
「その中で娘は、がじんぼうの口から、すべてを聞かさせることになるわけですよ」
「ああ、なんだか残酷……で、で? 結果はわかってるけど、すごく気になる」
「おそろしいのはまさにここでしてねえ……」
「引っ張るなクソ野郎。早く続きを言わんか」
「はいはい。わたしがおそろしいと申し上げましたのは、そのね、娘がね、がじんぼうのほうへ、寝返ったわけなのですよ」
「……は?」
「がじんぼうは今度は、俺の嫁になれば、おまえは好きなだけいい思いができると、娘のほうを誘惑したのです」
「ああ……」
「で、娘はがじんぼうについていくことにした。残されたひかきょんはというと……」
「なんか、すごい胸やけが……」
「用済みと見なされ、がじんぼうの口の中へと、ポイっ」
「やっぱりか……」
朽木堂はずずっとアイスティーをすすった。
「結局一番おそろしいのは、そう、人間だというオチになりますね」
「ひかきょんのおかげで生きてこられたのに、用が済んだら実の母親だろうがさようならってわけ?」
「そんなもんですよ、人間なんて」
「なんだかなあ」
「そして、いまその娘は、がじんぼうとよろしくやっておりますとさ。ちゃんちゃん」
「むなしい、なんか……」
「ところで最近、チックタックで大バズりして、莫大な大金を稼いでいるJKアイドルのお話を聞いたことは?」
「ああ、そういえば……みなみんだっけ? 確かにすごいかわいいよね。うちのクラスでも、彼女の話で持ち切りだよ?」
「ひかきょんの娘の名前、言ってなかったですね」
「まさか……」
「そう、
「……」
「人間って、本当におそろしいですねえ、ふふふっ」
「なんだか……気分が悪くなってきた」
「おや、薬が効いてきましたかね?」
「なんだと、こら?」
「ひえっ! 全然元気じゃないですか!」
「てめえごときにどうにかされる岬七瀬さまではないわ」
「やはり昭和ですねえ。薬なんて冗談ですよ?」
「どうだか」
「さてさて、次の怪異のまえに、小休止といきましょうか」
「またヘンなこと考えてんだろ、あ?」
「まさかまさかの草刈正雄」
「うぜえええええ」
「あなたには言われたくないですねえ?」
「まあいいや。次はミルクセーキ、持ってきな」
「昭和の不良ですか」
「昭和昭和もうあきたわ」
「はいはい。じゃ、ちょっと取ってきますね~」
「早くしろよ」
「へ~い」
ぜんざいの汁を飲み干し、岬七瀬は口をぬぐった。
「まるで自分が見てきたかのように話すじゃあないの。ま、なんでなのかは、推して知るべしなんだけどねえ」
夕焼けが店の中をジリジリと照りつけてきて、伸びた少女の影が黒いかげろうのようになっていく。
果たして何かが進行しているのか。
数えた怪異は、まだ二つ。
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