鬼の棲む町

びびっとな

本編

「あたし、鬼に会ってくる。」



可奈子がまた突拍子もないことを言う。今日最後の授業が終わり、一息ついていた私は呆れてものも言えなかった。



「鬼って何よ。」

「知らないの?」



知らないから聞いているのだ。

可奈子は得意げな顔をすると、私たちの高校があるこの町に広まっている鬼の噂を教えてくれた。



鬼は人の姿に似ている。いや、人に化けて社会に溶け込んでいる。その姿は美麗で人当たりも良く、多くの人は絆(ほだ)されてしまう。

そして、心を許した相手を誘い出し、その肉を生きたまま喰らうのだそうだ。



どうして力づくで襲わないのかって?

苦しめると、肉が硬くなってしまうからだ。



なんともサイコパシーを感じる理由である。いや、少しでも美味しい食材を求めるというのは、人間も同じか。



「鬼がいるのはわかったけど、どうして会いたいの?」



「バイト先のユキちゃんの彼氏のお姉ちゃんの彼氏がね、ある日突然音信不通になっちゃったんだって。噂によると、その彼氏は浮気をしていたらしいんだけど、相手が物凄く綺麗な女性だったらしいの。だからきっと、鬼に攫われたんだよ。」



もっともらしいことを言っているが、それはほぼ他人の世界のことだ。よくそんな無関係な人のために一生懸命になれるものだ。

可奈子の心臓は、きっと凄く綺麗で美しい色をしているに違いない。



そんな話をしていると、ガラガラっと教室の扉が開き、担任の織田先生が入ってきた。



「ホームルームやるぞ。挨拶はいいからみんな席についてくれ。」

爽やかな体育教師で、いつもならニコニコしている先生のただならぬ雰囲気に、生徒たちは何かを察して素早く席についた。



「落ち着いて聞いて欲しい。隣のクラスの長野が行方不明になった。事件なのか事故なのかは分からないが、もう一週間自宅に戻っていないそうだ。君たちも帰りは寄り道せずに、早く帰るんだぞ。」



そう言って、手短にホームルームは終了した。



「織田先生、落ち込んでるね。長野さんって織田先生に凄く懐いてたもんね。」

「あーでもわかる。織田先生やばいわ。優しいし余裕あるっていうか。」



周りの生徒は、先ほどの注意なんてそっちのけで噂話に夢中だった。

噂の織田先生は、まだ生徒と話していて教室に残っているというのに。



「やっぱり。この町には居るんだ。」

背後から可奈子の声がする。



「あたし。やっぱり鬼を探す。」



可奈子はそう言って立ち上がると、そそくさと教室を出て行った。




「ちょ、ちょっと待ってよ可奈子。ホントに出てきたらどうするのよ。」



私は立ち上がり、可奈子の後ろを追いかけて教室を出て行った。

最後に後ろを振り返ると、先生と目が合ったような気がした。何か用があるのかと思って少し見つめていると、先生はすぐに他の生徒との会話に戻ってしまった。





・・・・・・・





結局、ファミレスで可奈子と時間を潰すことになった。

小さなスプレーボトルに、タバスコを必死に詰めている彼女の姿を見て一抹の不安を覚えたが、眠くなって疲れたら帰るだろうと思っていた。



「私、本屋に行くから帰るね。あんたも早く帰りなよ。」



そう言うと、可奈子は大きくあくびをしながら手を振った。

その時、こっそりお代を払わずに出たのだが、後ほど届いたLINEでこっぴどく怒られてしまった。





・・・・・・・





午前1時、私は全速力で夜の街を駆けていた。

買った本が面白くて夜更かしをしてしまったのだが、いざ眠りにつこうとした時にLINEの通知音が鳴った。




『鬼を見つけた。』




その文面を見て、全身が震えた。

気付くと家を飛び出していた。



私のバカ。

どうして可奈子を一人にしてしまったんだ。



目的地に着いた。私たちの通う高校。

校門をよじ登り強引に中へと入った。



向かう先は体育館。いや、体育館倉庫。

ドアを開けようと手を伸ばした時、中から可奈子の声が聞こえてきた。



「離して!どうしてこんなこと…もう辞めて!」



私は大きな音を立ててドアを開ける。

すると、可奈子の腕を押さえつける織田先生の姿がそこにあった。

揉み合う二人の横には、行方不明になったはずの長野さんが手足を縛られて床に寝かされていた。気絶しているのか眠っているのか、意識はないようだった。



「可奈子!」



私が彼女の名前を呼ぶと、可奈子はこちらを振り返った。そして、私の名前を呼ぼうとした時。



織田先生は可奈子を突き飛ばした。

力任せに、思いっきり。






ゴンッ





後方に倒れた可奈子は、受け身を取ることもままならず床に後頭部を強く打ち付けた。

一瞬の出来事だった。



「可奈子?」



可奈子の眼球は上転し、身体はびくんびくんと痙攣している。

間違いなく危険な状態だ。



私は可奈子のそばへと駆け寄る。すると織田先生は「触るな!」と叫び、私に掴み掛かろうとした。



私は、可奈子の手から転がり落ちていたタバスコ入りのスプレーボトルを拾い上げ、織田先生の目に吹きかけた。



織田先生は目を押さえ、怯んだ。

「お前…そんなもんどこから…くそっ!くそっ!」



私は再び可奈子のそばに寄り添う。

何て酷いことを。

こんなに怖がらせて、こんなに痛い目に遭って。

これじゃあ。





これじゃあ。





「肉が、硬くなっちゃうじゃない。」





私はナイフを取り出すと、可奈子の胸元にそっと触れて骨と骨の隙間を確かめた。

そのまま、ゆっくりとナイフの先端を胸の中に沈み込ませて行く。







びくん。びくん。

ばたっばたっ






可奈子の痙攣が強くなって行く。

可愛い。



二年も待ったのに。最期がこんなのってあんまりだ。

ごめんね、あと少しだから。








ついに可奈子は動かなくなった。

目から沢山の涙を流し、断末魔の表情を浮かべている。

とてもじゃないけど綺麗な死に顔とは言えなかった。




織田先生は、唖然とした表情でこちらを眺めている。




「貴方、成りたて?」




少し反応が遅かったが、織田先生はゆっくりと頷いた。




「もしかして、最後に浮気した?」




彼は青ざめた表情を浮かべたが、再びコクリと頷いた。




バイト先のユキちゃんの彼氏のお姉ちゃんの彼氏…か。

可奈子、ここにいたよ。





----------





長野さん、そして可奈子という行方不明者が出たことで鬼の噂は町中に広まった。

あまり派手にやり過ぎるとすぐこれだ。もう、この町にも居づらくなるかもしれない。



卒業式を終えた私は廊下で織田先生とすれ違う。彼は申し訳なさそうに目を逸らした。

自分に懐いている女生徒を餌として監禁するなんて安直過ぎた。まして、鬼を探そうとしている可奈子を物欲しそうに眺めるあの視線は、鬼じゃなくても気が付くだろう。




「全部、お前には分かっていたんだな。」

私は苦笑した。

『成りたて』は空腹感が強いのだ、仕方がない。襲われた相手が『母(はは)』であったことも不幸だった。これからずっと、人を食い続ける人生を歩むのだから。






そのうち、腹の疼きにも慣れるよ。






私は目一杯の皮肉を込めて、こう言った。

「先生、さようなら。」

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