第1話 在り方

あれから数日が経った。

彼女には毒の類が本当に効かないようで、私のくしゃみを真正面から受けてもまるで意にも介していない。それどころか、かけられて喜んでいた。

彼女曰く「ほしみーとの距離が縮まったようでうれしい!」とのことだが、普通にくしゃみを掛けられたら、多少は嫌がるものだ。彼女が私へ向ける好きは本当に受け止めてしまってもいいものだろうか。


ほしみーほしみーと突っ走ってくる彼女をいなすのも楽ではない。

聞くとほしみーというのは私の名前、星葉実理(ほしばみのり )から取っているらしい。

天森さんに「私にもあだ名付けて!」なんて言われたが付け方なんてわかるはずもない。そもそもあだ名なんて、いつ呼べばいいのか…なれなれしくないだろうか…といった不安の種にしかならない。

そうなるくらないなら苗字で呼ぶのが一番良いだろうということでひとまず天森さんと呼んでいる。


彼女の自由奔放なスタイルのおかげで多少気は楽になったが、未だに我が身の一挙手一投足に意識を払う生活からは抜け出せない。

長い人生を通して培ったものは簡単には変えられないようだ。


「今日の授業はここまで!私は職員室にいるから何かあったら声をかけてくれ。それじゃ…解散!」

授業終了の鐘が鳴る

「くうぅうう!疲れたねぇー」盛大に伸びをする天森さん。

一緒に授業を受けていていくつか彼女について分かったことがある。

天森さんの立ち居振る舞いは非常にギャル然としているということだ。

「何?そんなにじっと見て」

メイクはバッチリで、制服も上手く着こなしているように見える。そこいらのファッションモデルなんかよりも天森さんの方がきっと絵になるだろう。

「おーいほしみー?」

髪にはいつもツヤがあり、なびくショートカットはとても魅力的だ。手入れとかしているんだろうか。

どうしても比較してしまう、彼女と私はまさしく月とすっぽんだ。

髪もぼさぼさ、美容院に行ってないせいで髪が床まで付きそうだ。

ネイルのやり方もメイクのやり方もよくわからない。勉強とゲームの知識以外私には何もない。

「あーそういうモードだー」

天森さんは私のことをどう思っているんだろう…

人の内面というものはどこまで行っても見えないものだ、だから他者との交流への恐怖がぬぐえない。

いつか私も彼女みたいに無邪気に笑うことが出来るだろうか。

ふと、彼女に問いかけてみたくなった。

「天森さん…」

「おっ!戻ってきた!」

「私変わりたい…!私も…天森さんみたいに全力で感情のままに…素直に生きれるかな?」

勇気をもって意志を表明した。憂いはない。

「ええー!ホシミーには無理だよ!」

まさかのカウンターを食らった。メンタルに大ダメージだ。

「え…なんで?」

「だってホシミーってあんまり笑わないじゃん!」

いや、そりゃそうかもしれないけどさ。

「だからってわかんないでしょ…なれるかどうかは」

流れで天森さんに抗ってはみたものの、かなり痛い所をつかれたのも事実だ。

人と笑いどころが合わない。そもそも笑ったことがない。

好きなゲームをやっていても、高揚感や達成感はあれど、笑うことなんて稀だ。

さらに、たたみかける天森さん。

「かといって作り笑いもしんどくなっちゃうタイプと見た!」

「……」

「じゃあ…じゃあどうしたらいいってのさ!」

少し、語気が強まる。自分でも初めての抵抗。今までは諦め、もがくことすらしないでいた。抗うようになった理由はそう、彼女の存在だろう。


普通に接することの出来る同級生が出来た。今までとは違う。

世界が私一人でなくなったのだ。

今まで捨て去ってきたものが今になって必要なものになった。大事なものを少しづつでも今からでも拾い集めようと躍起になっているのが分かる。

「ほしみーはそのままでいいんだよ」

「だめだ―」

「ダメじゃないよ」

食い気味に否定する天森さん。普段のあっけらかんとした表情とは打って変わって真剣なまなざしで語り始めた。

「ほしみー、変わるってことは自分を否定するってことじゃないんだよ?」

「成長なんて簡単な言葉で片づけられるほど人の変化ってのは単純じゃない」

「ほしみーは私になれないよ、もちろん私もほしみーになれない。だからいいんじゃない、人間って」

これが彼女の内面か、達観していて自分の価値観をまっすぐと持っている。

私は彼女に尊敬の念すら覚えた。

「私は、自分が嫌い。自分の全部が嫌いなんだ。」

「そっか…じゃあ私が変えてあげる!」

「え…?」

「私がほしみーの価値観を変えてあげる!ほしみーは凄いんだぞーってほしみーに教えたげる!その後はほしみーの好きに変わるといいよ!」

気付けば、私は涙していた。


「ほ…ホシミー!?ご…ごめんちょっと色々言い過ぎたかも!」

生きているだけで存在を否定されるような気分だった。

まるで怪物のように隔離され、親をも命の危機にさらした。そんな自分を自分で自分否定し続けてきた毎日。

支えなんて、何もなかった。

初めて他人に肯定されたような気がした。

彼女は私の毒に耐性がなかったとしても同じように接してくれたのではないかと何となく思った。

「わたし…じぶんをゆるしていいのかな…?」

「いいんだよ、だって仕方のないことだったんでしょ?」

「うん…」

「あ、でも一緒に帰ろって言ったのに先帰ったのは許してないからね!」

「いま…その話するの…?」

「はははっ!だって許してないんだもん!」

「びっくりしたよー、ほしみーお昼休みも何故かトイレで食べてたし!」

なんだかおかしい。

「ふふふっ…!ふはっ…!くくく…!」

「あははっ!はは…!」何が一体面白いのか、二人して馬鹿みたいに笑った。

彼女の内面に触れたからか、どことなく天森の表情が自然に見えるようになったような…変わっていないような…

だけどそれは私たちにとって大きな変化だったように思う。

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トキシック女子 ショダイ @yamadaMk2

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