トキシック女子
ショダイ
第0話 ワタシとほしみー
「また穴空いてる…やんなっちゃうなぁもう…」
今から10年ほど前、私の体から毒が出るようになった。
腐食毒、神経毒、実質毒、血液毒…確認した毒のどれもが人を死に至らしめるほど強力なことが分かった。
余りに突発的な変異にうろたえる周囲の人々。
それは親も例外ではなかった。私を抱いて寝ていた母の容態は重篤で、最近になってやっと意識を取り戻したものの、未だ上手く体を動かすことができないでいる。
父は私を恐れ家を出て行った。
この体になってから幸せを感じたことなど一度たりともない。まさしく呪いだ。
「オハヨウゴザイマス、ミノリ」
「ん…」
政府が私にあてがった最先端のヘルスケアロボット。
仕組みはよく知らないけれど、調理、洗濯、掃除をやってくれている。
私の住むこの場所は私以外に誰もいない区。
学校へは通わせてもらっているけれど、当然先生以外に接する人は誰もいない。
「リマインドデス、キョウハ16ジカラ、ラボデノケンサガアリマス」
「”今日も”でしょ…」
私以外にこの世界には誰もいない。勇気を出して踏み込んできたとしてもしばらくして外へ出ていってしまう。
だけど、非難なんて出来るはずもない。自分でもきっとそうするだろうから。
学校に通う必要なんて特にないけれど、今も私は”普通”を諦められないでいる。
「今日は暑いな…」
梅雨に差し掛かり、湿気がすさまじい。じめじめした蒸し暑さは好きではないが、自分が我慢をすれば済む話だ。問題は私から出る毒にある。
湿度が高い環境では私の毒が霧のように濃くなってしまい。接触せずともアレルギーや呼吸器系に疾患を与えてしまうのだ。
「先生に伝えておかないと…」
先生は電話が苦手だ。何故かはわからない。
コミュニケーションに難があるようには思えないけれど何か理由があるんだろう。SINE(サイン)を起動しメッセージを送信する。
(今日は湿度のせいか、一段と毒が濃いので休んでもらって大丈夫です)
(そういや、そうだったか!すっかり忘れていたよ)
そういや、検査結果って先生も共有されてるんだっけ。なんだか恥ずかしいな。
(しかし、星葉にビッグニュースを伝えるのが私の役目!休むわけにはいくまいよ!)ビッグニュース…?
(ビッグニュースって何ですか?)
(ガスマスク付けていきまーす)
当たり前のようにスルーするなこの人…
不安だ。
私の通う国立清河(せいか)学園は、在籍生徒数3600人の超超マンモス校だ。
規模で言えば学校の敷地だけで区をまたいでいるほどで、クラスは各学年で40クラスも存在する。もともと優秀なカリキュラムで人気はあったが、近年、豪華な設備と非常に高水準な学習環境が整えられ、世界に誇る学習機関としての呼び声が高い。
施設は全部で100号館まであるが、そのうち私が行動出来るのは96号~98号館までだ。それ以外は一般生徒たちの安全を鑑みて立ち入り禁止とされている。
先生はいつも居住棟という名の仮眠室を作れーだとか、喫煙所を作れーだとか騒いでいるけど正直、このままでいい。私の為だけに土地を広げるなんて申し訳ないし、その分清掃も大変だろう。
前に私の使った食器を青ざめながら掃除している人を見かけたことがある。
申し訳なかった、情けなかった。
私にとってはこの教室さえあればそれでいい。食堂も体育館もいらない。
「おはよう!星葉(ほしば)!今日も元気そうで何よりだ」
物思いにふけっている私を引き戻すかのように、勢いよく教室のドアを開けて先生が入ってきた。
「どこを見て言っているんですか…」
「ん?星葉の体調と毒の出力には相関があるだろう?無論毒を見て言っている!」「先生のそういうデリカシーのないところ嫌いです」
「すまん…」
先生に悪気がないのはわかってる。
研究者の性というやつだろうか。先生は普段から私の毒を調査しているらしい。
「そういえばな?今朝すっごい物を見たんだがー」
なにやらよくわからない話を先生は語り出した。
前は40分くらい話してたっけな…
「そんなことより…ビッグニュースって何なんですか」
一刻も早くモヤモヤを解消したい。先生には悪いけど話を切り上げてもらおう。
「ああ!そうだな…」
少し考え込む先生。
「星葉!前回のビッグニュースは覚えているかな?」
えっと…なんだっけ…
「屋上が使えるようになったってやつでしたっけ?」
「その通り!先生が必死に上に掛け合ってようやっと申請を通したあの偉業のことだ!」
「あれ先生の喫煙所としてか機能してないですよ…」
その話を聞いた次の日、前から喫煙所が欲しかったんだよ!と言っていた先生の姿を思い出した。
「今回のは前よりももっとすごいものだ!」
さすがにハードルを上げすぎでは…?
「聞いて驚け星葉!今日は―」
「どうもー!天森美奈(あまもりみな)でーす!よろしくお願いしまーす!」
え…?誰…?というか、ここに一般生徒は入れないはず…!
「どどっ…ど…どういうことですか!?先生!」
「天森!先生がクラッカーを鳴らしてから登場だって言ったろう!」
「ごめんなさーい。面倒くさくなって先に出ちゃいました!」
私がおかしいの…?ここでアウェーになるのは流石に予想外だ。やばい…冷や汗が止まらない…必死に呼吸を抑え、布を被る。
「星葉!?すまん…!これはだな…!」
抑えないと…抑えないと…。また誰かを傷つけてしまう。怖い…怖い…
「大丈夫だよ、ホシミー」
ほしみー?
「ごめんね?怖がらせちゃったかな?」
後ろから彼女の声が聞こえる。私のあだ名だろうか。
以前彼女と私は出会っている…?もしそうなら、私の体質のことも知っているはず…だったらどうして軽装で?
「私ねほしみーにずっと会いたかったんだ」
彼女が私の背を覆うように抱きついた。
「なっ…!?」
「私ね?傷にも毒にも強いんだ。特殊なんだよ、私もホシミーと同じで」
そんな訳ない。彼女を引きはがそうと抵抗する。
もしそんな人がいるのならラボで話を聞いているはずだ。
「信じられないだろうが、彼女の回復力と耐性は本物だよ星葉」
「彼女を信じてあげてほしい」
頭を下げる先生。
「だからね?友達になってほしいんだ。ダメかな?」
返事に口ごもる。
苦しむ様子を見せない彼女…真剣な表情の先生…
本当に?あまりに都合のいい提案に疑念が隠せない。
でも、もし…もし本当だとしたら…
少しだけ、もう少しだけ彼女に触れても許されるだろうか?
彼女の手を少し握ると、彼女は倍の力で握り返した。
感じた熱は今までのどんなものよりも穏やかで、安らぎのあるものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます