ナンパから助けた彼女は学校で噂の美少女だった
摩擦
第1話
初めて彼女を見たのはバイトの面接が終わった帰り道の途中。母さんに頼まれた買い物をするために、普段は通ることの無い商店街を歩いている時だった。
「落とさないように帰れよー」
肉屋のおじさんからメンチカツを買って、ようやく家に帰れると思えば道行く人たちがやけに路地裏をチラチラと見ている事に気づく。周りのおばちゃん達がひそひそと話しているのを見る限り、何かがあったのだろう。
早く家に帰りたいなと思いつつ、身体はいつの間にか好奇心に負けて動いていた。
路地裏に近づくにつれて聞こえるのは男の声。
「……なぁ?いいじゃん、少しくらいさ。」
室外機の音がうるさい暗くジメジメとした空間にいるのは2人の男。そしてその二人に囲まれて体を縮こませている一人の制服姿の少女。
「……はぁ。」
人目を気にせずに少女に話しかけている男達を見て小さくため息をつく。彼女も乗り気ではないのは一目見て分かるのに、なぜ執拗に誘おうとするのかはよく分からない。
視界の端で、ついさっきまで話していたおばちゃん達が小走りで走っていくのが見える。恐らく彼女のために助けでも呼びに行ったのだろう。
彼女には悪いが、ここは見なかった振りをして帰らせてもらおう。もう少し耐えれば、助けも来るだろう。
踵を返して家に帰ろうと、チラッと彼女の様子を伺えば彼女と目が合う。勘違いかと思ったが、周りにいるのは俺しかいない。
潤んだ目で助けて欲しそうにこちらを見つめる彼女を見て罪悪感が襲ってくる。が、しかしここにいるのは正義のヒーローではなく一介の高校生に過ぎない。頭の中で思い浮かぶのは、助けたとしても2対1でボコボコにされる自分の姿。
頭の中でごめんなさい、と謝りながら心を鬼にして早足で路地裏から離れる。
後ろから聞こえてくるドタドタと走る足音と、肉屋のおじさんの怒鳴り声をBGMに帰路に就いた。
─────────────────
「
「俺の仕事を増やすんじゃなくて人を増やしてください。
「でも、人探すのも面倒なのよ。霞君の友達で信用できそうな人連れてきてくれてもいいのよ?」
「友達がいたらこんなにシフト入れずに遊んでますよ。ていうか、面倒よりも今の負担減らすことの方が先じゃないですか。」
この店で働き始めた日から1か月。母さんの友人が営んでいる店ということもあり、面接をした日の翌日には採用があっさりと決まった。
バイト先である喫茶店Neonは母さんの大学時代の友人である
初めてのバイトだというのに、初日から大忙しだったあの時は特別手当が出ていなかったら次の日には辞めていただろう。マニュアルに書いてあったオーダーの仕方と仕事中に教えられた裏方作業であの一週間を乗り越えられたのは奇跡だと思う。
しかし、そんな地獄の一週間を過ぎればと店へ来る人は急に少なくなり店内を数席埋める程度に落ち着いてきた。
「霞君、ランチと今淹れたコーヒー向こう席まで運んでくれる?」
店内にいるのは、オープン初日から来ていた紳士なおじさんと雑談に花を咲かせるおばさま方、パソコン相手に作業をしているスーツ姿の男性だけ。
「お待たせしました、こちらランチセットとコーヒーになります。ごゆっくりお過ごしください。」
注文されたものを運び、暇な時間で机でも拭こうとすれば京子さんがカウンターから手招きしているのが見える。
「どうしたんですか?タバコなら勝手に行ってくれて構わないですよ」
「そんな仕事中にタバコ吸いに行くような人に見える?……そんなんじゃなくて、ほら、あれよあれ」
そう言って京子さんが指をさした方向を見れば、霞と同じ高校の制服姿の男と私服姿の少女が立っている。
「あのカップルがどうかしたんですか?」
「いや、多分カップルじゃなくてナンパよアレは。女の子も嫌そうにしてるでしょ?」
言われて見れば確かに少女が嫌そうにしている気も……する。
「……会話が聞こえたわけでも無いのに、よく気が付きましたね。それで、あのナンパがどうかしたんですか?」
「どうかしたって、女の子がナンパされてたら助けるものでしょ?店長命令よ、彼女を助けてきなさい。」
「えぇ、そんな急に言われたって…… 助けるって言ってもどうやってですか」
「それは自分で考える事。店まで連れてきてくれてもいいから。男ならナンパを退けれるくらいじゃないとモテないわよ」
それじゃ、ちゃんと助けるのよ、と言って厨房へ戻って行く京子さん。店長命令と言われれば従うしかないだろう。小さくため息を吐いて店の外に出る。
「…ごめんなさい、友人を待っているので」
「それじゃあ、連絡先交換しない?時間がないならこれくらいなら大丈夫でしょ?」
悲しいことに京子の予想は当たり、霞は自分の高校にこんなナンパ男がいるのかと悲しくなる。とっとと終わらせてしまおうと、近づくと足音に気づいた少女が俯かせた顔を上げてこちら見る。
少女と目が合い、ふと前にもこんな事があったような気がして頭の中で考える。……そういえば一ヶ月前にもこんな事があった。確か、男にナンパされていた女の子を見つけて────。そこまで考えて、記憶の中の女の子の顔と目の前にいる少女の顔が合致する。
この前は路地裏でナンパされ、今回は真昼間からナンパされているようだ。
「ねぇ、聞いてる───」
「待たせちゃってごめんね、ここは暑いしここのカフェに入ろうか」
「……うん」
男に有無を言わせない勢いで彼女の手を取って歩き出せば、呆気にとられた男がこちらを見ながら立ちすくんでいた。
これでこの前逃げた事はチャラになっただろうか、そう思いながら店内へと入った。
ナンパから助けた彼女は学校で噂の美少女だった 摩擦 @Masa_tsu
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