【完結】ポワゾンと呼ばれた女(作品231110)

菊池昭仁

ポワゾンと呼ばれた女

第1話 ポワゾン

 『Poison(毒)』と呼ばれるこの香水には数多くの逸話が存在する。

 普通の女性では操ることの出来ない香り。


 Diorから独立したイヴ・サンローランが、1977年に発売した『オピウム』の成功に業を煮やしたDiorの社長、モーリス・ロジェはルール社の調香師、エドァール・フレシエに従来のDiorにはない、斬新な香水を作るようにと依頼した。


 フレシエは女優、イザベル・アジャーニをイメージしてこれを作り上げた。

 女性を誘惑する男性のムスクに対して、この甘美で挑発的な独特の香りに男も女も酔いしれた。


 ヴォー・ル・ヴィコント城で行われた発表会では、アジャーニはこの類まれなる香水に「毒」という名の『#poison__ポワゾン__#』と命名した。


 CMの効果も凄まじく、あっという間に『ポワゾン』は全世界を席巻した。

 だが、その刺激的な香りからこの香水は賛否も別れ、アメリカでは「禁煙・禁ポワゾン」というレストランも現れたほどだった。


 この香水はこの香りを纏うに相応しい女性を選ぶ。

 そしてこの香水を纏うことを許された女性は、男性を吟味することが出来た。


 『ポワゾン』、それは不思議な魔法の媚香だった。


 そして、この『ポワソ』を着けることを許された女が事業本部長の小早川麗華だった。



 「小早川部長、ホライゾンの調査報告書がまとまりましたのでご確認下さい」

 「ご苦労様。寺田君、それであなたの感想は?」

 「はい、決算書や他の財務諸表に問題はありませんでしたがホライズンの本社の駐車場を見た時、社用車の乱雑な駐車状況が気になりました。

 トイレも清掃が行き届いているとは言えず、女子社員の私語も多く、出してくれたお茶も・・・」

 

 すると小早川部長は私が作成した報告書に目を通すこともなく、それをゴミ箱へ捨ててしまった。


 「わかった、もういいわ。それであなたならホライズンをどうするつもりなの?」

 「今回の企業買収に関しては、かなりのリストラが必要になると思います」

 「それじゃあそのリストラ対象の社員のリストを作成して明後日のお昼12時までに私に提出して頂戴。もちろんその社員のリストラ理由も添えて」

 「わかりました」



 小早川部長は社員たちから陰で「ポワゾン」と揶揄されていた。

 それには2つの理由があった。

 ひとつはその香水のように聡明で魅惑的な美しい女性であることと、そしてもうひとつはその「毒性の強さ」ゆえ、並みの男性が彼女に近付くと将来を失うというものだった。

 

 寺田功介25歳。大学の法学部を出てこの会社に入社して3年になる。

 寺田は検事を目指していたが司法試験を諦め、入社後、この会社の調査法務部門に配属されたのである。



 寺田は早急にひとりひとりと面接を行い、解雇予定者リストを完成させた。



 「部長、こちらがリストラ対象者リストになります」


 小早川はそのリストに目を通して言った。


 「ほぼ三分の一が使い物にならないゴミ社員だというわけね?」

 「残念ながら」

 「わかったわ、後日私も再面接をします」

 「よろしくお願いします」

 

 すると小早川は美しいシルクのようなウエーブ・ヘアを跳ね上げると、


 「今日の夜、私と食事に付き合いなさい。

 もしも彼女とのデートがあればそっちはキャンセルしなさい。いいわね?」


 小早川部長は思わせぶりに微笑んでみせた。

 唇のルージュが艶めかしい。


 「ありがとうございます。喜んでご馳走になります」

 「最初に断っておくわけど好き嫌いは許さないわよ、食事も女性に対してもね?」

 

 功介は黙って頭を下げ、小早川のブースを後にした。





 同期入社の水沢と会社の近くでランチの天丼を食べながら、その話をした。


 「寺田、ついにお前もあのポワゾンにロックオンされたか? ご愁傷様」


 水沢は面白そうに笑った。


 「冗談じゃないよー、イヤだなあ、ブラジル支社に飛ばされたらどうするんだよ?」

 「ブラジルならまだマシだぞ、ポワゾンとやっちゃったという、あの噂の北村課長なんてアラスカ出張所だからな? 

 東大出のスーパーエリートで、将来は役員間違いなしと言われた北村さんがだぜ。

 まあ功介なら、モンゴル出張所ってところかな? もちろんそんな出張所はウチにはないから「モンゴルの市場開拓をせよ」とか言われて、遊牧民のパオが事務所だろうな? あはははは」

 「水沢、俺、どうしたらいい?」

 「とにかく、当たり障りなく付き合って来ることだ。決して深入りはするな、わかったな?

 俺も遊び相手の功介がいなくなるのは寂しいからな?」

 「なんだよ、他人事だと思って」

 「馬鹿野郎、これでも心配してんだぜお前のことを。

 俺たち同期だろ?」


 水沢は旨そうに天丼を頬張った。




 昼休みに恋人の美香にLINEをした。


   ごめん、今日は

   部長と食事にな 

   った。

   夜、電話するよ。


           わかった、浮気

           したら殺すから

           ね(笑)

   怖っ(笑)




 そして退社時間となり、功介は小早川部長と銀座の高級鮨店へと向かった。


第2話 大人の色香

 ポワゾンは常連らしく、店主と気さくに話をしていた。


 「大将、ウチのイケメン君どう? 見込みありそうかしら?」

 「それを判断するのは俺じゃねえよ、麗華ちゃんだろう?」

 「今のところは及第点といったところだけど、これからが本番ね?

 どうなの寺田君、あなた、やれそう? この会社で?」

 「まだヒヨコではありますが、この仕事には遣り甲斐を感じています。

 もっと経験を積んで、いいアナリストになりたいと思います」


 ポワゾンは冷酒を口にした。 


 「寺田君、彼女さんとは長いの?」

 「大学の時の後輩です。付き合って今年で6年になります」

 「そう、楽しい?」

 「普通です。

 普通の付き合いですよ」

 「結婚するの?」

 「その予定です、一応」

 「いいわね? 若い時の恋愛って。

 怖いものなんてないもんね?」


 ポワゾンは僕のグラスにも冷酒を注いでくれた。


 「そうでもないですよ。このまま変わらずにいれるのかって考えることもあります」


 するとポワゾンは笑った。


 「そんなの怖いなんてことには入らないわよ。怖いというのはね? 慣れよ」

 「慣れですか?」

 「そう、慣れ。

 恋愛はね、たとえ夫婦であってもお互いに緊張感がなくなると男と女ではなくなるものなの。

 子供が産まれれば、単なるパパとママ。

 やがてセックスもしなくなり、そして老後。老いていくの。

 お互いがお互いに感謝も尊敬もしなくなってしまう。

 結婚する前はあんなにやさしかったのにと、後悔するようになる」

 「僕たちは大丈夫です。

 ラブラブですから」

 「あらそれは失礼。

 でもね? 人間には恋愛が必要なのよ。

 ときめきがなくなったら人間は終わり。それは精神的な老い・・・」

 「部長はどうなんですか? そんなに美人で仕事も出来るのに、ご結婚はしないのですか?」

 「結婚? どうしてそんなものしなくちゃいけないの?

 そこに緊張感はないでしょ?

 私には無理、一生ひとりの男に尽くすなんて。

 考えただけでもゾッとするわ。

 結婚は堕落よ、人間として」

 「でも彼氏さんはいるんですよね?」

 「そりゃいるわよ、女だって性欲はあるわ。

 いつまでも綺麗で若くいたい。

 それにはいいセックスをすることが一番効果的でしょう? そう思わない?

 知りたくない? その秘訣を?」

 「僕は彼女で充分です。肉食ではないので」

 「私があなたを肉食に変えてあげましょうか? ふふっ」


 ポワゾンは妖しく笑みを浮かべ、吟醸酒を呷った。


 僕はポワゾンの大人の女の魅力の中に、強く引き摺り込まれて行きそうになった。


 そして功介は、麗華の芸術的なまでに妖艶な深淵を覗くことになるのだった。




第3話 覚醒した野生

 鮨屋を出てタクシーに乗った私たちはお台場へ向かった。

 レインボーブリッジからは蛇のように走る「ゆりかもめ」と、まるで夜に咲く大輪の華ような観覧車の夜景が見えていた。


 「私ね、この夜景が凄く好きなの。

 観覧車のイルミネーションって素敵よね? ゆっくりと回転して頂点に向かい、そしてまたゆっくりと降りて行く。

 人生みたいなものでしょう? 知らぬ間に人生の時は過ぎてゆく。

 私の人生はすでにピークを過ぎ、これからは落ちて行くばかり。

 でもあなたはこれから。どんどん上に昇って行くわ。

 私がそうさせてみせる」


 耳元で囁くポワゾンの吐息に、功介は女を感じていた。

 彼の太腿に置かれたポワゾンの手が、股間に向かって微かに動いた。

 すでに硬直しているそこを、ポワゾンはフェザータッチを繰り返した。

 

 「あらどうしたのこれ?

 石でも入っているのかしら? こんなに硬くなって」


 功介の頭に美香の顔が浮かんだ。


 「浮気したら殺すからね」


 その声が徐々に遠のいて行った。




 タクシーは外資系ホテルのメインエントランスに到着した。


 「さあ降りなさい。

 これから夜のミーティングを始めるわよ」


 遂に功介は魔性の女、ポワソンと夜を共にすることを覚悟した。




 テーブルの上に部屋のカードキーを置いたポワゾンは、功介にやさしくキスをした。


 「シャワーを浴びてくるから、いい子にしているのよ。

 それとも私と一緒に入る? うふっ」

 「僕も一緒に、いいですか?」


 功介は麗華の誘惑に完全に落ちた。

 もちろん美香に不満があるわけではない。

 本当につき合ったのは美香が初めてだった。

 それは美香も同じだった。

 ふたりはバージンと童貞だった。SEXに関してはまだお互いに初心者同士だった。

 功介は高校時代につき合った彼女はいたが、キスもしたことがない。


 風俗とAVしか知らない自分には、性に対するコンプレックスがあった。


 (今夜だけ、今夜だけ許してくれ。

 僕はもっと美香を満足させてやりたいんだ)


 功介は心の中で美香に詫びた。

 そしてそれは自分に対する言い訳でもあった。



 ポワゾンは服を脱ぎ、ハンガーへ服を掛け、下着姿になると椅子に座り、ストッキングを脱ぎ始めた。

 微笑むポワゾン。


 功介も服を脱ぎ、ボクサーパンツになった。


 「こっちにいらっしゃい」


 ポワゾンと唇を重ねた。

 ポワゾンは功介の下着を、そのまま足でカーペットに落した。


 後ろ手に自分でブラのフォックを外すと、形の良い乳房が露わになり、乳首が硬くなっているのが分かる。


 「私も脱がせて頂戴」


 功介は彼女の白いTバッグをゆっくりと下した。

 霞のようなアンダーヘアだった。


 功介たちはバスルームへと移動し、シャワーを浴びた。

 ボディーソープをたっぷりと付けて、ポワゾンは功介を洗った。もちろんあそこを重点的に。


 「若いのね? もうこんなになっちゃって。かわいい」

 「小早川部長のせいですよ、僕がこうなっているのは」

 「部長はやめなさい。麗華と呼んで」

 「麗華、さん・・・」

 「うふっ さあ、ベッドでミーティングを始めるわよ」


 ポワゾンは石鹸を洗い流し、ベッドへ移動した。



 「功介、経験人数は?」

 「ひとりだけです。今の彼女が初めてです」

 「でしょうね? 私が教えてあげるからラクにしなさい」


 麗華はベッドから立ち上がるとバックから小瓶を取り出し、それを頭上に噴霧すると、それを全身に纏った。

 『Poison』だった。


 ベッドに戻ると麗華は言った。


 「この香りがないと、燃えないの」


 ポワゾンはそのまま功介と舌を絡ませ、功介の乳首を舐め、ペニスに触れた。


 「うっ」

 「どうしたの? もう出ちゃうの? ふふっ」


 この淫靡で華麗な香りとシルクのような白い美肌。そして繊細な指使い。

 功介は今にも欲望を噴出させてしまいそうだった。

 このままでは情けない状態になると判断した功介は、ポワゾンの一番敏感であろう足の付け根に顔を移動させた。


 「ちょっと強い、最初はやさしく。

 そう、上下に丁寧に。

 いいわよ上手。そのまま続けて・・・」


 次第にラブジュースの量が増えて来た。


 「あ、あ、今度は、そこを、強く吸って」

 

 功介は皮のめくれた陰核を、音を立てて夢中で吸った。


 「今度は、今度は、そのまま舌でレロレロするのよ、はう、あ、あっ! もっと強く! そうそれ! そのカンジ!」


 ポワゾンの太腿が功介の顔を締め付ける。


 「いくっ・・・」


 ポワゾンのカラダがガクンと仰け反った。


 「じゃあ、今度は私がお返ししてあげる」


 ポワゾンは功介のそれを口に咥えると、頭を激しく上下させた。


 ジュポジュポと淫らな音が部屋に広がる。

 功介はポワソンの頭を両手で掴んで言った。


 「もう駄目です、出ちゃいそうです!」


 するとポワゾンはそれを一旦口から離し、


 「お口の中に出してもいいわよ、飲んであげるから」


 そして行為を再開した。


 「うっ、出ます・・・」


 遂に功介は耐えきれず、ポワゾンの口の中に出してしまった。

 脈打つ陰茎。

 ポワゾンの動きが停止し、喉にそれが飲み込まれていくのがが分かる。

 美香もしてくれるが、飲んでくれたことはない。

 僕は心地良い開放感と罪悪感が入り交じり、自分自身に意識を集中させた。

 初めての快感だった。


 ポワゾンは功介のいきり立ったそれを丁寧に舐めてくれた。


 「彼女さんとはご無沙汰だったの? 大分溜まっていたようだけど」

 「すみません・・・」

 「何も謝ることは無いでしょう? いいのよ、若いんだから。

 あら凄い、まだ立ってるのね? じゃあ今度は私を気持ち良くして」


 功介がいつものように乳首を吸おうとすると、


 「それは後でいいから。とりあえず入れて」

 「ちょっと待って下さい。コンドームを着けますから」

 「馬鹿ね、そのままでいいわよ。

 外に出せば大丈夫、生理はまだあるけど私は妊娠しにくい体質だから」

 「わかりました」


 功介はポワゾンの足を開かせると、十分に潤んだそこにペニスを当てがった。


 「どう? 素敵ないい香りでしょう?

 このエロティックで知性と冒険に満ちた香り。

 私はこの『Poison』が大好き。

 そしてこの香りに抱かれて男を食べ尽くすの。

 さあ、いらっしゃい、私のかわいい坊や」


 何という不思議な香り。とても美香のような純朴な女の子には操れない香りだった。

 功介はまるで魔法にかかったかのように、麗華に吸い寄せられて行った。


 挿入を開始すると、温かく濡れた膣の中の凸凹がペニスを刺激した。

 襲い掛かる激しい快感とポワゾンの香り。


 じゅぷじゅぷ


 麗華の溢れる愛液に、功介は軽い酩酊状態となっていた。


 「いいわ、すごく、いい・・・、さあ、もっと強く! 激しく奥まで突いて!」


 功介はバックスタイルを取り、麗華のそこを高く上げて狙いを定め、自分のそそり立ったペニスを侵入させると、子宮口に到達するくらいにそれを突き入れ、パンパンと音がするほど麗華の洪水のように潤んだ蜜口を攻め続けた。


 功介は射精を望んだが、まだ出したばかりだったので、中々射精することが出来ない。

 その代わりに麗華の声は増々大きくなって、ついにその瞬間を迎えたようだった。


 紅潮した頬、ガクガクと倒れ込み痙攣を繰り返す麗華のカラダに、功介はある種の達成感に包まれていた。


 いつもクールなポワソンを征服した喜びに、功介の心は震えた。

 そして功介はその時初めて、自分の中に潜む野獣を、野に解き放つことが出来た解放感に浸っていた。


 サバンナを駆けて行く功介の野生。

 功介もやっと2回目の射精に漕ぎ着くことが出来た。


 功介は遂にポワゾンの女を知ってしまった。




第4話 物足りない行為

 功介がマンションに帰ると、美香が待っていた。


 「遅いっ! 電話にも出ない、LINEもしないて何してたのよ!」

 「ごめん、中々部長が放してくれなくてさあ」


 功介に近づき、匂いを嗅ぐ美香。


 「うっ、何なのこの変な匂い! おばさんの香水の匂いがする!」

 「小早川部長の香水だよ、キツイ匂いだろう? 俺にまで移っちゃったな?」


 功介は嘘を吐いた。

 功介はこの香りにすっかり魅せられてしまっていたからだ。

 


 「臭い臭い! 早くお風呂に入って来なさいよ! まるで頭からその香水をバケツで被ったみたい!」

 

 美香の言う通り、功介は全身にポワゾンを浴びていた。

 麗華の温もりと残り香が、カラダに沁みついている。



 熱い湯舟に浸かりながら、麗華との情事を想い出していた。


 今まで味わったことのない感触と快感。性愛とはあのような行為を言うのだろうか?

 ポワゾンの、あの蛇のようにカラダを這いまわる舌、そしてそれに追従するやわらかな唇。

 まるでその内部に別の手があるかのような、あの女性器の内部構造。


 時に強く、時にやさしく、強弱を繰り返しながらペニスをより奥の子宮へと導いてゆく。


 特にフェラチオのそれは、到底美香の及ぶものではなかった。


 巧みな言葉攻め。私はポワゾンに翻弄され、何度も何度もその快感に打ち震えた。

 まさに自分がポワゾンの飼い犬のようだった。



 風呂から上がると、美香が誘って来た。


 「功介、早く一緒に寝よう」


 セミダブルのベッドに入ると、すぐに美香がキスをしてきた。

 功介は落胆した。


 (これじゃない、こんな青臭いキスじゃない。

 ポワゾンのキスは)


 いつもなら美香の口づけに応える功介だったが、今夜はそっけなくそれにつき合うフリをした。



 美香のパジャマを脱がした。

 ブラはつけてはいなかったが、白と水色のストライプのコットン・パンティを見た時、自分の股間が萎えてしまった。

 麗華の身に付けていた、あの大人の白いサテン生地のお洒落なレースに彩られた下着とは、明らかに子供じみていたからだ。

 ロリコン趣味の男ならいざ知らず、綿製のショーツほど男をがっかりさせる物はない。


 薔薇の花が開くような、妖艶な麗華の反応とは異なり、美香の反応は固い蕾のままだった。

 功介は遂にその行為を中断した。


 「ゴメン、酒を飲み過ぎたせいか、あそこが言うことを訊いてくれないみたいだ。

 指でイカせてあげるね?」


 功介は美香の乳首を転がすように舐めながら、中指を1本だけ美香の蜜口に挿入し、優しく出し入れを繰り返した。


 「痛くない?」

 「大丈夫、もう少し強くていいかも」


 功介は親指でクリトリスを摩りながら、入口付近のざらついた部分を執拗に攻め続けた。

 すると、功介の背中に美香が強く腕を回し、


 「あっ、イクかも・・・、イキそう!」


 ガクガクと小刻みに痙攣し、美香はエクスタシーを迎えた。


 功介は美香を優しく抱きしめ、いつの間にか眠ってしまった。


 「功介? もう寝ちゃったの? もう! これからがいいところなのに! 功介のバカ!」


 美香はそれだけでは満足できず、ひとりで自分を慰めた。




第5話 媚薬『Poison』

 「寺田君、大和食品のレポートはチェックしたわ。これを基に役員会で使うプレゼンを準備しておいて頂戴」

 「かしこまりました」


 そのレポートには水色の付箋が付いていた。



     今夜は寝かせないわよ




 その夜はいつもより激しい宴だった。



 「そうよ、そう、その舌使い最高、そのまま続けて。

 うふっ、うわっ、あ、あ、止めちゃダメよ、私がイクまで、うっ、あん、続け、なさい」



 功介はその行為を忠実に続け、ポワゾンは激しく絶頂を迎えた。



 「凄く良かったわよ。それじゃあ今度は中でイカせて。

 そのあなたの立派なやつで。わかった? お返事は?」

 「はい」


 するとポワゾンは功介に向かって潤んだ花園を開いてみせた。


 「さあ、ここにそれを入れなさい」


 功介はそこに顔を近づけると、再度舌を使って潤み具合をチェックした。

 そこはまるで桃のネクタージュースのように、とろりとした潤み具合になっていた。


 「もうその必要はないわ、十分に濡れているはずよ。

 遠慮はいらないの、じらさないで早く挿入しなさい」


 功介はそこに自分を宛がい、ポワゾンのそこに自身を突き立てた。


 ジュボジュボ


 淫らな音を立て、リズミカルに出し入れを繰り返す功介。


 「もっと奥まで! もっと、もっと奥まで突いて!  

 私の子宮を突きなさい! そう、そうなの、いいわ、いい・・・うっ、あん、あん、あん、あ・・・」


 功介は次第にその動作を加速して行った。

 8ビートから16ビートへと。


 それにシンクロするように、ポワゾンの喘ぎ声がより早く、大きくなっていく。


 「麗香さん、もう限界です、ボク、もうダメです」

 「ダメよ、我慢しなさい。あなた男でしょ?

 もしも、私を、置き去りに、して、あん、勝手に出したら、許さ、ないから! さあ、そのまま続けなさい!

 いい、いいわ、もう少しよ、もう少しで天国の扉が開くのおおお!」

 「うっ」


 だが功介は短く呻き、ポワゾンの中に大量のザーメンを放出してしまった。


 ドックン ドックン


 「いいわ、いいから、そのまま、あうっ、あん、続けなさい! やめないで! やめちゃダメえー!」


 少し遅れてポワゾンの天国の扉が開かれた。



 彼女は歓喜に絶叫し、その喜びに打ち震え、失禁した。

 ベッドがポワゾンのそれでびしょ濡れになり、その上でポワゾンは痙攣していた。


 功介はポワゾンを抱き締め、彼女のアクメが収まるまで自分を抜き取ることはせず、彼女のそこの収縮を楽しんでいた。



 ようやくそれが収まり、功介は自分を引き抜くと、美しく淫らな蜜壺から、白い涙が流れて来た。


 功介はポワゾンのお尻を浮かせ、バスタオルを濡れたシーツの上に敷いた。


 近くにあったティッシュボックスからティッシュペーパーを3枚抜き取り、ポワゾンから流れ出た精液を拭き取った。

 その匂いがポワゾンの香水の香りと相まって、よりエロチックな物となっていた。


 功介はその時初めて、この香水の香りの正体を知った。

 この『ポワソン』は単なる香水ではなく「媚薬」だということを。



 ポワゾンの意識が戻った。


 「久しぶりに天国を見て来たわ。お疲れ様・・・。

 ごめんなさいね? オシッコしちゃった」


 ポワゾンは功介の萎えたペニスに触れ、功介の首筋に唇を当てた。


 「どう? この香り?

 この香りを理解出来た男だけが成功の階段を登ることが出来るのよ。

 あなたはどうかしら? この香りが何か分かった?」

 「この香りは、ただの香水じゃないんですね? これは「媚薬」です」


 ポワゾンは功介にキスをした。


 「そうよ、その通り。これは単なる香水じゃないの、天国への道標みちしるべなのよ。

 いいわ、あなたを立派なサラブレッドにしてあげる。G1クラスのね?」

 「ありがとうございます」


 ポワゾンはメンソール煙草に火を点け、ゆっくりと煙を吐くと、私の口にもそれを咥えさせた。

 ポワゾンの唾液で少し湿った吸口が卑猥だった。


 「セックスはね、身体を使ってするコミュニケーションなの。

 本当の快楽を知らない人間は、セックスを特別な物として意識してしまう。

 いやらしいとか、淫らだとか。

 心もカラダも蕩けてしまうようなセックスは、知性を伴う精神の開放であり、デトックスなのにね?」

 「デトックスですか?」

 「そう、デトックスよ。いいわ、じゃあまた私を天国へ行かせて頂戴。

 一度目の天国より、二度目、三度目の方がより素晴らしい天国を見ることが出来るの、女はね?」


 ポワゾンはそう言うと、功介にねっとりとしたハチミツのようなキスをし、ペニスをしごき始めた。


 すると功介のそれはムクムクと回復し、勇者の剣のように蘇った。


 それを確認したポワゾンは、功介の耳元で甘く囁いた。


 「さあお願い、私の天国の扉を開けて」


 そして功介とポワゾンは魚になり、深海の中を泳ぎ回った。

 

 ふたりの長い夜は夜明けまで続いた。




第6話 忠犬

 ポワゾンと情事を重ねる度、功介はどんどん自分に自信がみなぎって来ることを感じていた。

 今では女子社員の間でも、功介は憧れの的になっていた。



 「寺田君って最近、イケてるわよね?

 仕事は出来るし、いつも自信に溢れている。

 そしてなんだか色気も出て来たみたい」

 「ベッドでも凄いのかなー? 寺田君って?」

 「もう、まだ午前中よ。あはははは」


 功介はいつの間にか給湯室の話題になっていた。




 ベッドが激しく軋んでいた。


 「功介、功介、すごい、すごいの。もっと、もっと、もっとちょうだい!

 どうして、どうしてなの、こんなにすごい、の・・・?」

 「いいから黙ってイケよ。ほら、ここがいいんだろ? こうか? こうなのか?

 ほら美香、こうしてやるよ、こうだ!」

 「功介! イク、イクわ、すごいの! すごいわ! イ、クッ・・・」


 シーツを握り締め、美香はそのままエクスタシーの底へ落ちて行った。

 功介の精液はコンドームの中にそのまま放出された。



 正気に戻った美香は、功介に寄り添い甘えた。


 「セックスって、こんなにいいものだったのね?

 知らなかった・・・」

 「美香、お前はかわいい女だ。凄くいい女になった」


 功介は美香を「お前」呼ばわりするようになっていた。


 女にはふた通りの女がいる。

 それは「お前」と言われて喜ぶ女と、そうでない女だ。

 男に所有されたい女と、「その私をお前って言うの止めてくれない? 私はあなたの物じゃないから」


 後者の女は恋愛の対象外だ。

 ドM男でもない限り、そういう女は必ずイニシアチブを握ろうとするため、女に鳴れた男はそんな女を嫌うのだ。

 もっともいつも「お前」呼ばわりしている男もどうかしている。恋愛は平等であるべきだからだ。

 男女は本来、上でも下でもない。ベッドでの体位と同じだ。


 功介はすでに美香では物足りないことを感じている。

 功介はすっかりポワゾンの虜になっていたからだ。


 ポワソンという大輪の薔薇の前では、どんな花も霞んでしまう。

 功介は完全にポワゾンに調教されていた。




 「寺田君、この大山工機の経営分析は完璧よ。

 財務諸表だけでは企業価値は見えないわ。よくここまで調べたわね? 経営幹部と現場の社員のスキルと性質分析。実によく出来ている。

 あなた、大分成長したんじゃない?」

 「小早川部長の指導のおかげです。ありがとうございます」

 「それじゃあまた、ご褒美をあげないとね? うふっ」


 ポワゾンは銀縁のメガネを外し、眼鏡のつるの端をルージュを引いた唇に当て足を組み替え、微笑んで見せた。


 「後で電話するわね?」

 「わかりました。失礼します」


 功介はすっかりポワゾンの忠犬になっていた。





 ランチの立ち食い蕎麦屋で、親友の水沢から言われた。


 「功介、お前、ポワゾンとやったな?」


 功介の箸が止まった。

 

 「水沢、どうしてそう思う?」

 「お前は変わった。その眼つき、以前のトロンとした、死んだ魚のような目をしたお前の目じゃない。

 誤解すんな、これはいい意味で言っているんだ。

 凄いなポワゾンは? お前をそこまで変えてしまうんだから」

 

 水沢は再び山菜蕎麦をたぐり始めた。

 どんどん自分が変わっていく。それは功介本人も自覚していた。


 「だけど気をつけろ。ポワゾンはの剣だ。

 お前が成長すればするほど、同時に失う物も増えていく」


 水沢の言う通りだと思った。

 現に美香への愛情が薄らいでしまっている。

 ポワゾンの大人の女の魅力と、あの『毒』という名のあの香りから、功介は抜け出せなくなっていた。




 ポワゾンにクタクタにされた功介は、ベッドでぐったりとしていた。


 「どうしたの功介? もうおしまい? 情けない。そんなんで一流のビジネスマンにはなれないわよ。

 出来る男はすべてにおいてパワフルでなければ、運は寄って来ないわ。

 お金も女も追い駆けては駄目。引き寄せないと。

 成功している人間はね? 重みがあるの。どっしりとした重厚感が。

 よく「軽い男」とか「尻軽女」とか言うでしょう?

 あれは本当のことよ。人間的にも、そして見た目にも軽いの。薄ぺラな人間。

 ノートルダムの入り口のレリーフにはね、キリストが天秤を持って、魂の重さを測っているの。

 魂が重い人間はミハエルと天国へ。そして魂が軽い人間はサタンに地獄へと引き摺り込まれる」

 「どうしたら魂を重くすることが出来ますか?」

 「それは徳を積むことよ。まずは声。

 自信を持って大きな声で5m先の人に話すようにお腹から声を出すこと。

 大きな声は魔物を祓うものよ」

 「大きな声ですか? 意識してそうするようにします」


 ポワゾンは功介のペニスに触れた。


 「元気になったようね? もうこんなになっちゃって。かわいい」


 濃密な最終ラウンドが開始された。

 まるで母親のように功介の髪をやさしく撫でて微笑むポワゾン。


 「麗華さん・・・、天国にいるような気持ちです、ボク・・・」

 「大袈裟ね? 功介は」


 ゆっくりとカラダを起こし、功介はポワゾンに訊ねた。


 「麗華さん、ボクは麗華さんとお付き合いさせていただいて、自分が進化して行くのがわかります。

 なのになぜ、北村課長はダメになってしまったんですか?」


 するとポワゾンは功介を抱き寄せて言った。


 「あの男はね? 自分を忘れたの」

 「自分を忘れた?」

 「そう、思い上がってしまったの。自分の浅はかな能力にね?

 いいこと功介。人間の能力にはさほど差はないものよ。 

 それを本気でやるかやらないかだけ。

 でもね? 出世するには運も大切。わかるわよね?

 彼には運がなかった。ただそれだけのこと」

 「運ですか?」

 「そう、運はどうすれば手に入ると思う?」

 「わかりません。本来、その人に最初から備わっている物でしょうか?」

 「運はね? 周りの人が運んで来てくれる物よ。

 運んでくるから「運」でしょう?

 運命とは命を運ぶと書くじゃない? つまり周りの人を大切にするということ。

 あの男は自分のちっぽけな能力を過信して、周りを威圧するようになった。

 大したでもないくせに。

 だから功介、あなたは常に謙虚でいなさい。そして多くを語らないこと。

 沈黙は金、わかった?」

 「はい」

 「思い上がりはダメ。自分の成功はみんなのおかげ、それを忘れないようにしなさい」


 功介は頷き、ポワゾンの胸に顔を寄せた。

 まるで従順な飼い犬のように。




第7話 Pussy Talk

 「まだダメ、ダメよ、先にいっちゃダメ!

 来そうなの、もうすぐ、来そう、 あっ、来る、来る、早くっ、早く出して! 中に出して! 今すぐっ!」


 ポワゾンの命令に従い、功介はポワゾンの中で果てた。



 数分が経過し、ポワゾンが現実世界に帰って来た。


 「はあはあ 功介、どんどん良くなってくるわね? 上達が早いわ」

 「麗華さんの指導がいいからですよ」

 「それはそうよ、あなたは私の優秀な生徒だもの。教え甲斐があるわ。

 昔『Pussy Talk』というポルノ映画があってね? Pussyって子猫ちゃんっていう意味なんだけど、女性器のスラングでもあるの。

 要するに、あそこが勝手に喋ると言うお話。

 あそこが喋るのよ、面白いでしょ?」

 「でもなんだかありそうな話ですよね? 口が縦についているといえば、そんな発想にもなりますから」

 「下のお口が上のお口とは全然違うことを話すのよ。上と下の口が会話しているの。

 でもね、それが女なのよ。清楚に見えて本当はドスケベ。

 意外と多いのよ、昼は淑女のように振舞い、夜のベッドでは淫らな娼婦に豹変する女が。

 そんな女をあなたはどう思う?」

 「ステキだと思います。男はそのギャップに弱いですから。

 麗華さんのように昼はバリバリのキャリアウーマン、そして夜は・・・」

 「夜は何? 夜がどうしたの?」

 

 ポワゾンは舌なめずりをして首を傾げ、功介を見詰めると淫靡なキスを仕掛けて来た。


 功介は完全にポワゾンの所有物となっていた。





 「寺田君、今日の私のパワー・ランチに同行しなさい」

 「わかりました」


 功介はポワゾンと社用車に乗った。

 

 「どこでランチですか?」

 「来ればわかるわ」

 

 クルマはある場所の検問所に到着した。


 「ここは・・・」

 「首相官邸よ。総理に会わせてあげる」

 「えっ!」


 功介は狼狽えた。


 「ついていらっしゃい」

 「あっ、はい」




 功介と麗華はいくつものセキュリティを通過し、総理執務室へと案内された。


 「少しお待ち下さい」


 官邸の職員が部屋を出て行った。



 「小早川部長は総理大臣ともお知り合いなんですか!」

 「昔、総理の愛人だったの」

 「えっ! 総理の愛人!」

 「嘘よ、母の知り合いなの。総理と言えども地元は地方の城下町、いいオジサンよ」


 するとドアが開き、あのテレビでしか見たことがない総理大臣が現れた。


 「やあ麗華、また一段と色っぽくなったじゃないか!」

 「総理こそ、また男を上げましたね?」

 「一応、これでも内閣総理大臣だからな! わっはっはっはっ」

 「お忙しいところ、恐縮でございます。オジサマ」

 

 (ポワゾンが総理とこんなに親し気に)

 

 「元気だったか? お母さんは元気かね?」

 「おかげ様で、息災ですわ」

 「そうか? よろしく伝えておくれ。

 この青年かね? 麗華のお気に入りという青年は?」


 総理は功介をジロリと一瞥した。


 「ええ、これからが楽しみな弊社の若手エースです。今後ともよろしくお願いします。将来、必ず総理のお役に立てる男だと思います」

 「君、名前は?」

 「て、寺田、寺田功介といいます!」

 

 功介は震える手で総理と名刺交換をした。


 「覚えておこう。

 すまんが今日は野暮用が多くてな? いつもの店を予約したおいたからゆっくりと食事をして帰るといい。

 じゃあ麗華、またな?」

 「お忙しいところ、ありがとうございました」

 「ありがとうございます」

 

 総理は僅か3分ほどで執務室を後にした。


 


 総理官邸を出て、近くのフレンチレストランで食事をした。



 「小早川部長はいったい何者なんですか? 総理とあんなに親しくされて」

 

 ポワソンは上品に食事を楽しみながら、微笑んで言った。


 「私ね、総理のお孫さんと婚約していたことがあるの。

 結局婚約は破談になったんだけどね?

 私の大好きだった叔父が銀行員の時に女子行員と自殺未遂をしてね? それで私からお別れしたの。

 政治家なんて何が命取りになるかわからないから。

 それでも彼は「そんなことは気にするな」と言ってくれたわ。

 彼は優秀な脳外科医だったの。

 でもそうはいかないわよ、彼の家系に傷を付けることになるから。

 だから私は彼のことを諦めてニューヨークへ行き、今に至るわけ。

 結婚式の案内状まで出したのによ? バカな女でしょう?」


 ポワゾンは少し悲しい目をして、ヴィンテージ・ワインを口にした。

 彼女の悲しい目を見たのはこの時が初めてだった。



 「功介、チャンスは誰にでもやって来るわ。でもね、殆どの人間はそれを見逃してしまう。

 直球ストレートのど真ん中の緩い球なのによ。

 バッターボックスに立てなかったり、バットを持っていなかったり、それを見送ったり、空振りしたり・・・。

 あなたは私が見込んだ男、必ず成功者になる」

 「はい!」


 功介は決意と共にワイングラスを空けた。




第8話 ニューヨーク本社へ

 功介はポワゾンに呼ばれた。


 「寺田君、来月からニューヨーク本社に転勤だからそのつもりで」

 「えっ、ボクがニューヨークの本社にですか?」

 「そうよ、嫌なの? 栄転なのよ。

 本社では今の10倍大変だけど、その分、面白さもやり甲斐もあるわ。

 磨いてらっしゃい、自分のスキルを。

 そして本社には綺麗なブロンド美人もたくさんいるから、ついてに男も磨いてらっしゃい」

 「どうして僕のような若造が本社なんですか?」

 「総理に感謝しなさいよ。ボスに口添えしてくれたんだから。

 恩に報いるのよ、頑張って来なさい。分かった?」

 「はい! ありがとうございます!」



 功介のニューヨーク行きはたちまち社内で噂になった。


 「すごいな寺田の奴、あの若さで本国勤務だなんて」

 「どうせポワゾンのおかげだろう? おそらくは」


 と、男性社員たちは冷ややかだったが、女子社員たちには更に株を上げた。



 「私も寺田君と一緒にニューヨークに付いて行きたーい!」

 「ダメよ、私と行くんだからあ」


 社内は功介の話題で持ち切りだった。

 親友の水沢からも言われた。


 「功介、すごいじゃないか本社勤務だなんて!

 役員コース確定だな! お前には先を越されたよ」

 「俺の実力じゃないよ」

 「ポワゾンか?」

 「ああ」

 「でもそれは違うな? ポワソンに認められたお前が凄いことに変わりはない。

 あのポワゾンは仕事の出来る奴しか相手にしないからな?

 ポワゾンは男を見る目は確かだ。

 頑張って来い、寺田」

 「ありがとう水沢」



 だがそれ以来、ポワゾンは功介を誘わなくなっていた。



 「功介、どうしたの? 最近ご無沙汰だよ?」

 

 功介は居酒屋で美香と飲んでいた。


 「俺、今度転勤することになったんだ」

 「えっ、どこに? 大阪? それとも仙台?」

 「ニューヨーク」

 「ニューヨーク! それって本社っていうこと? 私も一緒について行く! ニューヨークに!」

 「ダメだ」

 「どうして?」

 「武者修行だからだ。遊びじゃない。それに美香にも仕事があるだろう?」

 「仕事なんか辞める。

 辞めて功介のお嫁さんになる」


 功介は刺身を食べ、生ビールを一気に飲み干した。

 言い難い話を切り出すために。


 「ごめん美香、そのことだけど、少し考えさせてくれないか?」


 美香は俯き、黙ってしまった。


 「好きな人がいるんでしょう?

 なんとなくわかっていたわ、あの香りの部長さんなのね? 功介の好きな人って?」

 「どうして?」

 「だってあの香りに包まれてからの功介、ヘンだったもの。

 いつも上の空で。

 でもセックスだけはとても上手になった。

 前みたいにすぐに入れて出して終わり、のワンパターンじゃなくなったもの。

 その女上司にレッスンされたんでしょう?」


 功介は黙ってしまった。


 「イヤよ私、絶対に諦めないから。

 功介が日本に帰って来るまでずっと待ってる。

 そしていい女になって、功介を私に服従させてやるの、必ず」

 「俺は自分がわからないんだ。

 ただ眼の前のチャンスを活かすしかない、すべてが楽しいんだよ、毎日が。

 美香が俺を愛してくれるのはありがたい、だけど美香も考えてみて欲しいんだ。

 俺を本当に愛しているのかを」

 「愛しているに決まってるでしょう!。

 だから付き合っているんじゃないの! 愛していない男に抱かれるほど、私は男に飢えてはいないわ!」

 「わかった、それまでお互いにこれからのことをよく見つめ直してみよう。

 離れても、本当に愛していると言えるかどうかを」


 美香は泣きながら席を立った。


 「私がこんなに功介のことを愛しているのに! 功介のバカ!」


 美香はそのまま店を飛び出して行った。

 私は美香の後を追わなかった。


 女心とは想いと裏腹の事を口にする場合が多い。


 「あなたなんか大っ嫌い!」は「こんなにあなたのことを愛しているのに!」が隠れており、

 「私があなたをこんなに愛しているのに!」には「愛していたのに」という過去形に色褪せた言葉が、「でも今はそんなあなたが嫌いなの」という本心が露呈しているのだ。

 つまり、美香はもう俺を愛してはいないと言ったことになる。


 功介は少し安堵した。



 その後も功介は何軒か飲み屋を梯子し、酔った功介はポワゾンに電話を掛けたが既に着信拒否にされていた。

 マンションに押しかけようかとも考えたが止めた。

 おそらくそれは、ポワゾンも同じ気持ちだと思ったからだ。「会いたい」と。




 いよいよ明日、日本を発つ時がやって来た。

 功介が荷物の整理をしていると電話が鳴った。ポワゾンからだった。


 「功介? これからウチに来なさい」




 僕はポワゾンのマンションへ急いだ。



 「麗華さん! 麗華さん!」


 ポワゾンはシルクのガウンを羽織り、ワインを飲んでいた。


 「どうしたの? そんなに慌てて。

 明日の準備はもう終わった?」


 功介はいきなりポワゾンに抱き付いた。


 「麗華さんに会いたかった。すごく。

 どうして会ってくれなくなったんですか?」

 「それはね? 離れるのが辛かったからよ」


 ポワゾンは功介をやさしく抱きしめた。

 そしてあの香がした。『Poison』の香りが。


 「あなたをニューヨークへ行かせることはとても悩んだわ。

 でも、私は自分を鬼にした。

 あなたをもっと輝かせるために」

 「僕は麗華さんと別れたくない! このまま麗華さんと暮らしたい!」

 「そんなお子ちゃまみたいなことは言わないの。

 あなたはもっともっといい男になるべきよ。

 そして、私はもう誰も愛せない」

 「だって麗華さんはいつも僕を愛してくれたじゃないですか!」

 「それは愛じゃないわ、それはただの気まぐれよ。

 私が愛した男はあの人だけ、ごめんなさいね?」

 「嘘だ! 僕はいつも確かに麗華さんの愛を感じていた!」

 「嘘じゃないわ、そして彼はもうこの世にはいない・・・」

 「えっ、じゃあ麗華さんはずっとその人のことを?」

 「私と彼の時間は止まったままなの。

 だから功介はもう私を忘れていいのよ」

 「そんなのイヤだ! 絶対にイヤです!」

 「我儘を言わないの。

 わかったわ、今夜だけは抱っこして寝てあげる。

 だからあなたはこれからは自分の人生を歩きなさい。いいわね?」


 ポワゾンの熱い口づけに、功介は自分を抑えることが出来ず、ポワゾンを絨毯の上に押し倒した。


 「どうしたの? 功介」

 「麗華さんが欲しい!」


 久しぶりのポワゾンの香りに、功介は無我夢中だった。

 だがポワゾンは言った。


 「止めなさい功介。今夜は静かにお別れしましょう。明日、私は空港へは見送りに行かないわよ」


 そう言ってポワゾンは功介を強く抱き締め、泣いた。


 それがポワゾンとの最後の夜だった。




最終話 雪降るマンハッタン

 ニューヨークに来て半年が過ぎた。

 大した仕事はまだ与えられてはいなかったが、NewYorkerたちの会話スピードには慣れて来た。


 功介は無我夢中だった。

 日本とは違い、ここでは何故そう思うのか? そしてその自分の意見がいかに正当性のあるものなのかを主張しなければならない。

 この緊張感で毎日がヘトヘトだった。



 「麗華さんに会いたい。そしてまたあのポワゾンの香りに包まれたい」


 だが、ポワゾンと最後の夜、功介は約束させられた。



 「いいこと? 功介から連絡してはダメよ、私から連絡するまで電話もメールも、そしてエアメールも禁止。

 わかった?」

 「どうしてですか?」

 「あなたはまだ弱いからよ。強くなりなさい、功介」



 そしてポワゾンからはまだ連絡はなかった。


 美香からはエアメールが週一のペースで届いていた。

 そして2週間前にも手紙が届いていた。



   

  親愛なる功介へ


   どう? そっちの暮らしには慣れた?

  功介のことだから、金髪美人とよろしくやって

  いるとは思うけど。

  あの後、色々と考えてみました。

  でもどうしても考えがまとまらず、小早川

  さんに会いに行ってきました。


   結論からいいますね? 完敗です。

  あの聡明さ、美しさ、大人の女性としての余裕。

  気品の高さ。

  私はすっかり小早川さんに魅了されてしまいま

  した。

  ミイラ盗りがミイラになる? そんな気分です。

  功介が惚れるのも無理はありません。

  女性の私が憧れるのですから。


  私、新しい恋をはじめました。

  今年のクリスマスに結婚式を挙げる予定です。

  ホントは功介に、ウエディングドレス姿の私

  を見せたかったけど、諦めます。


  功介、ニューヨークに旅行することがあったら

  ガイドしてね?

  私は小早川さんにはなれそうもありません。

  功介、たくさんの素敵な思い出をありがとう。

 

                   お元気で。

    かしこ

                             

    元恋人 美香より




 美香にはすまないことをしたと思った。

 だが、自分の気持ちを誤魔化すことは出来なかった。




 クリスマス・イブの前日、同僚たちが足早に休暇のために帰って行く中、オフィスで残った仕事を片付けていると、あの懐かしい香りがした。

 ふと顔を上げると、そこにポワゾンが立っていた。


 「お久しぶりね? 寺田君。

 随分といい顔になったんじゃない?

 男の色気も大分出て来たみたいだし。ふふっ」

 「小早川部長・・・」


 眩しいほどのポワゾンの笑顔に、時が停まった。

 ポワゾンはより美しくなっていた。


 「さあ、もう退社時間よ。

 いつまでやっているの? 時間内に仕事を納められないビジネスマンは失格よ。

 それに今日はクリスマス・イブの前日なのに」

  

 功介は慌てて書類の山を机の引き出しに押し込んだ。




 ポワゾンと腕を組み、無言のまま歩く5th Avenue。

 すべてが輝いて見えた。



 ロックフェラー・センターに辿り着くと、100フィートはあろうかという巨大なクリスマス・ツリーが摩天楼に囲まれ、そびえ立っていた。


 美しく光輝くクリスマスツリーの下で功介とポワゾンは抱き合い、熱い口づけを交わした。

 

 甘いルージュの味と、『Poison』の香り。

 粉雪がやさしくふたりに降り注ぐ。

 僕の肩に、ポワゾンの髪に。


 ふたりはその雪を払おうともせず、ずっと抱き合ったままだった。

 神の祝福を受けながら。


 どこからか、アンディ・ウイリアムスの唄う『White Christmas』が聴こえていた。



                         『ポワゾンと呼ばれた女』完 





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【完結】ポワゾンと呼ばれた女(作品231110) 菊池昭仁 @landfall0810

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