後日談 窓の露
クリスマスキャロルの流れるラジオ、壁に飾られた小さなサンタクロースの飾り、せいいっぱいのご馳走が今か今かと来客を待っている。部屋の主はこの日のために買った小さなもみの木を飾り立てていた。ラジオの音楽に合わせた、陽気な鼻歌がついつい漏れる。
待ちわびた玄関チャイムに、彼は急いでもみの木のてっぺんに星の飾りを置いて扉を開けに向かった。
「やぁ、待っていたよ」
扉の外に立つ母娘に、老人は穏やかに微笑んだ。不慣れそうにはにかんで挨拶をする母親の隣をすり抜けて、ずいぶん足取りのしっかりしてきた女の子が老人の足に飛びつく。まだ言葉の発音は甘い。
「じいじ」
子どものぬくい小さな手がしがみついてくるのに、老人はしわの多い手で何度もその頭を撫でながら、よく来たと繰り返し言った。少しの金を得るために嘘を叫び続けた濁った声は優しい響きで愛おしげに子どもの名前を呼び、生き延びるためにギラギラと光っていた目は線のように細められていた。
ストーブに温められた部屋で素晴らしい食事をして、誰かと親密な会話をし、クリスマスの夜を過ごすなんて幸福が、彼に訪れることなんてもう二度とないのだと思っていた。若いころの過ちですべてを失い、それから彼は長い間孤独に生きてきた。昨年のクリスマスにもたらされた奇跡は一夜に終わらず、老人の冷えて凍った心を溶かしきってしまってもまだそばにいて照らしてくれる。
「おじいさん」
彼女のしもやけになって真っ赤だった頬は滑らかな肌色に戻り、ブロンドの髪を綺麗に結い上げると、まだ若々しい娘であることがよくわかった。ワインを口にし、彼女がまた口を開く。
「実は、相談したいことがあるのです」
「言ってみなさい」
彼女は、勤め始めた帽子屋の客に交際を申し込まれているのだと説明した。うまく食べられずパンくずを胸に落とす娘の手を拭ってやりながら、その男は子どもの父親となれるのかわからないと悲しげに言う。
「私と同じくらい若い人です。きっと子どもができる覚悟なんてない。もう娘につらい生活をさせたくないのです」
目を伏せ、娘の小さな頭を抱きしめる。彼女はまだ過去から抜け出せないのだろう。
「私は自分を人に任せて、後戻りのできない失敗をしてしまいました、おじいさん。あなたがくれた靴にやっと救われたのに、もし同じ失敗を繰り返してしまったら……」
「大丈夫だ、お嬢さん」
老人はラジオの音量を上げて、不意に椅子から立ち上がった。彼女の手を取って、リビングの中心へ出る。
老人が見よう見まねでワルツを踊り始めると、彼女は引きずられるように体を揺らした。軽快なポップソングで古臭い踊りをすることにくすりと笑い声を漏らすと、ハミングしながら自らターンをする。
「あなたの気持ちはどうなんだ? その彼は、素敵な人かい」
「ええ、素敵な、優しい人です」
彼女は頬を赤らめて年相応な笑みを浮かべる。二人が下手くそに踊っていると、彼女の娘が子ども用の椅子から降りて、二人の手を背伸びして掴む。三人で手を繋いでお尻を振った。
「あなたはもう一人じゃない。帽子屋の奥さんもよくしてくれているんだろう、それから、この子の託児所で相談できる友達もできたんだろう。自分に素直になったって大丈夫さ」
「はい」
きゃらきゃらと笑って飛び跳ねる娘を見つめながら、彼女が微笑みながら頷く。それを見ながら、老人は温かい涙が体の奥から込み上げてくるのを感じた。
「おじいさん、私、孤児院育ちで親がいないのです。それで、大人になる前にもらわれて、娘と一緒に捨てられました。それを全部彼に伝えて、それで、もし、彼がこんな私でもいいと言ってくれたら、おじいさん、あなたを私の父として彼に紹介させてくださいな」
「ああ、ああ、もちろんだ」
老人は丸まった背中をさらに丸めて、思わず膝を床についた。小さな女の子を左腕に抱きしめ、右腕に家族となった若い娘を抱きしめる。
「光栄だ。私にはもったいない役目だなぁ。私にはもったいない、かわいい家族だ」
靴の精霊 日ノ竹京 @kirei-kirei
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