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桃太郎異聞

 切る。鬼を切る。

 自分より、遥かに大きいその体躯を、何人たりとも傷つけられない妖のその体を斬る。

 桃太郎は斬る。

 ひたすらに斬る。育ての母が仕立ててくれた桃色の衣を返り血で紅く染めながら、育ての父から貰った剣を振るう。

 桃太郎の後ろには幾千、幾万と鬼どもの死骸が積み重なる。

 そこに、かつての義勇の心は無い。

 暴虐の限りを尽くす鬼どもを下し、虐げられる人々を救わんと、立ち上がった時の熱は剣に篭っていない。

 共に、立ち上がった仲間とも道を違い、もう交わることはない。

「桃太郎、覚悟!!」

 ただでさえ、大きいのに、他よりも更に大きい鬼が、金棒を振り下ろす。

 大百足すら握り潰すであろう力を持ってして振るわれるそれは、風圧だけで人間など圧し折ることができるだろう。

 それを桃太郎は受けない。そっと、剣でそらし勢いの余りバランスを崩したところを突き刺す。

 以前の自慢の怪力を用いた受けてそれを上回る力で押し、仲間に止めを指してもらう。戦い方とは真逆の独りで、いかに効率的に敵を葬れるかを極めた戦い方。

 人の英雄であった彼は冷徹な殺人マシーンに変わってしまった。




 始めは、そんなでもなかった。人々は鬼ヶ島の大妖どもを打ち暗黒の時代を終わらせた桃太郎達に大変感謝した。彼らが近くを通れば農民から強欲な商人、大地主なんかまで、できる限りのもてなしをした。

 そうして、世は平和になったがそれも長くは続かなかった。

 世に自然への信仰と恐怖がある限り妖は、鬼は生まれる。

 再び世に現れた鬼どもは暴虐の限りを尽くし世は再び暗黒の時代に戻ろうとしていた。

 そんな人々が頼るのは我らが桃太郎とその仲間たち。一度鬼どもを殲滅した実績があるのだ、頼るなと言う方が酷だろう。

 

 勿論、桃太郎と仲間達も人々の願いに応えてまたもや鬼ヶ島に攻め込み鬼達を殲滅してみせた。

 こういうことが何回も何回も続いた。いや、ただ続いただけでなく回を経るごとに鬼が生まれる早さは短くなっていった。

 最早、斃すのが間に合わず鬼どもは初めに桃太郎達が討伐した時に増して、世に蔓延り悪逆の限りを尽くすようになる。

 これに比例するように人々の心に陰りが生まれる。

 始めの方は、桃太郎達が鬼どもを討伐するたびに感謝をしていた人々だが、次第に彼らが鬼を討伐する事は、自分たちを守る事は当たり前だと思うようになり少しでも被害を受けると鬼と戦い疲弊しきっている桃太郎達に罵詈雑言を投げかけ、石を投げ、悪意を投げかけるようになってしまった。


 これに、桃太郎達は何のために戦っているのか解らなくなってしまう。

 始めにきじが抜けた。

➖もう、付き合ってらんない。前の人間はキラキラしててそいつらを助けたらあてくしも、もっとキラキラできると思ってたけど今の人間はドロドロしてていやよ。


 次にさるが抜けた。

➖おりゃあもうついてけねぇよ旦那ぁ。あんたの鬼退治にお供したのわぁ、うちのお山の親分の敵討ちのためでぇい。まぁ、あんたと一緒にいるのは楽しかったかぁら、ついていったぁが今のあんたの後をついてくってこたあ、修羅になるっつーことだぁ。おりゃあ唯のお山の猿なんでさぁ。


 遂には旅の初期からの相棒のいぬまでがぬけた。

➖ごめんね。親友。僕はもう、君と共に歩むことができそうにないよ。前足を動かそうとしても、思うように動かないんだ。口の中に常に感じる鬼達の血肉の味、爪にこびりついた臓物の匂い。もう、無理なんだ。何のために戦っていたのか解らない。ごめんね。ごめんね。。ごめんね。


 そうして、独りになった桃太郎。それでも、彼は止まらなかった。とまれなかった。

 東に鬼が出たと聞けば東へ駆け。 

 西で悲鳴がきこえたら西へ跳び。 

 

 剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。

 彼の足元は血塗れの池が出来上がる。

 剣を振るうたびに、洗練されていく、鋭くなっていく。何か、大事なものを落としながら。





 先程の大鬼が最後だったのかこの周辺には鬼の気配を感じない。少し、休む。次の悲鳴が聞こえるのに備えて。


「あーあ、酷いなぁ。こんなにしてまって。かーわいそ。鬼よりも鬼らしいんややないの?」


 そんな暇を天は英雄と言う名の殺戮人形には与えない。


「うーん、あんたも可哀想な顔しとるねぇ。うん、決めたわぁ、あんたはんのその首千切ってその辛気臭い女顔に花でも生けたろぉ」

 粘り気の強い蠱惑的な声が言葉そのものが圧をもって桃太郎に襲いかかる。


 それに、桃太郎は無言でも剣を構える。




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