第11話 協力します


 テスト結果は来週発表されるようだが、今週は新学期が始まったばかりということもあり、どっと疲れた一週間だった。

今日は土曜日で、部活動にも入っていないから午前中に日和と朝食をとってからは自室でグタグタしていた。

 ちょうど今日は天気もいいから散歩でもしようかと思ったが、面倒になって結局ベッドの上で本を読んでいた。

と、突然インターホンが鳴った。


 日和かと思ったが部活動があるはずで、帰宅時間にはまだ早いように思った。

宅配便が届いたとかそんなところだろうか。

 俺は二度目のインターホンが家に響く中、のろのろと亀のようにリビングに移動して画面に映る人物を見てすぐに通話ボタンを反射的に押してしまった。

そこには黒いキャップを深く被った見知った顔が映っていた。

如月美月だった。


「こんにちは。遊びに来ました」

「…なんで?」

「暇、だったから」


 どことなくぎこちない会話なのは、昨日からほぼ会話をしていなかったからだろうか。

いや、あの“事故”のせいだろうか。

居留守にすればよかったのに、と思ったがもう仕方がない。

俺はオートロックを解除して彼女を通した。



 直ぐに再度インターホンが鳴り、俺は寝ぐせのついた状態かつスウェットを着た完全に寝起きと言ってもおかしくない状態でドアを開けた。


「…こんにちは!」

「うん…こんにちは。で、何?」

「暇だったから遊びに来たの。あと、これ。美味しいって有名なケーキ。妹さんにって思って」


 美月はそう言って白い箱を俺に手渡す。

ありがとう、とお礼を言うが気を遣わなくてもいいのにと思った。

 日和を気に入っているようだったし、本当は日和に会いにきたのだと思った。

とりあえず彼女をリビングに通した。

美月に飲み物を出そうかと冷蔵庫を開けてまた麦茶でいいかなと思ったが、日和が『今度彼女さんが来ることがあれば紅茶!入れてだしてよね?!ちゃんとあるでしょ?!ここに!あからね!』と言って食器棚の下の引き出しにしまっていると多分三回くらいは言われていたことを思い出して、電気ケトルでお湯を沸かすことにした。


「今、紅茶入れる」

「気にしないで。ケーキ、蒼君の分もあるから食べてね」

「ありがとう」


 美月は黒いチノパンに白いTシャツというご令嬢というイメージからかけ離れた格好をしていた。普段の彼女はそういう服装が多いのかもしれない。


 綺麗に膝を揃えてソファに座り、窓の外を見ていた。

お湯が沸けたのを確認して、紅茶なんてほぼ飲まないし入れ方も分からないが来客用のティーカップに注いだ。

それを彼女と一応自分の分もお盆の上に乗せて運ぶ。


「ケーキ、何個あるの?今食べる?」

「あー、私はいいよ。一応四つあるから食べて」

「せっかくだから一緒に食べたらいいじゃん」


 美月は「ありがとう」とえくぼを作って笑った。

冷蔵庫にしまった美月が購入してきた白い箱の中を覗くと、チョコレートケーキとショートケーキ、それぞれ二つずつあり、おそらく俺と日和の分を購入してきたのだろうと思った。


 そこまで甘いものが好きではないが、せっかく買ってきてくれたのだから一緒に食べた方がいいだろうと思った。

 それっぽい皿を探してショートケーキとチョコレートケーキをテーブルに並べた。

俺がチョコレートケーキを選んで、美月がショートケーキを選んだ。

いただきます、といってから一口食べてみた。

 想像したよりも甘さが控え目でよくわからないが、チョコレートケーキの層の中にフルーツが入っているようだった。女子が好きそうな味だな、と思った。

美月が紅茶を一口飲んで「美味しい」と笑ってくれてほっとした。


「この間のことなんだけど」

「…あぁ、うん」


美月が居住まいを正し、咳ばらいを二回した。


―私は全然気にしてないよ


 そう言われると思っていた。あれは事故だし、不可抗力だ。

しかし彼女の口から出たのは想像の斜め上をいく、思わず眉をひそめてしまうものだった。


「あれは…キスだと思うの」

「…いや、違うだろ。あれは事故で」

「頬とはいえ、キスはキス!嫁入り前なのにキスしたのよ」

「はぁ!?何言ってんだよ、あれは故意的でも何でもないし事故だって」

「故意かどうかは関係ないの。キスはキスなの!あなたの唇が私の頬に触れたの!」

「……」

「なので、責任を取ってほしいの」


 美月の目は真剣だった。

俺は倒れそうになるのを必死に抑えながら、額に手をやる。

「責任?」

「そう!でも…そうよね、まだ高校生だし、蒼君が故意的にしたことじゃないことはわかっているから本当は彼氏になってほしいところだけどそれは良くないなと思ってやめたの」

「……」

「いろいろ考えたのだけど、私ね、実績作りのために生徒会に入ろうと思っているの。生徒会長に立候補するつもりで、蒼君にはそれを手伝ってもらいたいの」

「……いや、待て。ちょっと待て」


 俺は前髪を掻き分け、深く酸素を吸って吐き出した。

情報量が多すぎる。責任を取ってほしい、から生徒会に入るから手伝ってほしい?

全部無理だよ、といおうとしたが言ったところで如月美月は普通ではないことを思い出す。

たとえ俺がここで拒否をしても、頬に唇が触れたことを切り札として何か責任は取らされるだろう。

そもそも…彼女は如月グループのご令嬢だ。

事故とはいえ、あんなことになって”もしも”、だ。そのことが彼女の親の耳に入ったらどうなるだろうか。

何を言われるか、されるかわからない。

急に青ざめた俺を見て美月は「体調でも悪い?」と心配する。


「いや、大丈夫。分かった、協力する。その代わりあの事故のことは他言なしで」

「うん。分かった!」

「親にもだぞ」

「分かってるよ。あー、あと…同じクラスの佐倉さんと仲いいね。その…どう思ってるの?」

「どう?クラスメイトだけど」

「そっか」


 何故佐倉の名前が出てくるのか分からないが適当に流した。

彼女も深くは聞いてこなかった。


「生徒会についてなんだけど六月よね?選挙」

「そうだよ。でも、そもそもなんだけど生徒会長って無謀だと思う」

どうして?という如月美月に俺は続けた。

「この学校は内進生と外進生で派閥みたいなものがある。生徒会は内進生しか立候補しないし、外進生が立候補したとしてもまず落ちると思う」


 この学校は内進生の方が生徒数が多いのもそうだが、内進生と外進生、それぞれ派閥のようなものがあるらしく(俺はそもそも人と積極的に関わらないから知らないが)

生徒会はそれが顕著らしい。

確かに現在の生徒会もすべて内進生で構成されている。

それに、如月美月は外進生どころか、この学校では珍しい転校生だ。

入学してまだ日が浅い彼女にとって生徒会長に立候補して受かるのは俯瞰的に見ても不可能に近いように思った。

それを丁寧に教えたのだが、美月は


「今まで内進生以外に生徒会に入れた人がいないっていうだけでしょ?大丈夫、そんなことは問題じゃない」

と、何も気にしていない様子だった。


 美月と一緒にいると目がまわる。慌ただしく、まるで嵐の中にでもいるように錯覚してしまう。自分の意思とは反して物事が進んでいく。

それほど、彼女は普通ではないのだ。


 生徒会に入る、ということを宣言してからケーキを食べ終えると彼女はそそくさと帰っていった。どうやら午後から予定があるようだった。

彼女を送ろうと玄関まで一緒に向かう。

靴を履くと、くるりと俺の方へ振り返り

「あ、蒼君も生徒会立候補してね」

といって手をひらひらと振りドアが閉まった。


「……生徒会?」


 彼女の言葉を諳んじて“協力する”といったあのセリフを後悔した。

たが、結局どう足掻いてもおそらく俺は彼女に協力することになるのだ。

はぁ、と大きく溜息を吐きながら俺は自分の部屋に戻った。


 午後に日和が帰宅するとあのケーキは何かとしつこく聞いてきたので如月美月が来たのだと教えると発狂していた。

日和によると美月が購入してきたあのケーキはどうやら朝から並ばなければ購入できない人気店のようだった。



―翌週


 ガヤガヤと煩い廊下の中、雑音を取り入れないようにイヤホンで耳を塞ぎながら進む。

すると、廊下に人だかりが出来ているのが視界に入った。

何だろうと思ったが、すぐにテスト結果が貼りだされているのだと知る。

学年50位以内は名前とクラスが貼りだされるのだ。

誰が一位だろうが俺にはあまり興味はない。

しかし今回はあまりに人が多いので何かあったのかと思い、一応俺も足を止めた。


「嘘でしょ、満点ってある?」

「…見たことないよ。うちの学校のテスト相当難しいよ」

「そうだよね…」


 目の前にいた女子の会話から誰かが全教科満点をとったらしい。

それは流石に足を止めざるを得ない。


一位、全科目満点は…―。


「如月美月…」


 俺は口をあんぐりとさせ、しばらくその場から動けなかった。

それから数秒後、口の中で


「…何が勉強教えて、だよ…」


と、彼女が俺に勉強を教えてほしいと伝えてきたことを思い出していた。


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仮面令嬢は俺の前でのみ素顔を見せる~ただ静かに暮らしたいだけなので俺に懐くのはやめてください~ 南雲いちよう @nagumohito

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