第10話 テスト
翌日は登校する足取りが重かった。
体が鉛のように重い。ただ、重い。
原因はわかっている。昨日の事故のせいだ。あれから美月が勝手に帰ってしまったせいで妹の日和からはかなり責められることになった。
『せっかくクッキー買ってきたのに!っていうか、ああいうことはさ…さすがに私がいない時にしてよ!びっくりするじゃんか』
幾ら否定したところで、日和の目には俺が美月を押し倒しているように見えたようで説教をされてしまった。
美月の連絡先一つ知らないのに、付き合っているなんて笑える話だ。
校門付近から教室に着いたら普段通りにするべきか、自ら話しかけようか、思考を巡らせていると背後から肩をトントン、と叩かれる。振り返ると佐倉一華が立っていた。
顔周りの髪がぴょんと跳ねている。
美月なら絶対になさそうだなと思いながら、また美月のことを考えている自分に辟易する。
そもそもこうも憂鬱になる必要はないのだ。
ただのクラスメイトのことなのだから。
「おっはようー!」
「おはよ」
「今日は一段とテンション低いね?今日テストだよ?大丈夫?」
「あー、まぁ」
「テスト勉強頑張ったせいで寝不足とか?蒼君頭いいもんね!また勉強教えてね」
相変わらず佐倉は元気いっぱいに朝から喋る。
彼女は常に明るく、テンションが高い。
彼女は“世界中の人が友人“のような価値観を持ち合わせているからか俺のような真逆の存在にも同等に接してくる。
佐倉は俺の隣に並ぶと歩き出す。それを合図に俺も昇降口へ向かう。
「そう言えば、如月美月さん…すっごい人気だよね。席隣でしょ?仲いいの?」
「普通に友達っていうだけだよ。学校案内したのは席が隣で少し話す機会があったからってだけ」
佐倉は「ふぅん」と少し声色を低くして相槌を打つ。
「あんなに綺麗なご令嬢だもん、将来結婚する人も決められてそうじゃない?」
「あぁ、そうかもな」
適当に返事をした。
美月のそういった事情は知らない。そこまでの仲でもないから、だ。
だが、何となく想像しないようにしていた。
ちょうど登校時間のピーク時ということもあってか、佐倉の声が聞こえにくくなる。
しかし、昇降口付近の雰囲気が一気に変わるのを感じた。
くだらない会話をしていた生徒たちが口を閉ざしたせいだ。その理由は、やはり如月美月だった。
美月が登校してきたようで、靴を履き替えながら視線を移動させるとちょうどこちらへ向かってくる美月と目が合った。
彼女はにっこり表向きの笑みを浮かべ、「おはようございます。蒼君と、佐倉さん」といった。
佐倉は数秒遅れて「お、おはよう!」と言葉が詰まったように返していたが、その反応も分かる気がする。
美月は俺たちを追い越して先に教室へ向かったようだった。
「すっごい…可愛い…」
佐倉が独り言のように呟いたのを聞いて俺も無意識に頷いていた。
昨日、勢いよく部屋を出ていったくせに今日は堂々としている。
如月美月を演じる彼女の後姿を見て昨日の彼女は俺の夢か何かではないかと思った。
教室に入ると皆が教科書や参考書を開いて皆が喋りながら再確認していた。
新学期明けから行われるテストは一夜漬けで何とかなるような範囲ではないし、そもそも高校一年で既に二年生分の授業が終わっている。
つまり今回の休み明けのテストは二年生までの範囲の内容になるわけだ。
(そういえば…美月が俺の家に来た理由って勉強を教える為だったような)
結局勉強をすることもなく、彼女はかえってしまったのだが。
先に着席していた美月は俺が近づくとすっと目を細めて口元に弧を描く。
だが、ほんの少しだけ…彼女の様子がいつもと違うように感じた。
これは完全に俺の主観だ。
主観でしかないのだが、様子がおかしいように感じた。それはやはり昨日のことが原因なのだろうか。
テストがあるというのに美月のことが気になっていた。
担任が教室に入ってくるとバラバラに散らばっていた生徒が自分の席に戻り静まり返る。
横目で如月美月を視界に捉えるが彼女はぴんと背筋を伸ばしたまま正面を向いていた。
…―…
…
「あぁ、テストどうだった?俺はもう下から数えた方が早いわ」
「まだ午後もあるだろ。挽回しよう」
「一夜漬けで何とかなるわけじゃないの知ってるだろ。はぁ…自分が悪いよなぁ」
昼休みになり、翔太と一緒に屋上で昼食を取る。
お互いに弁当を頬張りながら、澄んだ青空を見上げた。
テストは午前中だけで言うと相当難しい内容で、おそらく八割とれていればトップ10に入るだろうと思った。
「それよりさぁ、お前如月さんとどうなの?結構仲いいみたいじゃん」
「それは席が隣だから」
「隣って…それだけであの距離感はなかなかないんじゃないか。でも如月さん、凄いよな。一日でみんなの名前覚えてるし、常にあんな感じだろ?なーんか完璧だよな、今のところ」
肉巻きを頬張ってもぐもぐと口を動かしながら翔太が言った。
翔太の言葉に俺は深く頷いた。
午後のテストもなかなか難しく、集中しなければならないのに美月のことが気になっているせいか途中で集中力が切れてしまう。
放課後になり、美月がチラリと俺に目を向けてきた。
本来であれば、俺は美月とは関わりたくはない…はずなのだが。
何故か気になる。それはあの“事件”のせいなのだろうが、それでも今日はどことなく様子がおかしいことも加わって気になる。
「佐倉さんと仲いいんだね」
「…は?」
しかし、彼女は小声でそれだけ言うとふいっと背を向け教室を出ていった。
彼女が今放った言葉を何度も脳内で諳んじてみるが、意味が分からなかった。
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