第34話 怖い母親


「君が、カリーナのお友達タカアキくん……」


 半ば強引に座らせられた食卓で、雨宮は緊張していた。

 向かい側で頬杖をついて座っている女性の目つきあまりにも鋭く抑揚のない声だったからだ。


 髪色はカリーナと同じ銀色だが、髪は短めのボブカット。

 肌や手にいっさいシワは見受けられず、二十代前半のような若さ。

 名前は永瀬アリサという。


「……カリーナが自慢ばかりするから、どんな派手ビジュアルの子かと思ったら、至って普通なんだね」


「す、すみません……!」


 冷たい視線を向けられ、雨宮は思わず謝ってしまう。


「謝ることはない。むしろ、良かった……」


 喋り方もスローペースで、やはり感情が籠もっていない。

 雨宮はおっちょこちょいで物腰穏やかな自身の母親を思い浮かべながら、失礼ながらも比較してしまう。


(怒っているのかな……?)


 母親アリサの考えていることが読み取れない。

 読み取れないからこその恐れがあった。


「……」


 母親アリサは頬杖をついたまま黙り込んでしまう。

 だけど視線はこちらに向けたままである。


 雨宮は気まずさと居心地の悪さを感じてしまう。

 何か、気の利く話題をしなければ。

 そうだ、自己紹介をしよう。


「マーマ、孝明くん怖がってるわよ。あまり見つめないで」


「そうなの……?」


 口を開くより先に、横でカリーナが母親アリサを注意した。

 注意をされた母親アリサは彼女に視線を移動させ、首をかしげる。


「当たり前じゃない。私たち家族は慣れてるけど、初めてマーマと会う人はみーんな怖がっちゃうよ大抵……だから会わせたくなかったの」


「……そう、ごめんね」


 母親アリサは肩を落とし、俯いてしまう。

 表情は変わらないが、あれはもしかして落ち込んでいるのだろうか?

 と雨宮は内心思った。


「ハッハハ! すまないな孝明くん! 俺たちのマーマは喜怒哀楽を顔に出さない人なんだ! 発言も思ったことを、すーぐに言ってしまうのでな! まっ、良く言えば裏表のない正直者だな! ハッハハハ!」


 エプロン姿で料理している兄ミハイルが、フォローを入れる。

 ああ、なるほど、と理解する雨宮。


 かつて教室の後ろで、音楽を聴きながら外を眺めているカリーナの姿が蘇る。

 思ったことを正直に発言して、興味のないこと塩対応。


 もしかして、あの性格って母親譲りなのだろうか?

 容姿端麗という部分も、しっかりと遺伝子を受け継いている。


「君の話しは、娘からよく聞かされている。聞かされすぎて耳にタコができるぐらい……」


「ちょっ! マーマ! それバラさないで!」


「この日のタカアキくんはカッコよかった。あの日のタカアキくんは可愛かった。周りの人にひどい事を言われることがあるけど、人一倍頑張り屋で優しいと……」


「きゃああああああ! それ本人の前で言わないでよぉ! マーマのばかぁ!」


 泣きそうな娘を無視して、母親アリサは同じ表情のまま続けた。


「娘と仲良くしてくれて、ありがとう……これからも友達として、もっと仲良くしてください」


 そう言って、母親アリサは頭を下げる。

 雨宮は慌てて立ち上がり、申し訳なさそうに返す。


「い、いえっ! どちらかというと、僕の方が仲良くしていただいていまして……感謝したいのは僕の方です! これからも友達として、いや……親友として今まで以上に彼女と仲良くしていきたいです!」


 そう思う心に、嘘偽りはない。

 顔を上げた母親アリサに、強い眼差しを向けて雨宮はそう告げた。


「そう、安心だ」


(ん……?)


 気のせいだろうか。

 母親アリサの唇が綻んだような気がした。


 あまりにも一瞬だったため、実際に笑ったのかは定かではない。

 だけど、認められたような気がして嬉しかった。


「できあがったぞ! カレーだ! たんと食え!」


 そう言って目の前に出されたのは野菜カレー。

 ボルシチとか出てくると思っていたが、まさかの一般家庭の料理。


 兄ミハイルも食卓につく。

 全員揃ったので、食事を始めることにする。


 雨宮は両手を合わせて、いただきますと食材に感謝を込めてカレーを口に運ぶ。






(美味ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!)



 想像をはるかに凌駕する美味しさに、雨宮は服が破けそうになる。

 実際、そんな事はないのだが、それくらい美味しいということだ。


 どこに出しても恥ずかしくないお嫁さんになるだろう、男の人だけど。


「おかわり……」


 雨宮が二口目に突入しようとすると、向かい側でリスのように頬を膨らませている母親アリサが、すでにカレーを食べ終えていた。


 なんて速さだ! と驚く暇もなく、まだ食べ始めてもいない兄ミハイルにおかわりを求めていた。


「もうっ、友達の前だから、もっとゆっくり食べてよ! 恥ずかしい!」


「ん、これでも、いつもよりゆっくり食べていたつもりだけど……」


「もっと、もっっっと! ゆっくり!」


 と、親子のやり取りを雨宮は兄ミハイルと一緒に微笑ましく見守る。

 さっきからカリーナ「恥ずかしい、恥ずかしい」とばかり言っているけど、ちょっぴり楽しそうに見えた。


 仲のいい家族だな。




 十秒後。


「……おかわり」


 平らげた食器を差し出す母親アリサ。

 まだ満足できないらしい。


 むくれながらもカリーナは、それ以上なにも言わずにカレーを食べ始めた。

 一口が小さくて可愛い。


(沢山食べるところは、継がなかったのね……)







―――――



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幼馴染に告白したらフラれたので、気晴らしにゲームのオフ会を開いたら、長年のフレンドが実は物静かで可愛いクラス1位の銀髪美少女でした 灰色の鼠 @Abaraki123

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