05 ドール、そしてゴングは鳴らされた

理子りこはな、『エサ』なんだよ。地下格闘技界のな」


「なっ、エサって……」


 刀子冬真かたなご とうまは顔色ひとつ変えずにそう言い放った。


「世界を影で掌握してる組織がある、なんて言ったら、信じるか?」


「はあ……」


「あるんだよ、それが。理子はその組織のボスの『預かり』なんだ。組織の代表選手として、地下闘技場で戦ってるってわけさ」


 刀子は日常会話のようにそう言った。


 俺はついポカンとしてしまった。


「まるで、マンガだな……だが流れからして、マジでそうなのかもとか思っちまうな……」


「マジだからな。まあ、そうやすやすと飲み込めってのも無理なのはわかるが」


「でも、なんでそんなこと……地下闘技場で戦う必要があるんだ? 何が弱みを握られてるとか、脅迫されてるとかか……?」


「世界の均衡を保つため、なんて言ったらヤベぇやつだと思われるだろうが、地下の世界の連中をおとなしくさせとくのが目的なんだよ」


「と、言うと……?」


「世界を支配する組織があるいっぽうで、それを快く思わない連中もいるってことさ。言うなれば『治安維持』だな。暗黒世界の治安を維持するため、『代理戦争』の場として、そのお方は地下闘技場を作ったってわけだ。理子はそこのチャンピオンってことさ」


「そんな、バカげたことが……」


「お前も知っちまった以上、元の暮らしには戻れねぇから、覚悟はしとけよ、鬼神おにがみ?」


「ああ、マジかよ……」


 そんなこんなしている間に、俺たちは兵頭竜一ひょうどう りゅういちが貸し切りにしているというジムの前に到着した。


「ここだ」


 彼は鍵を開け、ずかずかと中へ入っていく。


「鈴木っ、あの……」


 俺は駆け寄ったが、彼女はいたってクールな表情だ。


「同情したいんですか?」


「え……」


 鈴木は厚いメガネの下から、俺をにらみつけた。


「かわいそうだ、そう思っているんでしょう?」


「あ、いや……」


「お気持ちだけ受け取っておきます。あなたにわたしの苦しみなど、わかるはずがありませんから。それに、兵頭を倒したら次は、あなたの番なんですからね?」


 彼女は人形のような顔で笑った。


「……」


 あんなバケモノを倒すだなんて、本当にできるとでも思ってんのかよ……


 やめてくれよ、鈴木……


「さきほどの『刻印』の意味、くれぐれも忘れないでください。さあ、行きましょう」


 玄関でもくぐるように、鈴木はジムの中へと入っていく。


 俺は彼女が心配でならなかった。


「なあ、刀子っ! やっぱ止めなきゃ! あんなすごいレスラーに、鈴木が勝てるわけないって!」


「本当にそう思うか?」


 彼はかすかに口角を緩めて鈴木のあとへ続いた。


「ああ、もうっ!」


 しかたなく俺もジムの中に入った。


 そこではレスラーのコスチュームに着替えた兵頭が、すでにウォームアップをしていた。


「準備体操が必要とは、しょせんスポーツですね」


 リングの外から鈴木が毒づく。


「言ってろよ。ほら、上がってきな」


「ふん」


 ふわっと、彼女の体が宙に浮いた。


「え……」


 まるで超能力か何かみたいに、音もなくマットの上に着地する。


「ふうん」


 兵頭は相変わらずニヤニヤしている。


「さあ、さっさと始めましょう」


 鈴木は凛として、彼に言い放った。


「いいぜ、鈴木。刀子、そこのゴングを鳴らしてくれ」


「わかった」


 刀子はリング付近のゴングを準備している。


 鈴木はポールの前まで行くと、両手をそこについてセットアップした。


 体を預け、目を閉じて集中している。


「わたしは人形、わたしは人形……」


 彼女は何かブツブツと唱えている。


 おいおい、マジかよ。


 マジでやるつもりかよ……


「よし、お前ら、行くぞ」


 刀子が勢いよくゴングを鳴らした。


「え――」


 これはいったい、何が起こったんだ……?

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覇王伝 ~ 陰キャなクラスメイトが地下闘技場のチャンピオンだった 朽木桜斎 @kuchiki-ohsai

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