ざあざあと、眠れない夜に

間川 レイ

第1話

 ざあざあと、雨が降っている。ぽつぽつと、雨の音が室内に木霊する。カーテンを閉めきり、お布団を敷いて目をつぶる私の中に、雨の音が染み入ってくる。


 雨は嫌いだ。体質柄、気圧の変化に弱いのか頭が痛くなるから。手足の先に鉛を詰め込まれ、胴体に誰ががのしかかっているかのように、身体が重くなるから。昔患ったうつ病のせいかもしれないけれど、気分もふさぎがちになる。それに何より、生理が重くなる気がするから、雨は大嫌いだ。


 内臓をねじられているというか、万力で固定され、ねじ繰り回されているかのような心地。しくしく、キリキリと痛む。涙すら浮いてきそうだ。ああ、痛いなあ。口の中で小さく呟く。普段はもう少しマシなだけに、久々にきついのが来るとなんで私がこんな目にという気分になってしまう。痛いなあ、痛い。痛い。口の中で何度もつぶやく。そうすれば痛みが少しでもマシにならないかと願って。それでもぎゅうぎゅうと絞られているかのような痛みは一向に引かない。ああ、くそ。明日は仕事だってのに。早く眠らなきゃいけないのに。そうわかっているのに痛みは一向に引かず。脂汗が額に浮いてくるのを感じる。


 ああ、失敗したなあって。あまりの痛さに吐き気すら覚え始めたことに苦笑しつつ、痛みを紛らわすためにぎゅっと小さく身体を縮こませる。ロキソニン、帰りに買ってくるんだった。昼間に飲んだので最後だったのに、まだ家にストックがあると勘違いして買ってくるのを忘れてしまった。雨が今にも降りそうで、さっさと帰ろうということばかりに意識をとられてしまっていた。その結果がこのざまか。そう自嘲しようとしてこみあげてくる吐き気に慌てて口を閉ざす。いっそ吐いてしまったほうが楽になるのでは、でも吐くと喉と鼻がイガイガするから嫌なんだよな。そんな風に迷いつつ。こういう時、自分は女なんだなって痛感する。丸みを帯びた体も、定期的にひどく痛むこの身体も、煩わしく感じる。子供なんて産みたくないのに、産む必要もないのに身体だけはその準備を毎月馬鹿みたいにするのが鬱陶しい。


 私は昔から生理が重いほうだった。痛みで吐くことも多かったし、あまりのだるさに学校に行きたくないと寝込むこともしばしば。本当は病院に行くべきだってわかってる。ひょっとしたらピルとか処方してもらえるかもしれないし、それを飲んだら多少症状もマシになるかもしれなかったから。


 でも私は婦人科に行ったことがない。お母さんに、結婚もしていないのに婦人科なんてみっともないと言われて、連れて行ってもらえなかったから。本当につらいの、苦しいのと訴えても、どうせ大げさに言ってるだけでしょとか、何時ものさぼり癖が出てるだけでしょとしか受け取ってもらえなかったから。大人になった今でも婦人科には行けていない。昔、婦人科に連れていってと頼んだ時の、何を言ってるんだこの子はという表情を浮かべたお母さんの顔がちらついて離れないから。


 なんて。そんな昔のことを思い出すのも、きっと雨のせい。雨の日はいつもの憂鬱に磨きがかかる。ざあざあという雨の音がうるさくて、頭まですっぽりとお布団をかぶる。雨の日、そしてこういう眠れない夜には昔のことばかり思い出してしまう。


 雨といえば、学校帰りの帰り道。私の家は厳しい家で、家に帰ったところで何かにつけ叱られ、怒鳴られ、殴られるだけだったから、あまり早く家に帰りたくなくて。友達と映画を見てから帰ろうとしたら、あまりの大雨に道路が水没していたことがあった。自転車でなんてもちろん帰れないから、茶色の濁流の中を自転車を押して二人して帰ったことをよく覚えている。帰り際には雨もだいぶ収まっていて、真っ暗な夜空にわずかに煙る街灯、茶色の濁流に覆われた道路はとても静かで。なんと言うか、とても神秘的な光景だったことをよく覚えている。


 帰ってからはもちろん馬鹿みたいに怒られた。ただいまとドアを開けるなり力いっぱい殴られても、いつものように睨み返さなかったのは、私にも悪いところがあると自覚していたから。警報が出ているのに映画を見てから帰るだなんて、確かに馬鹿な真似をしたものだったから。お前はともかく、もし友達の身に何かあったらどうする気だったんだ、と怒鳴られた時には思わず俯いてしまったものだった。直後、家名に泥を塗りやがってと再度お父さんに殴られた時には思わず睨み返してしまったけれど。


 あの時は、結局私の身を案じる言葉なんて一つも出なかったな、なんて。そんなことを思い出し苦笑する。私も最低だったけれど、お父さんやお母さんだって。そもそも、帰りたい家ならわざわざ毎日夜遅くまで出歩いたりしないだろうに、なんて。


 そんなことを思い出すのも、きっと雨のせい。雨は嫌いだ。元気がなくなるから。心も、身体も。早く雨、止めばいいのに。きっとそうすれば、もう少しましになるから。そう思って真っ暗な天井をぼんやりと見上げる。


 窓の外は相変わらずざあざあ、ぽつぽつとうるさく。雨のやむ気配を見せそうにもなかった。

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ざあざあと、眠れない夜に 間川 レイ @tsuyomasu0418

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