勇者の剣なくした

彁面ライターUFO

勇者の剣なくした


 それは、ダンジョンの地下五階に到達したタイミングだった。

 


 階段を降りて、一息つこうと壁にもたれかかった時、背面に違和感を覚えたのだ。

 

 

 ……背中にあるはずのものの感触がない。

 

 ダンジョンに入ってすぐの時、同じ姿勢で同じ動作をした際に響いた「カシャン……」という音がしないのだ。

 

 

 「……え、あれ…………?」

 

 すぐさま、僕は背中に手を回す。 そこにあるはずの物の感触を確かめようとする。

 ……しかし、何度まさぐっても、そこには皮の防具の冷たい手触りだけ。 

 

 そこで、僕はようやく気がついた。

 

 

 「……勇者の剣が、ない……………………」

 

 

 勇者の剣。

 

 それは、この国で選ばれた者だけが所持することを許される、伝説の剣である。

 

 紺碧こんぺきに輝く両刃の刀身、その中央部には神の紋様が刻まれており、勇者の証である宝玉が付いた黄金のさやに納められている。 (噂だと、黄金は本物じゃなくて、ただのメッキらしいけど)

 

 

 魔王の脅威を討ち滅ぼし、平和を手にすることを悲願とする我が国、『アビナジスカ』。

 

 ここでは年に一度、魔王討伐を任せる勇者を募り、その年で最も強い者を決めるための催しが開かれる。 通称、"大決闘祭"である。

 その戦いで勝ち残り、最後の一人となった者には、王から直々に聖剣が授けられることになっている。

 

 それこそが、勇者の剣。

 一年に一度しか作られない、"大決闘祭"でしか手に入れられない貴重なアイテム。

 

 つまり、その名誉ある剣が手渡された瞬間から、その剣は『勇者の剣』となり、手にした者が『勇者』と呼ばれるようになるのだ。

 

 

 ───そんな超名誉のある代物しろものが、なくなった。

 

 

 「……ウソだろ。 え、待って待って待って待って待って。

  え……背中に背負ってたよな? さやひも通してつけて……え? あ、待って、紐取れてる……うわ…………」 

 

 ぷらん、と垂れ下がる紐。

 

 背中に無い勇者の剣。

 

 …………ここから導かれる結論はただ一つ。

 

 

 「…………落とした、か……………………」

 

 

 はぁ~………………と、ここ一番の深いため息が漏れる。

 突き当たりの道を飛び去るコウモリが、まるで僕を嘲笑するかのように、キイキイとけたたましい鳴き声をあげていた。

 

 

 「ってか、いつから無くなった……? ダンジョン入る時はあったよな? え、待てよ……その後どっかで確認……してないよな……。

 ……あー、最悪だマジで。 勿体ぶらずちゃんと使っとけば良かったぁ……あー……」

 

 ここはいわゆる「お金稼ぎダンジョン」の一種。

 出てくるのは、金塊を落とすゴーレムと、お金を落とすミミックだけという、非常に良心的なダンジョンである。 まれに、アイアンゴーレムとかいう強いのも出てくるらしいが、今はそんなことどうでもいい。

 

 ここは、慣れた冒険者はおろか……勇者レベルの人間が来るようなダンジョンではない。 要するに、小遣い稼ぎや肩慣らし目的で皆が訪れる、低級ダンジョンなのだ。

 

 手に入れたばかりの勇者の剣……それを、こんな場所で使って消耗させるのは勿体ない。 そんな謎のプライドから、僕は武器商から譲ってもらった安い短剣のみでダンジョンを攻略していた。

 

 結果、ダンジョンの入り口からここまでの時間と記憶が、完全なブラックボックスと化してしまう。

 

 そう……勇者の剣をどこで落としたかが、まるで検討つかない状況に陥ってしまったのだ。

 

 

 「はぁ…………」

 

 ……とはいえ、何もしていないのに勝手に勇者の剣が落ちた、なんてことは考えにくい。 

 恐らく、モンスターとの戦闘中や、トラップを越えた時など。 そういう、普段と違う動作が絡んだ時なんかに、紐が取れてしまったと考えるのが自然だ。

 

 ダンジョンを出るまでの間、ドロップしたアイテムや落とした物などは消失しない仕様になっていたはず。

 だから、剣はまだダンジョン内のどこかに転がっていると考えて良いだろう。

 

 ……大丈夫。 まだ焦る必要はない。

 

 

 小さく深呼吸する。

 それから、ここにたどり着くまでに起こった出来事を、順を追って思い起こしてみることにした。

 

 「金塊が……一、二、三、四、五個。 ってことは最低五体はゴーレム倒してる……。 で、ドロップなかったヤツが三……いや、四体? 五体? ……待てよ、ミミックって居たっけ?」

 

 腰巾着をまさぐりながら、ブツブツと呟く。 普段、一人で冒険している時の僕は、こんなに独り言を発したりしない。

 どうやら人間は、焦りや不安を感じると自然と口数が増える生き物らしい。

 

 ……いや、そんなどうでもいい発見は置いといて。

 

 

 「……というか、倒したゴーレムの数が分かっても、どこで戦闘したかが分からんと意味ないよな」

 

 手にした金塊を投げつけたくなる衝動を何とか抑えながら、僕は再び頭を巡らす。 ……というか、こんな所で考え込んだとて思い出すはずもないのだから、早く引き返せば良い話なのだが。

 

 だが残念なことに、焦燥感にとらわれていたこの時の自分は、そんな当たり前の思考さえできない状態になっていた。


 

 「……あ! マップ!」

 

 不意に叫んでから、僕はふところから丸めた紙を取り出す。

 

 これは、ダンジョンの入口をくぐると同時に自動的に手に入るマップである。

 中に入った冒険者が最低限迷わずに脱出だけはできるよう、通った道が魔法で記載されていくという便利なアイテムなのだ。

 

 これを見れば、剣を落とした場所の見当をつけられる! そう思ったのだが、

 


 「………………わからん」

 


 マップに浮かび上がっていた線は、長方形の区画の中で、ミミズのようにウネウネと入り組んでいた。 

 フロアの形状やモンスターの位置などは、これを見ても全く分からない。

 


 とはいえ、これを辿っていけば、来た道を引き返すこと自体はできるかもしれない。


 しかし、僕はもう既に、四つのフロアを通ってきている。 時間にして、およそ一時間程度はかかっているだろう。


 それを、探し物をしながらゆっくり引き返すというのは……正直、とてつもなく面倒くさい。

 


 「もう地下五階まで来てるしなぁ……。 はぁ……いやでもなぁ、このまま落としっぱなしにする訳にもいかんし……。 戻るしかないかぁ……」

 


 こういう時、転移魔法や探索魔法なんかが使えたら便利なのにな……などと無い物ねだりをしながら、僕は重い足をようやく動かす。

 

 階段を隔てた上のフロアには、壁で揺らめく蝋燭ろうそくの炎に照らされた、見慣れた景色が広がっていた。


 右手に短剣を装備した僕は、がっくりと頭を垂れながら、ため息と共に階段を上がっていくのであった。

 

 

 ✳✳✳

 


 四階フロアに戻ってきた。


 僕はすぐに、持ってきていた手持ちの松明たいまつに火をつける。

 

 ダンジョンというものは、如何いかんせん薄暗い。

 音や気配をスルーすれば、数歩先に迫っているモンスターにさえ気づかないぐらいだ。

 


 だからこそ、ダンジョン内で落とし物を探すためには、こうして視界を確保するためのアイテムが必須だ。

 ……まぁ、ダンジョン内で落とし物探しをするヤツなんて、僕ぐらいしかいないかもしれないけど。

 

 とにかく、地図と勘を頼りに、普段の三倍ぐらい遅いスピードで進んでいく。

 


 「でも、さすがにこんな道のど真ん中に落ちてるなんて事はないと思うんだけどな……」

 


 今更だが、剣を落とした時には「カシャーン!」みたいな金属音がするはずだ。

 さすがに、僕がそれに気づかなかったとは思えない。

 

 となれば、やはり戦闘中か……あるいはトラップを越えた時なんかが疑わしい。

 


 「四階でエンカした敵って何体だっけ……てか、四階ってトラップもモンスターもそんなに居なかったよな……?」


 

 なんやかんやと思考を巡らす僕。 ……完全に、こころ此処ここらず状態だ。

 

 落とし物をした時というのは、不安や焦りから色々なことを考えてしまう。 その結果、気が散って捜索に身が入らないのだ。

 


 という訳で、

 


 「…………待てよ、さっきの角んとこ見逃したかも」


 

 せば良いのに、早速引き返した道を更に引き返す羽目になってしまった。

 

 ……ただ、一つ言い訳をさせてもらうと、ダンジョンの道というのは横幅が無駄に広いのだ。

 

 右を一生懸命探していると、左の確認がおろそかになる。 じゃあ左を注視して、となると今度は右を見逃す。 その連鎖。

 

 考え事をして意識が集中できていないこともあって、注意が非常に散漫になってしまうのである。

 

 

 ……結局、見逃した角の所まで戻ってみても、勇者の剣は見つからなかった。

 

 

 そんなこんなで三十分近く捜索を続けた後、僕はダンジョン四階の階段、すなわち三階に向かうための階段までたどり着いた。


 最終的に、三往復もしてしまった。 ここまで、ゴーレムや他の冒険者などとほとんど遭遇せずに来れたのは不幸中の幸いか。

 とりあえず、疲労回復と脳内作戦会議のために、再び僕は階段横で足を止める。

 


 「四階には、無かった…………。 うん、無かった……よな? え、もう一回回った方が良いかな……え、でもちゃんと見た……よな……」

 


 僕が階段をすぐに上がれなかったもう一つの理由。

 

 それは、"もしかしたら見落としがあるかもしれない"という漠然たる不安であった。

 


 こんな事をしている暇があれば、さっさと別フロアを探しにいった方が良い。 ……そんな事、自分が一番分かっている。

 


 しかし、「もし四階にあるのを見落として上に行けば、めちゃめちゃ無駄足かもしれない……」という恐怖がどうしても拭えない。

 だからこそ、無駄に三往復もしてしまったのだ。


 

 「松明も装備して、影になってる所は全部照らした。 そんで、勇者の剣は無かった。 ……四階には無い。 うん、多分ない」

 


 なかば自己暗示のように復唱し、自分を納得させる。

 

 それに、勇者の剣があってもなくても、行って戻ってくることにはなるのだ。 一階まで戻って見つからなければ、また折り返して探せば良い。

 


 「…………行くか」

 


 油が切れた松明をポイと捨て、僕はまた階段に足をかける。

 途中、何度か後ろを振り返ってみたが、やはり勇者の剣は落ちていなかった。

 

 

 ✳✳✳

 

 

 「……っうわぁ! く、っそ!」


 

 三階に戻ってすぐ、二体のゴーレムと鉢合わせてしまった。

 


 ゴーレムは動きが遅いので、不意打ちをされてもすぐに避けられる。

 

 ……が、二体となれば話は別。

 

 僕は、短剣を構えて一体目のゴーレムから距離を取ろうとしたのだが、後ろにいた二体目のパンチを避けきれず、壁に突き飛ばされてしまった。

 


 「痛っ、つつ……。 くっそ、今それどころじゃないってのに……!」

 


 モンスター退治でも、ダンジョン攻略でもない。 今の僕の頭は、落とした勇者の剣をなんとしてでも見つけなければならないという、それ一点だった。

 


 ……とにかく、さっさと片付けなければ。

 


 意識を集中させ、僕は短剣を真っ直ぐに突き立てるようにしながら飛びかかった。


 

 「ハアアアアアァァァッ!!」

 

 ゴーレムの弱点であるひたいを貫くと同時、ゴーレムがうめき声をあげながら倒れた。

 僕はサッと飛び退き、消失するゴーレムの身体から生成される金塊をしれっと回収する。


 

 さぁ、次は二体目を倒して……という所で、ふと気づく。

 

 

 「……待てよ。 ゴーレムって、人間の落とした物とか拾ったりするのか……?」

 

 

 ……それは、脳裏に浮かんだ一つの可能性。

 


 冒険者が落とした物を、モンスターが拾って持ち帰るようなことがあるのか、という疑問だ。

 


 勇者の剣をどこで落としたのか……それはまだ定かではない。


 でも、もしもゴーレムがそれを拾って、それをどこか別の場所に移動させた可能性があるとすれば、捜索の仕方は根本から変わってくる。

 


 冒険者の持ち物を奪う、いわゆる泥棒系のモンスターもいるにはいるが、落とし物を拾うかどうかとなれば話は別。

 


 それを知るためにはまず、ゴーレムが落とし物に反応するのかどうかを確かめなければならない。

 

 

 「試してみるか……」

 


 ゴーレムと睨み合ったままの状態だった僕は、不意にバッ! と後ろを振り返り、そのままダッシュした。

 


 ゴーレムの動きは遅い。 全速力で走れば、曲がり角でくことなど容易だ。

 実際、ゴーレムはドシンドシン! と大きな音を立てながら追ってきたが、角を曲がったタイミングで僕のことを見失っていた。

 


 「よし、ここまでは想定内。 あとは……」

 


 離れた位置から、こっそりとゴーレムの様子を窺う。

 


 実は、逃げる途中に短剣をわざと道の真ん中に落としてきたのだ。

 


 もし、ゴーレムがそれを見つけて持ち去ろうとすれば、勇者の剣はゴーレムに持ち去られたという線が濃厚になる。

 本当は、もっとゴーレムが興味を示しそうなアイテムでも用意できればよかったのだが、まぁここは賭けだ。

 

 

 短剣は、キョロキョロしているゴーレムの数歩先に転がっている。

 


 さぁ、ヤツは短剣を拾うか……それとも……

 

 

 ……すると、ゴーレムは僕を探すのを諦めたのか、そのまま徘徊はいかいモードに戻ってゆっくりと歩き始めた。

 

 

 と、その時……

 

 

 「あっ……!」

 


 という僕の声と、ゴーレムの大きな足が短剣をグシャリ! と踏み潰す音とが重なった。


 

 短剣は鉄製だが、の部分は木で出来ている安物だ。

 今まで、そこそこの戦闘には耐えてきた短剣だったが、ゴーレムの踏み潰しには耐えられなかったらしい。

 


 「くっそ、アイツ……!」

 


 ゆっくりとその場を去っていくゴーレム。

 道には、見るも無惨な姿となった短剣の残骸ざんがいが散らばっていた。


 

 「はぁ……マジかよ、またどっかで調達しなきゃ……。

 ……·え、というかもしかして今、僕、武器なし状態? うっわヤバ……嘘だろ?」

 

 またしても大きなため息が漏れる。


 なんで松明とかを使わず、わざわざ短剣で実験してしまったのだろう……。

 やること為すこと全てが裏目に出ているような焦燥感に駆られ、僕は頭を掻いた。

 


 この先、装備なしでダンジョンを彷徨さまようのか……。

 


 普段のダンジョン攻略とは大きく異なる緊張感。


 それを、まさかこんなことで体感する羽目になるなんて……。

 


 「せめて、勇者の剣が見つかれば……」

 


 目的と手段が入れ替わった泣き言を呟きながら、僕は深いため息をついた。

 

 

 ✳✳✳

 

 

 結局、三階エリアも三往復ほど回ったが、勇者の剣は見つからなかった。


 武器なし状態である以上、モンスターとまともにやり合う訳にはいかない。 そのため、モンスターとの遭遇を避けるように身を隠しながら剣を捜索するという、非常にしんどい作業を強いられた。

 


 「もう二時間ぐらい探してるよな……マジで早く見つけないと……」

 


 そんなこんなで二階にやってきた僕。

 壁に手をつきながら、うつろな目を地面に向ける。 時折、落ちている石屑いしくずが勇者の剣に見えてしまうぐらいには、僕の精神も限界に近づいていた。


 と、

 

 

 「───あれ? もしかして、冒険者さんですか?」

 


 背後から声がかかる。


 振り返るとそこには、いかにも弱そうな中年の冒険者が立っていた。

 

 

 「こんな時間にダンジョンに潜るなんて……アナタも、お金に困ってるクチで?」

 


 「え? あ、えぇ、まぁ……」

 


 中年の冒険者は、どうやらソロでダンジョンに挑んでいるらしい。


 僕がダンジョンに入った時は夜だったから、他の冒険者とは出くわさないと思ってたんだけど。 まさか、よりにもよってこんな時に……。

 


 「それで、アナタはここで一体何を? もしかして、道に迷ったんですか?」

 


 「いえ、その……実は落とし物を探……」

 

 

 ……そこで、ハッとして口を押さえた。

 


 ここでバカ正直に「勇者の剣を失くした」なんて言ってしまったら、何もかも終わってしまう、と思ったからだ。

 


 大決闘祭を勝ち抜き、王から与えられる聖剣。 そんな大それた代物を、低級ダンジョン内で失くしてしまった。 ……なんて失態がバレれば、僕はこの先、"勇者"の名を名乗って生きていけない。

 

 だから僕は、誰にもバレずに、一人で勇者の剣を探さなければならないのだ。

 

 

 「あ、その……装備していた安物の剣を、どこかで落としてしまって。 他に装備もないので、早く探さないと」


 

 「なんと! それは一大事ですな」

 


 「えっと、ここに来る途中で見かけたり……してませんよね?」

 


 「ふむ……私は、つい今し方二階に来たばかりですので。 一階フロアは広く歩き回りましたが、落とし物は見かけなかったかと。

 ……ところでアナタ、どこかでお見かけしたような……」

 


 「気のせい! 気のせいですよ、きっと!」

 



 なんとか誤魔化せた……と思う。

 

 それに、一階では勇者の剣を見かけていない、という有用な情報もゲット。 あれだけ目立つ剣なのだから、もし道に落ちていれば気づかないはずがないだろう。

 


 …… むしろ、見つかってなくて助かった。


 もし先に見つけられていたら、「え、これ勇者の剣!? なんで!? 勇者様、ここで剣落としたの!?」となるに違いない。

 最悪、盗まれる可能性だってある。

 


 「本当に、大丈夫ですか?

 武器をお貸ししたいのは山々なのですが……実は先日、盗賊に金目の物を奪われてしまい、私も貧乏暮らしをしておりまして……」

 


 「あぁいえ、お構いなく。 ……それより、今日はもう帰った方が良いですよ。 こんな時間ですし、普段は出てこないような凶暴なモンスターがうろついているかもしれない」

 


 勿論ウソである。


 先に進む中で、もし彼が剣を見つけてしまえば、その時点で僕の計画はパーになってしまう。


 悪いが彼にはここで引き返してもらい、一人になった状態で捜索を続けたいのだ。

 


 「しかし……」

 


 「良いから良いから。 僕も、もう少し捜索を続けて見つからなければ、そのまま帰るつもりでしたし。 ……さぁ、早いうちに引き返」

 

 

 

 『───グオオオオォォォォォ!!!!!』

 

 


 「「っ!?」」


 

 ビクッと肩を震わせ、二人同時に振り返る。

 

 僕らが居た場所から、約百メートルほど先。 広い部屋に通じる通路のその先に、巨大な影が立っていたのだ。


 普通のゴーレムではないことは、雰囲気からして分かった。


 あの雄叫び、足音、そして色合い……

 

 

 「まさか…………っ!?」

 

 

 それは、僅か数パーセントの確率でこのダンジョンに現れるという、レアドロップ狙いの上級モンスター───アイアンゴーレムだった。


 僕が叫ぶと同時、ヤツはまた大きな雄叫びを上げて、こちらへ襲いかかってくる。


 

 「う……うわあああぁぁぁ!!?!?」


 

 中年の冒険者は、すっとんきょうな悲鳴を上げて、全速力で逃げていってしまった。


 一歩出遅れた僕は、同じように退避しつつ、彼が曲がった方とは逆の道を進んだ。

 



 「……くそっ! やっぱコッチ狙ってきたか……!」

 


 アイアンゴーレムは、僕の方を追ってきたらしい。 ドスンドスンと音を立て、普通のゴーレムよりも僅かに早い速度で追い上げてくる。


 

 勇者の剣を探しに戻ってから、やけにゴーレムとの遭遇率が低いなと思っていたが……まさか、コイツがうろついていたからだったとは。

 

 けど、よりによって何でこんな時! と、僕は心の中で叫ばすにはいられなかった。  

 


 

 しばらく通路をひた走り、開けた場所に出た。

 

 他のモンスターはいない……が、道がない。 どうやら行き止まりのようだ。


 

 「ウソだろ……こんな、こんな所で終わるのかよ……」

 

 まさに、ウソから出た真。


 思ってもみない凶暴モンスターの登場によって、追い詰められてしまった。

 


 振り向くと目の前には、グオオオ……と、じりじり迫りくるアイアンゴーレム。 武器も持たない僕に、このモンスターに太刀打ちできるすべはない。 そして、逃げられない。

 


 ……絶体絶命だ。

 

 

 ───そう、諦めかけていたときだった。

 

 


 「………………ん?」

 

 

 全身灰色のアイアンゴーレムに、一ヵ所だけ変な色が混じっている。


 足首の辺りに……何かがくっ付いているのだ。

 

 

 紺碧に輝く両刃の刀身。

 


 その中央部には神の紋様が刻まれており、勇者の証である宝玉が付いた黄金の鞘に納められている。

 

 

 間違いない。 あれは……………………

 

 

 

 「───勇者の剣っ!!?!?」

 

 


 アイアンゴーレムの足首に、何故かピタリと張り付く勇者の剣。

 

 まるで想像だにしなかったシチュエーションで、僕は、探し求めていたものと対面することになってしまった。

 


 「なんでアイツが持って……いや、持ってはないのか。 え……じゃあ、僕がどっかで勇者の剣落とした後、アイツがその近くを徘徊してくっ付いた、ってコト……?」

 


 アイアンゴーレムの主成分は、鉄。

 その中には、磁力を有する磁鉄鉱が含まれているものもある、と聞いたことがある。

 そして、勇者の剣を納めるさやは、黄金に輝いているが、実は金メッキであるという噂もあった。

 

 金メッキに使われるコバルトやニッケルなどの金属は、磁石にくっ付く。


 つまり、ヤツの体内にある磁鉄鉱が、勇者の剣を引き寄せてくっ付けているのだろう。

 

  現に、ヤツの足首には勇者の剣がくっ付いているのだから、そうだと考える他ない。

 

 

 「でも、あんなのどうやって回収すりゃ……うわっ!?」


 

 アイアンゴーレムの突進攻撃を、慌てて回避する。

 丸腰のままじゃ、防戦はおろか近づくことさえ出来そうにない。

 


 せめて、一瞬でも隙をつくることが出来たら……

 

 

 「……やるしか無い、か」


 

 意を決して、僕は持っていた松明に火をつけた。

 

 ジリジリと、アイアンゴーレムを睨みつけながら距離を取る。

 

 膠着こうちゃく状態のまま、壁を背にして動きを観察する。


 すると、ヤツがまた、グオオオオッ! と大きな声をあげた。


 

 「……今だっ!」


 

 その瞬間を狙って、僕は松明をアイアンゴーレムの顔面に投げつけた。

 


 当然、ダメージは入らない。 が、ひるんだアイアンゴーレムが顔を覆ったことで、隙が出来る。


 それを見逃さず、僕はダッ! とヤツの足元に向かって走っていった。

 

 

 「───奪取スティールッ!」

 

 


 叫び、僕はヤツの足首から勇者の剣をかっさらった。

 

 

 そして、間髪入れずに剣を抜き、

 

 

 「ハアアアアアァァァァァッ!!!」

 

 

 ───ザシュッ!! と、快活な音が響く。 


 

 その一撃で、勝負は決していた。

 

 

 流石、勇者の剣というだけあって、その威力は絶大だった。

 あれだけ追い詰められていた状況から一転。 なんとアイアンゴーレムは、一太刀で倒れてしまったのだ。

 


 鋼鉄の身体が、徐々にひび割れていく。

 


 山が崩れるみたいに、巨大な砂煙が立ち込める。

 


 そうして消失するアイアンゴーレムの姿を、地べたに尻をついたままの僕は、ただポカンと見つめていた。

 

 

 

 「これが……勇者の剣の、力…………」

 

 

 窮地きゅうちを脱した安堵と、探し物を発見できた喜び。 しかし、それを凌駕するぐらい、僕は勇者の剣の力に戦慄せんりつしていた。


 

 全身の筋肉が弛緩しかんする。 剣を握るのが自分の手であることが、恐ろしく思えてくる。

 一度は失くしかけたその強大な力を、僕は改めて実感することになった。


 そして、

 

 

 「はぁっ…………マ~~~~~ジで見つかって良かったぁぁぁぁぁ~~~~~!!!!!!!!!! あ~~~!!!!!!!!!!」

 

 

 後から訪れた安堵と喜びを、思い切り声に乗せて叫ぶ。

 

 結局、いつ、どこで、どのように剣を落としたのかは分からずじまい。

 ……でも、最早そんなことどうでも良い。

 


 歓喜を詰め込んだ声は、静寂せいじゃくに包まれたダンジョン一帯を突き抜けるように、明るく響き渡るのだった。

 

 

 

 

 

 「───やっと見つけたぞ、盗賊野郎ッ!」

 

 

 ……その声は突然、部屋に通じる通路の方から聞こえてきた。

 

 アイアンゴーレムからドロップしたレア金塊を集めていた僕は、その手をピタリと止めて前を見る。


 

 砂煙が徐々に薄くなっていく中を凝視すると、そこに二つの人影が見えた。 

 


 片方は、先ほど出くわした中年の冒険者。


 そしてその前に居たのは、紋章入りの防具と装飾に身を包んだ、強そうな青年だった。


 

 二人は、こちらをキッと睨み付けながら叫ぶ。

 

 

 「から事情は聞きました。

 ……どこかで見たことがあると思いましたが……私の家を荒らした犯人も、勇者様の剣を盗んだのも、アナタだったのですねっ!!」


 

 「警備隊がどれだけ探しても見つからない訳だ……昨日の晩からずっと、こうして下級ダンジョンに潜伏していたんだなっ!」

 


 勇者様……そう呼ばれた男は、腰に差した剣をゆっくりと引き抜いて構えた。


 どうやら、本気で決闘するつもりらしい。

 

 

 「さぁ…………僕の剣を、返して貰うっ!」

 

 

 

 対して、金塊を全部詰め終わった僕は、勇者の方を見て、

 

 

 ───ハッ、と鼻で笑った。

 

 

 「返すも何も、もうコイツは僕のモンなんだよッ……!」

 

 

 そして、手にした勇者の剣を強く握りしめてから、力いっぱい振り抜いた。

 

 

 ───ズガアアアァァァンッ!! という快活な音と共に、地面が割れ、二人の人影はあっけなく吹き飛ばされてしまった。

 

 

 「はぁ……もうちょい金稼ぎしたら国外に逃げる予定だったのに。 とことんツイてないな、今日は」

 

 

 しかしまぁ、ここでを始末できたのは、とても都合が良い。


 それに、思いがけずアイアンゴーレムも倒して金塊も稼げた。

 ……捕まってないだけありがたいどころか、むしろラッキーなのかもしれない。

 


 

 剣を鞘にしまい、今度は絶対に落ちないよう、防具の紐でキツく身体に結びつける。

 

 パンパン、と身体のすすを払ってから、向こうを見やる。

 

 

 ……そこには、倒れて動かないみじめな人影二体。

 


 僕はニヤリと笑みを浮かべて、彼らにこう言ってやった。

 

 

 「財産も勇者の剣も、失くすヤツがわりぃんだよ。

 ……まぁ、これからは僕が、勇者の剣を手にした偉大な『勇者様』になってやるから安心しな」

 

 

 そうして、"勇者"は上機嫌な足取りのまま、ダンジョン下層へと進んでいくのだった。

 

 

 End

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