魔法使い
「あのー……どんどん街から遠ざかっている気が……」
リアムとイヴァンは、人気のない広場に来ていた。
そこは繁華街を抜けて、郊外の住宅街の狭い路地をしばらく歩いた先にあった。
あの喫茶店から移動して、もう20分以上になる。
都会の喧騒は消え、閑静な住宅街の位置するここからは、子供の遊ぶ声も聞こえない。風は無音で、草木の揺れる音もしない。
たどり着いた広場は、広場と言ってもこじんまりとした場所だ。屋根の下にベンチがひとつ置いてあって、周りに花が植えられている。
「ここらへんかな」
イヴァンは広場の真ん中で立ち止まると、振り返ってリアムを見る。
「えっと……ここにカフェがあるんですか?」
どう見ても、ここは住宅街のただの広場である。
「……」
イヴァンは微笑を湛たたえたまま、沈黙を保つ。
そしてーーため息を短く吐くと、つけていたマフラーを回しながら外し始めた。
「リアム・グランシー君……俺はずっと君に会いたかったんだよ」
外されたマフラーは、無造作にも土の地面に置かれる。
「あの、マフラーが地面に」
「あの時、確実に殺したと思ったんだけどなぁ」
今度は、ぶ厚いコートを外しにかかった。
ゆっくりとした動作だが、スムーズにボタンを外していく。
(殺した?何を?)
突然物騒なことを口走る目の前の男が、リアムは恐ろしくなった。
前のボタンが外されたコートは地面に置かれず、男の肩に収まったままになった。おかげで、男の服装が観察できる。上下共にダークグリーンで塗りつぶされた服、一列に並んだ金色のボタン。戦地に赴く兵士のような軍服姿だった。
「それにしても不用心すぎるよなぁ、君」
両手でマスクが外され、マフラーの隣に落ちる。
最後に分厚い黒縁の眼鏡が外されると、それはイヴァンの手の中でぐにゃりと流動して、別のものに変化していく。
(なんだ?あれは……)
「ダメだろう?会ったばかりの人間を信頼するなんて。ーー俺はお前のバディでも何でもねぇよ」
鋭い眼光、斜めに入った大きな切り傷の顔。
ひとつに纏められた長く、血のように赤い髪。
薄い唇が三日月に歪んだ瞬間、
パチン。
男が片方の手で指を鳴らすと、辺りが急に暗くなった。突然遮光カーテンが下ろされたかのように、周囲の色が消える。
ーー正確には、影が落ちたのは広場を除く周囲の色だった。
「っ」
リアムは駆け出した。考えるよりも先に、身体が動いた。
電光石火のように、本能が告げる。
ーー今すぐここから逃げなくては。
が、何かに思い切り体当たりをして、派手に転げる。
真正面から鼻とおでこを打ち付けて、強い痛みが走る。
「ぐぁっっくそっ、なんなんだよこれ……」
「無様だなぁ。残念なことに無駄だよ。この空間は遮断されている。ここからお前は出られない。生きたまま出ることが、な」
「っ、」
痛みに顔を歪めながら見上げると、赤毛の男はリアムを哀れむような目つきで見ていた。まるで仕方がないと言わんばかりのような顔で。
「俺は一度、お前を殺そうとしたんだぜ。でもそれも失敗に終わった。どうやらお前は相当ツイてるらしい……だがそれもここまでだな。可哀想だが、世の中のために死んでくれ」
そして、鈍い銀色の銃口をリアムに向ける。
痛みも、垂れてきた鼻血も、今はどうでもよかった。
目を見開いたまま、リアムはーーその刹那がコマ送りのように遅く感じたのを覚えている。
ーー撃たれる。
そう覚悟を決めた時だった。
ガシャアアアン。
ステンドグラスが盛大に破壊されるような音を立てて、突如視界が曇って、遮られる。
リアムは咄嗟に瞼を閉じて、頭を引っ込めた。無数の硬い破片が身体中に降りかかった。地味に痛い。
十数秒後、恐る恐る目を開けると、先ほど眼前に佇んでいた男が仰向けに倒れていた。
その喉元には、長い長い柄の先の刃物が突きつけられている。
男の胴体に載せられた足は、つるりとしたローファーだった。揺れる長い髪と、睫毛の長い横顔。
それはある少女が槍を抱えて、男を今にも刺そうと言わんばかりの光景だった。
リアムとルーナの魔法事件簿 蒼海 悠 @Benrkastel_wine
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