第18話 初依頼の行方

「エリア、これにしましょう。範囲が限られているからすぐ終わるでしょう。目撃情報まで載っているようですよ」

「ああ……意外と欲張らないんですね。しかしまあ……よく魔物の子供なんてペットししますよね。僕の家だったら返して来いって絶対怒られますよ」


 レンリが指を差したのは意外にも捜索依頼であった。

 内容としては先ほど抜けてきた森とは逆方向に街を抜けた先にある草原でペットを逃がしたというもの。猫や犬といったものではなく小型犬程度の大きさがある魔物らしいのだが……ご丁寧にも図鑑の姿を模写したのだろう姿が描かれている。ペットらしく青いリボンが首に結んであるらしい。

 一見すると子ヤギのような形状だが、薄い青色の身体にはヤマアラシのように棘のような部位が複数刺さっている。これが彼等の毛並みなのだ。そして光輝く角。この種は光の魔力を持ち、角から電撃を放つというが──これは幼生だ。

 飼い主による情報によれば「触ってもパチッとくる程度」とのこと。自己申告だが、こんなところに嘘を吐いて死傷者が出れば大問題だろう。


「なるべく触らなければいいのでしょう。能力で浮かせてしまいますか」

「それ、いいですね。今回は臆せず勢子として働けそうです。……まあ、こんなの絶対に聖騎士の仕事じゃないんですけどね」


 レンリの気が変わる前に早くこれを受注してしまおう。

 エリアは依頼書に付いている付箋を一つ捥ぎった。冒険者ギルドで依頼をする際はこれを受付に渡し、正式に受注する。物によっては同時に複数人が受注できないもの依頼も含まれているのだが、このような低級の依頼であれば「誰かに手柄を横取りされる」といった心配も早々無いだろう。

 受付でやや気まずい思いをしつつもエリアは受注の手続きを済ませ、先にギルドを出て行ったレンリの後を追いかけた。


――――――――――――――――――――


 一先ずは魔物の幼生の生け捕りにする。これが第一目標。

 目的の草原へは問題無く辿り着くことが出来た。街からもそう遠くない距離であり、村人とたまに擦れ違うこともある。生息する魔物や獣の顔触れは多少変わったものの……今のところ襲われる気配も無く、穏やかな日差しを浴びながら二人は草原をうろついていた。一見すると観光客のようにすら見えるかもしれない。

 街で用意した魔物の餌──依頼者の言う「大好物」の干し肉をいくつか草むらの中に撒いてはみたが、肝心の獲物は出てこない。


「穏やかなのはいいんですけど、肝心の魔物がいませんね。この地域は草食の魔物が多いみたいですが、この『ビリビリちゃん』は肉食でしょう?……エサがあればすぐ出てくると思ったんですけど……」


 エリアは受付で渡された資料に視線を落とし、ペットの名前を読み上げる。

 その背後で捕獲担当のレンリが如何にも退屈そうな様子でその説明を聞いていた。木陰からそっと覗かせたその表情はいかにも不満げだ。

 捕獲対象の魔物の幼生が現れ次第エリアが引きつけ、レンリが能力で拘束するという作戦はすぐに決まった。受付で依頼を受注し、草原にやって来るまでの道のりで一言二言で。とてもスムーズに。

 ──というのもそれ以上に作戦を考えられなかったからだ。仕事が単調過ぎる。

 レンリもこの提案には納得してくれたものの、魔物がここまで出てこないというのは予想外の展開であった。


「あまり出てこないようであれば一旦街に引き返しましょう。ギルド経由で依頼者に追加で情報を求めることもできるみたいですし……」

「賛成です。突っ立っていても虫に刺されるだけ。全くもって無意味です」

「一応、臆病だから屋外では大人しくしてるだろう~って依頼者は言ってますけど。僕達結構探しましたよね?縮こまっているなら見つけていてもおかしくないはず……」


 エリアの問いにレンリは軽く頷いた。

 それなりに草むらの中を歩かされたのは事実だ。それでも目当ての魔物は一行に出てくる気配が無く、只々時間だけが過ぎていく。

 地味に精神的に来るものだ。もう少ししたら一旦引き返そう。

 ──そうしてエリアは草の上に腰を下ろした時、背の高い草を掻き分けるようにして胸元へ「何か」が飛び込んできた。


「で、出た!……これ……こいつじゃないですか!?水色の身体に青いリボン!これ例のビリビリちゃんですよね!?……レンリさん、早く気絶させてください!」


 エリアは反射的に胸に飛び込んできた魔物を抱き留める。

 草原に押し倒されるような姿勢にはなったが、両腕に力を込め、ついでに脚で拘束を図る──恐らく捕獲対象の魔物は身をよじって逃げ出そうとするが、エリアが声を上げて間もなく腕の中で大人しくなった。

 レンリが遠隔で衝撃を加えたのだろう──エリアは魔物越しに僅かに衝撃を感じた。魔物には一応息はあるようだが、先程までジタバタと暴れていた姿が嘘のように腕の中で縮こまっている。

 呼吸を整えた後エリアは草の中から身体を起こし、青い魔物を抱き抱えて立ち上がる。そうして背後の木陰で控えているレンリに両腕を付き出すようにして魔物を見せた──一応、彼女にも確認させた方がいいだろう。


「『ビリビリちゃん』でしょうね。待機した甲斐がありましたね」

「ようやく帰れますよ!やっぱり白ランクの依頼って大したことないんですね。聖騎士と転生者が二人揃っているんです。何か起きるかと思えば一番苦戦したのは待機時間じゃないですか。この調子でいけばあっという間に昇格できるかもしれません」


 元からレンリがエリアの話を聞くことは稀だ。

 エリア自体に興味が無いのだろう──彼女はすぐにそっぽを向く。話を聞いているのだか、そうでないのかまるで分からない。そうか思えばたまに相槌を打ったり、余計な口を挟んで来たり……エリアもその態度には慣れてきた。

 ……そんな彼女が、今回は無言でエリアの顔を眺めている。

 エリアは一瞬自分の顔を見つめているのかと思ったが、彼女の視線はもう少し横に逸れている。どちらかというと頭上を見つめているようだ。


「えっと……何かありましたか?このあたりは危険な魔物も出ないでしょうし、比較的治安もいいところで……」


 笑顔のエリア、腕の中で大人しくなった魔物──レンリの視線は依然、エリアの立つ方向へ釘付けになっている。

 エリアは自分が立っている草むらが日陰になっていることに気が付いた。今日は天気がいいから一時的に太陽に雲がかかってしまったのだろう。そして未だにレンリの視線は微動だにしない。こちらの態度が無礼だとでも言いたいのだろうか。

 それならば普段のようにズケズケと言ってくればいいものを──エリアがふと背後を振り返った時、手元の魔物と全く同じ色の何かが聳えていた。先程までは何も無かったはずの空間に肘をぶつけたのだ。全く弾力のない頑丈な壁のような質感の壁……エリアは静かに「壁」を見上げた。

 ──そこには腕の中の魔物そっくりの個体が立っているのであった。

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