3-2 ショック

 リョウ先輩は工学部に通う一個上の先輩だ。穏やかであり、割とさっぱりしている性格。このサークルでは私と同じ脚本家グループに所属している先輩だ。ただ、入部して以来、リョウ先輩が脚本を書いたラジオドラマを私は一度しか聞いたことがなかった。私たちが入部したての頃に書かれた脚本。サークルの伝統で新入生が声優をやるが、リョウ先輩の脚本に出てくる女の子に合う声質を持つ人がおらず、学部の友人のサヤカを連れてきたことがあった。その後リョウ先輩はだいぶ苦しみながらラジオドラマを仕上げていたのが記憶にある。出来上がったラジオドラマは、新入生の私がこんな事を感じるのも烏滸がましいが、なんというか普通だった。普通のボーイミーツガールの話。

 不定期的に行われる脚本検討会(脚本家たちが書いたものを脚本家グループ内で批評し合う会)には毎回参加しているが、リョウ先輩自身が脚本を持ってきたことはそれ以来一度もないようだった。他の人の脚本にはかなり的確なアドバイスをしているし、私が脚本を書き、今まさに編集しているこのドラマも、リョウ先輩のアドバイスのおかげでうまくまとまった部分がある。なんでリョウ先輩は脚本を書かないんだろう。


 「今の掛け合い、めっちゃいいね。」

 編集を続けていると、リョウ先輩が話しかけてきた。物語が展開しはじめるところ、「序破急」の「破」の部分、主人公の女が付き合っている男にフラれるシーンだ。

 「あ、ありがとうございます……!」

 「検討会の時と少しセリフ変えた?主人公の心情がわかりやすくなってる気がする。」

 「そうです。って、ここはリョウ先輩がアドバイスくれたところじゃないですか。」

 そう、このシーンのセリフは他でもないリョウ先輩が検討会の時に指摘してくれた箇所だ。当初、フラれる主人公の女には「……え?」とか「なんで……。」とかしかセリフがなかった。いきなりフラれてしまったショックで言葉が出てこない、という設定だ。だが検討会の時にリョウ先輩が「ショックと言っても凄く悲しいのか、裏切られた気持ちなのか、状況が全く理解できていないのか、怒り悲しみ戸惑い色々あるだろうから、それに合わせてセリフを少し足してみてもいいかも」とアドバイスをくれて、なるほどその通りだと思った。確かにこの主人公がどんな気持ちなのかをしっかりわかってもらわないと、この後の展開がうまく繋がらない。私は主人公の「悲しみ」が伝わるよう、セリフを微妙に書き足していた。

 「あれ、そうだっけ?なんか手前味噌感出たな。」

 アハハと照れ笑いする先輩。コミュニケーション能力が高く、誰とでも仲良くできる雰囲気を持っている。ただ派手さは全くなく、どっちかというと地味なタイプの人だ。サークル内でも目立つ感じは全くない。言葉を選ばずに言えば、すごく普通の人だ、接しやすい普通の先輩。モブっぽい感じ。恋愛ゲームなら、たまに出てきて主人公に的確なアドバイスだけ与えるけど物語には絡んでこない感じ。あ、私今すごく失礼なこと思ってるかも。

 かくいう私だってそうだ。高校時代の失恋以来自らの立場を強く弁える事を信条とし、恋愛なんてもってのほか、何かのスタートラインに立ってしまうことを避けてきた。いやごめんリョウ先輩もそうなのかは知らないけどさ。

 「最近、リョウ先輩脚本書いてないですよね」

 「ん?んーー、そうだね、最近書いてないなあ。」

 ほんの少しだけリョウ先輩の顔が曇った気がする。なんかあったのかな。地雷踏んじゃったのかな。私は恐る恐る言葉を続けてみた。

 「……書く予定とかないんですか?」

 「うーん、まあどうだろうねー。まあ、書きたいものが見つかったら書くかな。」

 読んでいた漫画をヒラヒラさせ、リョウ先輩が笑いながら答える。

 「そう、ですか。」


 劣等感に生きる私は身振り口振りで相手の心情を察することができる。

 私はリョウ先輩の言葉から、「悲しみ」を感じていた。

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くたばれ、「普通」 ろぶ @zawa-831

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