3-1 ピョウピョウピョウ!
人間は外見が九割だということに、失恋をした時に初めて気付いた。
高校一年生の時、同じクラスのサッカー部の男子に恋をした。多分初恋だと思う。背が高く、穏やかな性格の彼は、劣等感を燃料に生きる私とは生きている世界が違うように感じられた。いつの間にか私は彼のことが気になり始め、それが恋という感情であることに気がつくまでそれほど時間はかからなかった。
何とか彼に近づきたくて、彼が読んでいた本を読んでみたり、彼がハマっているという噂のアーティストの曲を聴き漁ったり、サッカーについていろいろ調べたりした。休み時間にそれとなく話しかけてなんとなく仲良くなって、たまに一緒に帰るようになった。
何とかデートをこじつけて、休日に一緒に映画に出かけることになった。正直私は微塵も興味がない映画だったが、彼が好きなシリーズだというので過去のシリーズも全てインプットした。ただ二人きりだと何となく気まずかったので友人を一人ずつ呼ぼうということになり、私は一番仲の良かった友人を誘った。結果これが敗着であった。その友人がクラスでも一二を争う美人だったのだ。
映画を見終わってファミレスで感想戦になった。シリーズの大ファンである彼は一番熱量が高く、私も過去シリーズを予習してきたので彼の感想に意見を加えていく。すごく楽しい時間だ。友人二名は置いてけぼりだが、正直あまり気にしていなかった。彼と自分の仲が深まれば良いなと思っていた。
帰り道、帰る方向の都合上、友人二名と私たちはそれぞれ別れた。彼と私の二人になるなり開口一番に彼は私の連れてきた友人の話をしだした。
「あの子可愛いよね」「映画好きなのかな」「そういえば話したことないな」「連絡先聞けば良かったな」「あの子と結構仲良いの?」
劣等感に生きる私は身振り口振りで相手の心情を察することができる。あ、私恋愛対象として見られてないや。私に対してそんな表情を見せたことないよね。私に対してそんな興味を持ったことないでしょ。私が丁寧に築き上げてきた彼との関係性を、何の関係性も持たない友人の美貌が一発で上回ってしまったのだ。私はできるだけ彼に気持ちを悟られないように注意しながら適当に相槌を打ち、「また4人で遊ぼうね」なんて言っていつもと違う交差点で別れた。
家で一人鏡の前に立つ。友人の姿を思い出す。友人より鼻が大きい。頬骨が出ている。背が低い。爪が短い。脚が短い。
そっか、ゴールに向かって一生懸命走っていたつもりだったけど、スタートラインにも立てていなかったんだな。徒競走のスタートラインに立つことができるのは選ばれた人間であって、残念なことに私は観客席で見ていることしかできないんだ。度の強い眼鏡の奥の小さな一重瞼から涙がこぼれ落ちた。
その夜、私は恋愛感情を心の奥に閉じ込めた。スタートラインに立てないのであれば勝負すること自体ができない。例えば私がサッカーをやっていたとして、メッシ(なんかすごい選手らしい)に勝とうとは思えない。だからと言ってサッカーを辞める理由にはならないんだろうけど、恋愛は一味違う。意中の人に選ばれるということは、つまりFCバルセロナ(メッシがいたチームらしい)の監督に選ばれなくてはいけないということで、つまりこの場合私の友人がメッシなわけだ。うまく考えがまとまっているのかわからない。合っているのかもわからないが、もう何でもいい。無理なもんは無理だ。
時は経ち、大学生になった。結局高校生活ではあの事件以来恋愛をすることなく卒業し、だからといって大学では心機一転恋愛に前向きになろうと言う気持ちにもならなかった。少しばかり歳を重ねたところで残念ながら目の小ささは変わらないし鼻の大きさも変わらない。そりゃまあ私だって少しでも見栄えが良くなるように努力はしてみた。小顔ローラーなるものを買って顎に当ててみたり、アイプチで二重瞼にしてみたり、コンタクトデビューをしてみたり、YouTubeでメイクを勉強してみたり。ただ、そんなことでメッシとの差が埋まるとは到底思えなかった(多分実際に縮まってはいないだろうし)。
大学では本が好きだからと言う理由だけで文芸学部に所属し、自分でも創作をしてみたいと思ったからラジオドラマサークルに入ってみることにした。文芸サークルもあったが、本気感が凄くて尻込みしてしまった。その点ラジオドラマサークルは適度にゆるそうな感じがして私でも楽しく活動できそうだと思った。
目論見通り、活動はかなりゆるかった。好きな時に脚本を書いて好きな時に収録し、編集をして、好きな時に発表する。私も早速脚本を書いてみたが、思うように形にならない。何せラジオドラマには基本的にセリフと音しかないのだ。小説なら地の文で、映画なら映像で補足ができる。ただ、ラジオドラマでは音とセリフしかない。
凍えるような寒さの風をどうやって表現したら良いのだろう。小説なら「身を切り裂くような風が吹いた」とか書くことができる。映画ならもしかしたら身を屈めながら手に息を吹きかけるだけでいいかもしれない。ただラジオドラマだとそうはいかない。
一度試しに《うお!さむ!》というセリフと、《ビョオーーーーーー》という環境音を組み合わせて聞いてみた。伝わってくるのは風が吹いたことと登場人物が寒いと感じたことだけだった。情景がまるで浮かんでこない。
どうしようか悩んでいる時、たまたま部室にいた先輩が声を掛けてきた。
「風の音を変えた方がいいかもね。これフリー音源で探してきたやつでしょ。使い勝手いいけど微妙なニュアンスが出ないんだよね。」
わかるわかる、と言いながらPCMレコーダーと棚に何故かあった縄跳びを取り出し、言われるがままにブースの中に入る。
「マイクこっちに向けておいて。」そう言うと先輩は縄跳びをマイクの前でグルグル回し始めた。《ピョウピョウピョウ!》と小気味良い音が鳴る。あ、なるほど、確かに身を切り裂くような風なんだから音も鋭くすればいいんだ。
「後はこの音にちょっとエフェクトかけたり重ねたりすれば今よりは少し良くなるかも。」
そう言ってブースを出た先輩はまた部室に転がっている漫画を読み始めた。収録した素材を編集して、セリフも音に合わせて収録し直して改めて聞いてみると、さっきよりも情景が浮かびやすくなっていた。
うわ、これちょっと楽しいかも。そう思いながら先輩に感謝を伝える。先輩はニコニコしながらピースサインを送ってきた。
これがリョウ先輩との出会いだった。
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