会社の先輩に…

 僕はいつものように出勤をする。


「お…おはようございます……」


 僕は情けない声を絞り出し挨拶をする。

 周りの人達はその声に気づくことなく過ぎ去っていく。

 この会社の人達は陽の人達だから僕みたいな陰の人間はあまり近づきすぎるとこっちが消滅してしまう。

 これくらいの反応だと謎の安心感が生まれる。

 そこで急に、後ろから声をかけられる。


「おはよ、後輩くん!」

「お……おはようございます……」


 声をかけてきたのは会社で上位に入る人気度を誇る先輩だ。

 まぁ、人気度は人気度でも女性人気度だけど。

 この会社の男性社員は両手で足りるほどの人数しかいないので必然的に女性人気が高くなる。

 先輩は僕の教育係を受けてくれてそのまま僕を部下にしてくれた恩人だ。

 僕としては僕みたいな陰の人間を部下にしてくれただけでかなりの恩を感じてる。

 噂だが僕の研修期間が終わったときどこの部署に派遣するかで先輩と上の人達が少し揉めたと聞く。

 まぁ、それもただの噂だしこんな陰の人間を理由に揉めるはずがない。

 むしろ、こんな陰の無能を辞めさせるべきみたいな話で揉めたのだろう。

 そっちのほうがしっくり来る。

 そんな事を一人で考えていると先輩から声をかけられる。


「後輩くん!何か考え事?

 何か仕事で困った点でもあったかい?」


 先輩は僕の顔を覗き込みながら心配そうに見てきた。

 僕はとっさに後ずさり先輩と一定の距離を取る。

 僕みたいな陰の人間が陽の先輩を心配させるなんてあってはいけないこと。

 俺は慌てて言葉を出す。


「い、いえ…先輩が特に気にかけるようなことではないです。

 と…特になんでもないですよ」

「そ、そう?

 大丈夫なら良いんだけどさ!」 


 先輩は少し困った顔をしてからいつも通りの明るい表情に戻っていた。

 そこで先輩は何かを思い出したかのように


「あ!そうそう、後輩くん。」


 と声をかけてきた。


「な…なんですか?」


 僕は恐る恐る聞いてみると先輩は


「今日の夜って空いてる?」


 なんて突拍子のない事を言ってきた。


「え…えっと……今日は、仕事を消化したいので少し難しいですね……」


 僕は少し考えてから最もらしい理由を述べて断りを入れる。

 しかし、先輩は


「じゃあ、その仕事手伝うから今日の夜ご飯一緒にいかない?」


 と言ってきた。

 この手伝いを断ればご飯に行きたくないと言ってることになってしまう。

 そんな事をしてしまえば先輩のファンから殺されてしまうだろう。


「わ……わかりました……」


 僕は断ることを諦めてその提案を受け入れてしまった。

 波風立てずに僕は平穏に生きたいから……


 いつも通りパソコンに資料を打ち込みそれを先輩に送っていく。

 僕は基本的に社内でパソコンをいじっている。

 システムを作りその点検をしたり、資料を作ったりといった具合だ。

 他の男性社員を外回りなどをしているのになんで僕だけと言われることがあるが仕方ない理由がある。

 単に僕の体が他の人に比べて劣っているからだ。

 別に身長があるわけではない。

 体力もなければ筋肉もない。

 先輩に一度聞いてみたが


「倒れたら困るからね……」


 と言われてパソコン作業以外はなかなかさせてもらえない。

 これでもこの会社に努めて2年目だというのにあまり戦力として見られてない気がする。

 それを先輩に相談すれば


「君が?……システム作ってもらっていて戦力じゃないとは思ってないよ。

 まぁ、システムと資料制作以外の仕事は渡せないけどね。」


 と言われて複雑な気持ちだ。






 気づけば時間は過ぎているもので時計は17時を示していた。

 そこで先輩が後ろから声をかけてくる。


「後輩くん、仕事はどんな調子だい?」

「あ〜あと…3割といったところですかね……」


 僕は残りの仕事の量を見て進捗を報告する。

 先輩は明るい笑みを浮かべて


「じゃあ、私が手伝えば早めにご飯に行けるね。」


 なんて言ってくる。

 明るすぎて申し訳無さが溢れてくる。


「じ…自分の分は自分でやりますよ?」


 ひねり出すように声を出すと


「私が手伝ってあげると言ってるんだ。

 気にしなくて大丈夫だぞ。」


 なんて頼れる先輩ムーブをかましてくる。

 そこまで言われると僕に断る勇気はあまり持ってないのでお願いするしかなかった。


「じゃ、じゃあ……これをお願いします……」


 僕はいくつか少しまとめるだけの資料を先輩に渡す。

 先輩はそれを受け取ると自分のデスクに戻り作業していく。

 僕も集中して作業を進めていく。




「終わったぁ……」


 時間を確認すると時計は19時を示していた。

 普段より格段に早く終わった。


「お疲れ様。」

「お疲れ様です、先輩。」


 先輩も終わったようでこちらに来ていた。


「あの仕事…誰に押し付けられたんだい?」


 先輩はこちらを見つめながら元々の仕事の持ち主を聞いてきた。


「押し付けられたっていうか……用事があって難しいって言ってたので代わりにやっただけですよ。」


 僕は目をそらしながら説明をすると先輩は


「誰に?」


 と真剣な眼差しでこちらを見ている。

 逃げられないと思った僕は渋々質問に答える。


「……課長です。」

「……あのカスねぇ……」


 先輩は不快感をあらわにしてぼそっとつぶやいた。

 純粋に気になったので一つ聞いてみると


「……嫌いなんですか?」

「そりゃ、嫌いよ。

 私の大事な後輩に仕事を押し付けてるんだから。」


 恥ずかしいセリフをペラペラと言ってきた。

 先輩みたいな陽の人間にそんなセリフを言われれば恥ずかしいもんだろう。


「照れもせずによくそんなこと言えますね……」


 僕は先輩から目をそらし嫌味のように言うと


「んん?何、照れてるの?」


 なんて先輩は意地悪な笑みを浮かべて弄ってきた。

 僕は話を無理やり逸らしながら先輩に気になっていたことを聞いてみた。


「んっん…それよりもです。

 なんで僕をご飯に誘ってくれたんですか?

 もっと別の人いるでしょうに。」

「あ〜、それねぇ〜」


 先輩は急に携帯を触りだしとある画面を僕に見せてくる。


「これ、私が最近ハマってるネットの推しみたいな人なんだけどさ。」

「……ヘ、へ〜良いですね。」


 僕は少し冷や汗が流れるのを感じながら当たり障りない返事をする。

 そこで先輩の声色が急変する。


「これは、誰かににてるな〜って思っててさ。

 ………これ後輩くんでしょ?」

「…ち…ちがう……」


 情けないことに声がうまく出ず体が少し震えているのがわかる。


「そんな絞り出すような声で言われてもねぇ。」


 先輩は呆れた目で僕を見ている。


「まぁ、見た感じ君にとても似てるんだよね。

 この目元のホクロとか、右手首のホクロ、左手の中指にある昔の古傷。

 君と一緒の点を上げていけばきりがないんだよね。

 この状態で違うとは言いにくいんじゃない?」


 段々と僕の逃げ場がなくなっていく。

 僕は慌てて必要最低限の道具を鞄に詰めて鞄を持ってこの部署の出入り口に走る。

 そこで先輩に声をかけられる。


「そんなことして良いの?」


 その言葉を聞いた瞬間体が固まる。

 僕は先輩に一つ問う。


「……せ…先輩……ま…まさか……」

「……………」

 

 先輩は、僕の問いに答えずに笑顔でいる。

 そこからさらに冷や汗が垂れる。

 思考が一瞬停止して体から力が抜ける。

 その時の僕は文字通り膝から崩れ落ちたんだろう。

 走馬灯のように記憶が駆け巡る。

 新人としてここに入ったときから今まで。

 僕は何も言わずうなだれていた。

 自然と目からは涙が零れ落ち思考が曇る。

 もう……死んでも……


「後輩くん!」


 僕は先輩の大きな声で少し頭が回り始めた。

 顔を上げると先輩がハンカチを持って目の前にいた。


「ご、ごめんね。

 ちょっと意地悪しすぎたよ。

 私としては後輩くんがいくつかお願いを聞いてくれたらこの話は誰にもしないよ?」


 先輩は申し訳無さそうな顔をしてそう告げてきた。

 先輩の提案は僕の思考を麻痺させるには十分だった。

 僕は先輩の服の袖を掴み涙ながらに願う。


「な……なんでもします……だ…だから……誰にも…い……言わないでください。」


 先輩は俺を優しく抱き頭を撫でる。


「大丈夫だよ。君が僕の言う事を聞いてくれる限り君の秘密は私が守るよ。」


 その言葉は今の俺にはとても心強く思えた。



 しばらくするとだんだん落ち着いてきた。

 そこで先輩に腕を引っ張られる。

 僕は急なことだったので慌てて


「ど、どうかしましたか?」


 と聞くと先輩は


「君の家で今から宅飲み!」


 と突飛のないことを言われた。

 急な事で僕が何か言う前に先輩に連れられて先輩の車に乗せられた。

 あまりにも急すぎて頭が追いつかず気づいたら乗せられてた。

 それに尽きる。

 先輩はお互いが車に乗りシートベルトを付けていることを確認するとエンジンを掛けて僕の家まで車を走らせている。

 以前何度か先輩に家まで送ってもらったので先輩は僕の家を知ってる。


 これまた気づくと家についており先輩は後ろから幾つかお酒を出して僕を急かしてくる。


「ほら、時は金なりっていうでしょ。

 早く案内して!」


 僕は先輩の勢いに押されて自分の部屋に案内すると速攻飲み会が始まった。

 先輩が2つの缶ビールを開けて一つを僕に手渡してきた。

 僕は流されるままそれを受け取り乾杯をする。


「かんぱーい!」

「か、かんぱーい?」


 先輩はいい飲みっぷりでどんどんお酒を消費していく。

 その反対に僕はちまちまとお酒を飲み出来上がっていく。

 そこで先輩は僕に一つ質問をする。


「………何でも聞いてくれるんだよね?」


 まっすぐ僕を見据えて聞いてくる。

 それに対して僕は


「で…できる範囲でよければ何でもしますよ。」


 と少し目をそらしながら答える。


「………これ着てきて」


 先輩は携帯の画面を見せつけてくる。

 それに写っていたのは僕が以前有料版で投稿した学生服姿の僕だった。


「こ、これですか?!」


 このときの学生服は昔着ていたものを少し改造したもので少し……いや、かなり自分の中で投稿するか迷ったものだ。


「うん、…んく…んく……ぷはぁ!

 だいたい、全部良いんだけどさこれめっちゃ興奮したからお願い!

 めっちゃ好みだったから着てきて!」

「わ、わかりましたよ…

 はぁ、かっこいい先輩がこんな……」


 残念な先輩を見ながら立ち上がる。


「最後なんか言った?!」

「な…何も言ってないですよ…」


 僕はなんとかごまかした。


「待ってるね!」


 明るい先輩を残念に思いながら衣装がある部屋に向かい着替えに行く。




「き…着替えてきましたよ…」


 そこで急に先輩に押し倒される。

 僕は慌てて先輩に声を上げる。


「先輩何して!?……ぷはぁ……へ?」


 声を上げている途中にキスをされた。

 待って、頭が追いつかない。

 顔が熱くなってるのがわかる。

 それに……初めてを……


「ごめん…我慢できない。」


 先輩は真剣な表情で僕を見つめている。


「な…なんで……」

「なんで…ね…君は気づいてくれなかったけど私は君のことを好いてるんだよ?」


 先輩の思いも寄らない一言に僕は


「……へ?」


 と情け無い声が出る。


「君、噂で聞いたことない?

 君の部署決めの時に私と上の人達で揉めたっていう話。」

「た…確かに聞いたことありますけど…

 そ…それって、噂じゃ?」


 先輩からされた話は社内で一時噂になっていた話だ。

 自分はそれを所詮、噂。

 そんなこと得るはずがないと思っていた。


「それ、事実だよ。

 私が君の新人研修の担当になったときに惚れたんだよ。

 一目惚れってやつ。

 君を今の部署に入れるために上の連中とだいぶ揉めたんだよ。

 上は猛反発だったけど最終的に私が勝ってね。」


 先輩の目は、嘘をついてるとは思えないほどまっすぐな目だ。


「いつか君と付き合えたら……なんて考えてたときに君のアカウントを見つけてね。

 そこでこれを使って君を好き放題しようと思ったんだよ。

 でも、今考えが変わった。」


 先輩に口を重ねられる。

 舌を入れられ頭が溶けていく。

 気持ちいい……


「………はぁ…はぁ…後輩くん、私は君のことが好きだ。

 こんな先輩でよければ、付き合ってくれないか?」


 頭が回らない……

 ここまでされたんだ。

 もう…良いんじゃないか…


「……卑怯ですよ。」

「ごめんね、こんなやり方しかできなくて。

 でも、君を大事にしたいと………」


 先輩の顔を掴み一気に近づける。

 先輩は体制を崩して僕の上に乗っかる。

 そこで先輩に対して僕の方からキスをする。


「……はぁ…はぁ…ここまでされたら受け入れるしかないじゃないですか。」


 先輩は予想外のことだったのか顔を赤らめてこちらを驚いた表情で見ている。

 先輩に対してようやく僕の方からカウンターを出せた気がする。

 僕はその1回の反撃に喜びを感じて勝ち誇った顔をしていると先輩の雰囲気が変わった。


「……いいんだね。

 そっちがその気ならこっちも本気でいくよ。

 これから寝られると思わないでね、後輩くん。」


 先輩からは肉食獣の気配を感じて冷や汗が垂れる。


「せ、先輩…ちょ…待って……あの…」


 俺は慌てて何かないか必死に考える。

 そして考えついた一言は


「お、お手柔らかにお願いします……」


 その一言だけだった。



 翌日、僕はヘロヘロの状態で先輩に抱えられながら会社に出社した。

 周りの視線は僕の首元に集まっており、気まずい気持ちでいっぱいだった。

 これからがとても不安です。

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めちゃくちゃな愛情集 テラル @pamutto

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