真の漢、その名は── / feat.鏑木こまち

 清々すがすがしい空が広がっていた。

 俺の目と同じ快晴かいせいの水色。どこまでも続く地平線には、気まぐれな雲たちが旅をする。


 彼らについて行く風も気のいい奴らだ。

 高く細い現代の塔──鉄塔のはしに腰かけた俺の全身を、涼しい気をもってあおいでくれくれる。


 米色の髪も、肩に羽織はおった黒のアウターも。

 通り過ぎる風の行方を示して、必死にたなびく。


「良い風だ。昼寝にはもってこいだな」


 俺は片足だけ鉄塔にかけた状態から、全身をゴロンと背中から預ける体勢に変えた。


 足を組み、後頭部に回した両手を枕にして。

 ふわぁって欠伸あくびをした俺を、それでも風は歓迎してくれる。


 目を閉じると風は子守歌を奏で、空高く昇った太陽は心地いいかけ布団に──


「……はあ。何だってんだ、今日は。人の昼寝を邪魔しやがって」


 しかし俺の耳は風とは違う声を聴き分けた。

 人にはない、猫のような大きな自慢の耳。


 これがあるからこそ、聞きたくない声も聞こえてしまうが。

 これがあるからこそ、聞き逃したくない声を捕まえることができる。


「しゃあない。昼寝は中止だ」


 よっと、寝た状態から勢いをつけて俺は立ち上がる。

 水色一色だった視界は豊かな彩りを取り戻して、人々の住む街が映った。


「今、行くぜ!」


 釣り上げる口角。

 衣服に隠れがちな尻尾がふくれ上がり、赤黒二色のズボンを履いた足で鉄塔をる。


 空に舞う俺の体。

 チョーカーについたクローバーの鍵型アクセサリーは歓声を上げ、俺の速度をほめたたえる。


「よお、世界! 相変わらず俺を退屈させてくんねえなぁ。上等だぁ!」


* * *


 それは意識のある人とは呼べるものではなかった。


 目は虚空こくうを見つめ、千鳥足ちどりあし歩様ほようは不気味で、全身は脱力したように生気せいきを感じず。

 格好だけでいうならば、彼らは人と頷けるだろうが。

 動向をして人というものがいれば、その者は病気をわずらっているだろう。


 彼らの姿はまるで、夢遊病むゆうびょう患者たちが結成した楽団のようだ。


「こっちに来ないで下さい!」


 ぞろぞろと群衆を形成する彼らの最前列。

 無気力な彼らとは真逆。賢明にかばんを振るって牽制けんせいを行うのは、学生服を身にまとった一人の少女。


 百六十はいっている背丈、幼さが抜け始めている様子から彼女は高校生だろう。

 そんな彼女が振るったかばんは、彼らの頭部と腹部に何度もぶつかっているも、まるで効果がないとばかりに歩みの速さは変わらない。


 今はまだ広い道にいるが、次第に数が増え、四方八方に現れれば、少女は一貫の終わりだろう。


「この、いい加減に……!」


 逃げよう。いや、どこに?

 彼らの正体が分からない。走り出したら、向こうも走るかもしれない。

 数が多いから、どこ行っても同じやつはいるはず。


 かばんによる抵抗をしながらも、考えに考える頭は結論を出せない。

 だからガムシャラに、少女が怒りを込めた八つ当たりの一撃を繰り出そうとしたところで。


 天地を裂くおとこの声が響き渡った。


「──おうおうおうッ! いい加減にしやがれ、テメェら!!」

「だ、だれっ!」


 少女が振り返ると、そこにいたのは両腕を豪快ごうかいに組み、見事な仁王立におうだちを道のど真ん中でしているおとこの誰か。


 風と共に現れ、太陽に照らされ、硬い大地を踏みしめる。

 鋭い眼差しで胡乱な彼らを睨み、不敵に笑うのは……


 ──たった一人の少女……、いや少年だった。


「……えっ?」


 俺の登場により呆気あっけにとられる少女。


 無理もない。

 こんな真のおとこが助けに入ったのだから、頭が理解をするのに時間がかかるのは当然だ。


 眼前の奴らも同様。

 あーとか、うーとかしか言えない奴らが、そろいもそろって口を開けたまま立ち尽くしてやがる。


「俺の名は鏑木かぶらぎこまち。おとこの中のおとこよ! この俺の前で幼気な少年少女を襲おうなんざ、いい度胸じゃねえか」

「あのー……」

「さあ、ろうぜ。全員、俺の拳でぶちのめしてやる!」

「えっと、こまちちゃん?」

「アアッ!?」


 ケンカの前口上、いくさときのこえ。

 そんな大事な部分だっていうのに、俺より一回り背丈の高い少女が、俺の名前に余計な一言をつけたことで、思わずケンカ相手じゃねえ奴に声を上げてしまった。


「ビッ、ックリした……」

「……すまねえ。だが、俺の後ろにいな。絶対に俺が守ってやる」

「ちょっと、なに。えっ、キミが戦うの?」

「ったり前だろ。女を放っておいて昼寝をするやつなんざ、おとこじゃねえ」


 パキパキと。

 首を、指を鳴らす俺は少女を背に預けて前に出る。


 ケンカの準備はとうに万端。


 そんなところで、俺は一体だけ格好がボロボロになっている奴を見つけた。


「あれはお前がやったのか?」

「そ、そうだけど」

「すげぇよ、お前。尊敬するぜ」

「はあ!? いきなり、なに言ってるの」


 振り返り、笑いながら俺の素直な気持ちを伝える。

 すぐに奴らの方へ向き直ったから、今の少女の顔がどうなっているかは知らない。


 だが、俺の背中を見るやつの顔は決まってる。

 笑顔でなきゃ、おとこじゃねえ


「行くぜ」


 力のない少女の攻撃を受けた一体に向かって、俺は大地を砕きった。

 少女の目からも、奴らの目からも消え。


 次の瞬間。

 握りしめた黒のグローブつきの右拳が、目標の腹部へめり込んだ。


 ゲン骨部につけた鋲は威力を高め、速度と腕力が合わさって破壊力は申し分なし。

 殴った奴はうめき声すら上げず、群れの中をボウリング玉のように吹っ飛んでいき、一連の動きは音すらも砕いて静寂せいじゃくをもたらした。


 一人。

 笑っているのは、俺だけ。


冥途めいど土産みやげに覚えとけ。俺が、俺こそが──」


 唖然あぜんとしている奴らを、俺は続けて殴り倒していく。


 立ち尽くす後方の少女を横目で気にかけながらも、奴らに繰り出すのは徒手空拳としゅくうけん

 絡め手は無し。ストレートな素手と蹴りだけで、またたく間に相手の数を減らしていく。


 何十といようがわけなく殴り倒した俺は、いまだうじゃうじゃといる奴らに向かって叫んだ。


「真のおとこ鏑木かぶらぎこまちだ!」

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