10:脱出劇

 フレアお嬢さまのもとに戻ると、ホッとした顔をしてナデナデで出迎えてくれた。

 ナデナデしてもらえて嬉しいが、今はナデナデに喜んでいる場合じゃない。

 さっそく探索の成果を見せる。


「注文通りの武器を調達してきてくれたのか。って、今どこから取り出した?」


 お嬢さまに質問されるが、誤魔化すように首を傾げて、後ろ足で首をポリポリとかく。

 ジトッとした視線を向けられるが、俺は知らぬ存ぜぬを貫き通すぞ。

 お嬢さまはため息を吐いて、ショートソードを手に持ち、構えてみせる。


「はぁ、細かいことは帰ってからだな。……重い、それに握り部分も大きいな」


 持ってきた武器に不満があるのかな?

 でも、これは森での戦闘を意識した標準的な武器だと思う。

 そもそもお嬢さまの今の体格で、大人用の武器を持つことが間違っている。

 それに俺から言わせれば、武器を持つこと自体が間違っているんだが……


「アルス、わかっているよ。これは今の私には過ぎたものだ。扱えてもナイフの方だ」


 そう言って、お嬢さまはナイフに持ち替える。

 だが、その手は震え始める。


「おかしいだろ? ナイフを持つと手が震えるんだ。まるで、これはお前の持つものじゃないと言わんばかりだ。だが……」


 そこで言葉を区切り、宙を睨む。


「私たちは命を賭けているんだ。これは遊びじゃない。……だから、何者であろうと、指図は受けない」


 力強い瞳。凛とした横顔。ああ、お嬢さまはこんな顔もできるんだ。

 見上げる俺はその美しさに見とれてしまう。

 異世界は命が軽い。だからこそ、みんな早熟なんだな……

 六歳だからと侮っちゃいけないとわかった。


 お嬢さまの手はもう震えていなかった。

 何かに打ち勝ったようだ。

 お嬢さまはたとえ相手が神であろうと、命を賭けた場面での遊びを許さないと宣言した。


 だから、俺も覚悟決めた。やらなきゃ、やられるのはこちらだ。

 命のやり取りに慣れたくなんてないけど、守りたいものも守れないのは嫌だから。

 この世界をゲーム感覚のように見るのはもう終わりだ。


 ――俺はフレアを見守りつつ、この異世界で生きていく。




 フレアがこれからの方針を話してくれる。


「とりあえず、私たちは見張りが異変に気付くまで、しばらくここで待機だ」


 へえ、フレアのことだから「脱出するぞ!」って言うかと思った。

 俺の考えを読み取るかのように、話し続けるフレア。


「私だって馬鹿じゃない。ひとりで大人を何人も相手にできるなんて思っていない。まともに剣やナイフを振ったことも握ったこともなかったんだしな」


 マジかよ。その割には堂に入った構えだったけど……


(え? じゃあ、どうすんの!?)


 相手の人数はわからないし、森の中だから助けも期待できないぞ!?

 俺があわあわと慌てていると、落ち着くようにと頭をなでてくれる。


「落ち着け、アルス。戦うとしても、最悪の場合の最終手段だ。とにかく、今は父上たちが来るまで時間を稼ぐ。もしも見張りに気づかれたら……アルス、先ほどとは逆に体を大きくすることも可能か?」


 フレアの説明を聞いて、俺は頷き、少しだけ体を大きくしてみせる。


「上出来だ。見張りに気づかれて部屋に入ろうとしてきたら、体を大きくしてくれ。そこからは逃げる一択だ。どうしようもなくなったら、戦うことになるがな」


 俺たちはいつでも動ける状態で待機した。

 フレアも目を閉じて、周囲の音に集中しているようだ。

 俺も聴力を強化して、見張りの動きを監視する。




「おい! 俺の武器を知らねえか!?」

「はあ? 知るわけないだろ。どうしたんだ、慌ててよ?」

「武器がねえんだよ! それと、置いてあったブリトー伯爵の手紙も!」

「なにっ!? 手紙を持って逃げられたか!?」

「入れ違いにならないように何人か残して、団長に報告。急いでガキを探しに行け!」


 見張りたちが騒ぎ出したな。

 数名を残して、先に外を見に行ったようだ。

 外に逃げたと勘違いしてくれたのはでかいな。これで時間をだいぶ稼げる。


 小屋の中が騒がしくなったのを、お嬢さまも感じとったようだ。

 いつでも動けるように立ち上がり、身体を動かして筋肉をほぐしている。

 まだ見張りはこちらに気づいていない。

 証拠と思われる手紙の所在を聞きに、全員が集まってくれると助かるんだが……


 しばらくして、見張りたちが帰ってきた。

 どうやら、あの偉い奴――団長とやらも戻ってきたようだ。


「ったく、俺が目を離すと、すぐに酒を飲みやがる。こういう大仕事の時は、いつも自重しろって言ってるだろうが……」

「へい、すいやせん」


 団長っていうくらいだから、思いつくのは傭兵団とかか?

 さっきも伯爵がどうのこうのって言ってたし、依頼を受けて行動する軍団みたいだな。

 証拠を持って逃げられたかもしれないのに、全然動揺していない。

 くそっ、上が冷静だと下もまとまり始めるから、団長って奴はかなり厄介だぞ。


「それで、状況は?」

「手紙を持って逃げられたと思って、周囲を探索。ですが、発見できませんでした」

「残った俺たちで小屋の周りを見たが、ガキの足跡は見つからなかったです」


 部下たちの報告が的確過ぎて、嫌になるな。

 団長も上機嫌になっていく。


「ふん。酒を飲んでいたようだが、判断は鈍っていないようだな。飲酒については、チャラにしてやるよ」

「ありがとうございます!」

「まあ、酒代は給料から引くがな。ククッ」

「そんなぁ……」


 こちらに向かって移動する足音が聞こえ始めた。

 聞こえるように話しながら他は包囲してくるとか、やっぱり手馴れてやがるな。

 俺はお嬢さまの足をテシッと軽く叩いて合図する。


「ッチ、起きてるし、拘束も解けてやがる」

「おい、手紙をどこにやった?」

「手紙?」

「すっとぼけたって無意味だぞ。ガキとはいえ、お前も貴族だ。家紋でどこの家かわかるんだろ?」


 お嬢さまは本当に何を言っているんだという顔だ。

 それに違和感を覚えて、見張りたちは例の男を振り返る。


「どういうことだ? 本当に知らなさそうだぞ」

「お前、手紙を失くしただけで騒いだんじゃないだろうな?」

「違う! 本当に手紙はなかった! それに、あのガキは俺の剣とナイフを持っている。あいつがとぼけているだけだ!」


 ッチ、誤解で済んでくれればいいものを。

 武器を持ってきたのは間違いだったんじゃないですかね、フレアさんや?

 いや、わかってるよ? 手紙を持ってきたのが一番まずかったってことは。

 だから、そんなジト目で見ないください、フレアさん。


 そこに、顔に傷が入った大男がやってきた。

 こいつが団長か。渋オジでイケメンだな。

 だけど、こいつはカタリナを殺した男だ。油断はできない。


「どうだ? 手紙は見つかったか?」

「団長、それが持っていないようでして……」

「ガキでも貴族だ。顔色くらい誤魔化せるんだろ。とりあえず、ひん剥いてでも見つけろ」

「ういっす!」


 嬉々として前に出てきた男は、俺を殴ってきた奴だな。

 お前のことは声でわかるぞ。

 ひょろっとしてて、糸目で表情が読みづらいなこいつ。


 フレアが声色を変えて、令状っぽい仕草で震えている。

 ……ちょっと名女優すぎて、俺が困惑してしまう。ドン引きだよ。

 ここまで化けられると、涙ひとつで簡単に男を落とせそうだ。


「ッヒ、来ないで!」

「ハハッ、手紙を出してくれれば、何もしないよ~」

「手紙なんて知らないっ!」

「嘘をついてもダメだよ~? お兄さんにはわかるんだよ~?」


 糸目男が大股でわざとらしく、ゆっくりと近づいてくる。

 俺の目から見てもふざけすぎて、隙だらけだと思う。


 ――あっ、フレアはこれを狙ってたのか。


 そう判断した時には、フレアの目の前で糸目男が「襲っちゃうぞ~?」なんてふざけている姿が見える。


(あっ、馬鹿。そんなに股を開いてたら……)


 フレアは顔を伏せているため、糸目男からは表情は見えないだろう。

 だが、俺は見上げているから、その表情が見える。

 見えてしまうんだ。今か今かと、ギラついた目で待っているのが……


 フレアは糸目男との距離を計算している。あと一歩、いや二歩。

 糸目男がもう少し踏み出せば、そこは射程圏内だ。

 身体をよじり、糸目男から逃げるそぶりを見せる。

 誘うのうますぎじゃない? 絶対、初めてじゃないでしょ……


 糸目男が踏み出す。わざとらしく「脱ぎ脱ぎしましょうね~?」なんて言いながら。

 あと一歩。いや、もう半歩の距離でいい。

 男を誘うために、フレアがダメ押しの叫び声を上げる。


「イヤぁぁぁ!」


 叫び声を聞いて、堪らなくなったのか覆いかぶさるように糸目男が動いた。

 いや、マジで名演技すぎるだろ。

 ここまで下からハラハラして見ていたけどさ……

 そんな綺麗に股蹴りを決める六歳なんて見たことないよ。


(痛みを想像するだけで震えてくる。お嬢さまのすることじゃないよ、フレア)


 逃げようとする動きに見せかけて、腰も入った蹴りが糸目男の股間に吸い込まれた。

 糸目男がうめき声をあげ、股間を押さえて倒れる。

 周囲も唖然とした雰囲気となり、一瞬時が止まったような錯覚を覚える。

 そんな状況でも我が主はしっかりしており、大声で俺の名前を呼ぶ。


「アルス、今だ!」


 その声にハッとして、俺は今まで抑えていた体を大きくする。

 団長やほかの見張りたちもハッとなり、俺に視線を向ける。

 団長が声の限りに叫ぶが、もう遅い。


「あの魔獣を止めろ!」


 【拡大化】スキルは発動した。

 抑えられていた体を解き放つ開放感は格別だな!


(って、あれ? 思った以上に体が大きくなるな……って、ちょっとこのままじゃ小屋が壊れるって、ヤバいヤバいヤバい! 止まらない~! 誰か止めてー!)


 大きくなる体を止められず、小屋が崩壊し始める。

 フレアが大きくなる俺の足にしがみついたから、余計に身動きが取れなくなった。

 団長たちは大慌てで小屋から出ようとするも、小屋は崩壊していく。


(おわっ、床が抜ける! フレア、ちゃんと捕まっていろよ!)


 フレアを振り落とさないように、俺は最小の動きでバランスを取り続ける。




 そして、大きくなり過ぎた俺は、森の木々の高さとそう変わらなかった。

 周囲に目を向けるが、そこには小屋の残骸と思われるボロボロな木材しかない。

 結構時間は経ったし、大きな音でこの場所にも気づいたかもしれないけど、念には念を入れておくか。


 俺は空中で【アイテムボックス】から『ホコリ』を取り出す。

 ちょうどいいし、ここしばらく集めていた分を全部燃やしておくか。

 取り出したホコリを生活魔法の【着火】で燃やすと、思ったよりも大きな火が一瞬だけ、ボワッと燃え上がる。

 よし、これで騎士団が駆けつけてくれるな。


 にしても、ひどいなこの状況。

 団長とか見張りの奴らは、小屋の下敷きになったんじゃないか?

 唯一無事そうなのは、俺たちの近くにいた糸目男だけみたいだな。

 ケガをしているようにも見えるが、命に別状はなさそうだから問題はないだろ。


 それにしても、ちょっとやりすぎちゃったな……

 反省、反省っと。

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いつの間にか異世界で犬になってました ~俺が神獣なのは飼い主には内緒だ~ 物部 @mononobe2648

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