第7話 難しいんだよ。想像するのは。
「まぁ…これについては気にしない方向で」
「そうしましょう」
結局この2週間について俺たちはこれ以上とやかく言わないことに決めた。
「でもまぁこれでやっと私も自分の練習を再開させることができる!」
黒宮は毎度の如くローブの中に手を突っ込むとまた何かをとり出そうとする。なにやら中で突っかかっているのかとり出すのに苦労している。
「んーしょっ!」
デレレレッレレーン!魔法のー箒〜!がローブの中から元気よく飛び出てくる。
「前々から思ってたんだけど、そのローブの内ポケットは猫型ロボットがつけてる四次元ポケットか何かか?」
「これですか?たしかに似てますね。でもこれは魔法です。拡大魔法を使ってます。これもまた機会があればお教えしますよ」
魔法ってのは奥が深い。きっと色々な魔法があるんだろうが全部で一体いくつあるのだろうか。
「さて第一ステップがめでたく無事に終わりました」
「無事なのかは怪しいが…」
「ヘイそこ!とやかく言わないって約束ですよね!」
「はーい」
「よろしい。第一ステップが終わり、次は第二ステップです。和樹君、これ持っててください」
黒宮は箒を俺に預けると杖を取り出し、自身の胸に対して垂直に杖を構える。
「第二ステップの魔法は動物に変身する魔法です。今から私は猫になります。見ててください。『ヨセ・カンへ』」
黒宮が詠唱すると、黒宮の体は紫色の光で包まれる。シルエットだけ見える状態で、徐々に身体が小さくなっていく。身体の変化は身長だけに留まらない。腕や足は動物の前足、後ろ足のように丸みを帯び始め、耳も三角に尖り頭の上の方へ移動する。オマケに尻尾まで生えてきた。
「すげぇ」
毎度魔法を見て驚くが、感想がこれだけって虚しいな。
そう己のボキャブラリーのなさを痛感している間に黒宮の変身は終わっていた。
「にゃ〜」
黒宮を包んでいた光が消えると、そこには可愛らしい黒猫の姿が。器用に二足で立ち、肉球で杖をつかむ黒宮は見事に人間から猫へ変化したのだった。
「どっからどう見ても猫だ…」
「にゃー」
えっへんと手を腰に当てながら、すごいでしょー!と自慢しているように黒宮は鳴き声をあげる。顔も心なしか笑っているように見えた。
「これを今度はできるようになれと?」
「にゃー!」
次の質問に黒宮は小さい左前足を俺に向けて、そのとおり!と答えるように鳴いた。
「ふにゃ、にゃにゃにゃ、にゃーんにゃ!にゃにゃ」
「ストップ。黒宮さん。猫語で喋られても分からん。人語にしてくれ」
「ふにゃ?」
俺の発言に首を傾げる。どうして俺がそう言ってくるのか理解していないかのようにみえた。しかしそういうことかとポンと手を叩き、杖を胸あたりに向けた。
「『にゃ・ふにゃん』」
黒宮の鳴き声に反応するように黒宮の身体は再び先ほどのように光へ包まれる。包まれると今回は小さい猫の体が徐々に大きくなっていく。体を包んでいた光が消えるころには黒宮は人間の姿に戻っていた。
「ごめんなさい。うっかりしてました」
と謝る黒宮。
「魔法使いはみんな猫の言葉が聞こえるのでつい、猫語で話してしまってました」
「何それ羨ましい」
猫と喋れるのはロマンがある。俺は猫が好きなのだ。
「魔法使いなら話せれるんですけどね」
「魔法使いじゃなければ?」
「聞こえませんね。数少ない魔法使いの特権です」
「充分良い特権だよ」
非常に悔しい。やる気が削がれる。
俺は肩を落としながら黒宮に箒を返した。
「でも猫に変身さえすれば言葉が分かるようになりますよ」
ん?今なんて?
「猫に限らず、変身した動物なら会話可能です」
「先生、そういうことは最初に言ってください。早くやりましょう」
前言撤回。やる気しかない。
「では和樹君もやる気になったことですし、さっそく練習してみましょう!」
「ういっす!」
黒宮のように、胸へ杖を当て、俺は詠唱する。
「『ヨセ・カンへ』」
唱えると徐々に視点が下がっていく。手や足の形が変化していく。自分の体が違うものになっていく様子はこれまで感じたことのない感覚だ。
一定の所まで視点が下がるとそれ以上、体が変化している感じはなくなった。黒宮の変身の時に出ていた光は見ることが出来なかったが、恐らく変身し終わったのだろう。
「黒宮、俺は上手く猫になれているか?」
興奮した声で質問する俺に対して、黒宮は渋い、何か喉から出るのを堪えているような顔をしていた。
「なんだよ。その顔」
「今の…和樹君の姿、見せますね…ふふっ…」
今、笑ったよね?黒宮のやつ。笑ったよね?
そういうと黒宮はローブからスマホを取り出し、パシャリ。俺の写真を一枚撮ってきた。
「こんな、感じです…」
俺の目線に合うように黒宮はしゃがむと、俺にスマホを渡して、さっき撮った写真を見せてくれた。
「どれどれ…………これは、」
言葉を失うってこういうことなのだなと知ったよ。
写真の中の俺はたしかに変身できていた。変身はだけは。じゃあ何がいけなかったのか。問題は俺の変身しているものである。
「猫は猫だけどこれ、化け猫じゃねぇか!」
目は単眼、尻尾は2本、体の色は緑や赤や紫の三毛猫スタイル。
夜道にこんなのがバッタリと出てきたら、失神する自信しかない。
「ま、まぁこんなもんですよ、最初は。うん。元に戻る時は『レ・オナ』と言えば人間に戻れます」
「『レ・オナ』」
詠唱すると今度は徐々に視点が上がっていき、見覚えのある俺の手足に戻っていく。
「なぜあんな化け物に」
「イメージが足りていなかったんですかね。写真か何かあれば変身しやすいかも」
いや、この写真を見る限りイメージが足りてないという範疇を超えていると思うんだが。
「あっ、これとかいいんじゃないですか?これを見ながら魔法使ってみてはどうでしょうか?」
黒宮が見せてくれたのはほのぼの癒し猫動画。登場猫は三毛猫やアメリカンショートヘア、マチカンなどなど。
「え〜かわいいー!ゴロゴロしてる〜!」
「和樹君、そんな声出るんですね…」
と黒宮に若干引かれながらも、しっかりと15分動画視聴して、イメージトレーニングを行い、再トライ。
耳の形、体毛、前後左右の足、顔の様子、尻尾の数と形。よし、猫の体を完璧にイメージできている。
「今ならできる。ヨセ・カン…」
「カアァァァア!」
「ヘ!あぁぁあ!」
突如吠えるカラス。一瞬思考してしまうカラスの輪郭。変身が始まる俺の体。
手遅れだった。猫の体にあるまじき真っ黒な翼が生え、尖ったクチバシが出来る。
「しまった…鳴き声に釣られた」
世間一般的にキメラと呼ばれるような姿に俺は変身してしまっていた。
「ちゃんとイメージしてたのに、カラスめ…」
鳴き声のした方を見るとフェンスの上にカラスがこっちの様子を見るように羽を休ませていた。
邪魔されたのも相まってカラスの表情が憎たらしい。笑っているように、小馬鹿にしているように見える。
「あのカラス理解しているのか?ねぇ黒宮さん。黒宮さん?…どしたの?」
黒宮はカラスを睨んでいた。俺とは違ってまだ因縁ないだろうに…
「理解していると思います」
「なんだって?」
「あのカラス魔法使いです」
「うそっ」
黒宮はやれやれと言わんばかりの顔でカラスを見ていた。
「そうですよね?そこのカラスさん」
しかしというか、当然というか、カラスからの返答はない。
黒宮の考えすぎだと言おうとしたその瞬間、カラスはどこから取り出したのか、杖を翼で器用に持っていた。フェンスの上から降りるとカラスは杖を自身の胸あたりに向ける。
「『カァ・カカ』」
光に包まれ、カラスの体が徐々に大きくなっていく。翼は人間の腕、手に、三本に枝分かれした足は太くがっちりとした人間の脚になっていく。
光が消えるとそこには学ランを纏った男子高校生がいた。
「凪にはかなわんな。バレちゃった」
誰だコイツ…。見たことのない学ラン。近辺の高校のものじゃないな。それにデカいな、おい。身長180cmはあるな。胸板も厚い…でもゴリラ感のない、爽やかイケメンかよ。
「やっぱりか…」
と半ば呆れた様に呟く黒宮。
「黒宮さん、知り合い?」
「うん。私のお兄ちゃん…」
魔女も箒から落ちるっていうから!悪い?! キャロット @carrot6127
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