第6話 連帯責任ってある意味、理不尽

 最初こそは失敗こそすれど、楽しく魔法の練習ができていた。下心になってしまうが、可愛い女の子と二人きりでワイワイするのは普通に楽しかった。黒宮も要点をまとめてしっかりと丁寧に教えてくれていた。


「魔法を発動させる時、和樹君の場合は魔力が体全体から出てしまっています。そうではなくて一点集中。杖の先に魔力を集めて放出してみてください」


 別に言われたことを無視したわけではない。実践していないわけでもない。理解をしていないわけでもない。

 俺はきちんと言われた通りに、魔力を杖に集中するようにコントロールを頑張った。しかし…どれだけ研鑽を積んでも南京錠が開くことはなかった。どうしても魔法を使う直前になると魔力がパンッとポップコーンが弾けるように分散してしまうのだ。これは俺のまだまだ未熟な魔力感知でもわかるほどのものだった。

 だが、これに関しては黒宮も初めてのことらしく正確な回答をもっていなかった。黒宮もなぜこうなってしまうのか、原因が分からなかったらしい。


「大丈夫です!次はできるかもしれません!諦めず頑張りましょ!」


 と言ってくれていた黒宮もさすがに何も進展がなく、ただ日数が進んでいくごとに気落ちしていった。


「まぁ最初なんで…和樹君は一般人なので…ね」


 そんな状況が続き、最初の魔法のレッスンから2週間がたっていた。


 キーンコーンカーンコーン。キーンコーンカーンコーン。


 チャイムが鳴り、放課後となる。一日の最後の挨拶を済ませると素早く荷物をまとめて屋上前扉に向かうのが最近の日課となっている。

 足どりが重い。成功できない理由が分からないというのがこんなにもつらいものとは。部活経験が皆無な俺にとっては挫折がここまで心をえぐられるものとは知らなかった。


「今日もどうせできないんだろうなー」


 そんな風に、つい不満を漏らしてしまうほど俺のやる気もメンタルも最初に比べて低くなっていた。


「おっすー……ん?」


 扉の前まできたが黒宮の姿が見えなかった。普段なら俺より早く到着して待ってくれているのだが。と思っていたらポケットの中でスマホが振動する。取り出して見てみると黒宮からの連絡だった。


「『ごめんなさい!今日は遅れます!待っててください!』か。りょーかい、っと…」


 黒宮が居なければこの扉は開かない。俺は階段に座り込むとおもむろに鞄の中に入れている、黒宮から貰った杖を取り出す。


「家でも練習できたらなぁ」


 魔法の使用は黒宮から、この屋上でのみと決められていた。理由は簡単。人様に見られると色々面倒だから。俺に箒が飛んでいるところを見せたのは特例で、基本的には隠しておかなければならないとのこと。まぁそうだよなって感じ。


「最近はすぐスマホ、すぐSNSで拡散されますからね。魔法使いも生きづらい世の中になったもんですよ」


 と愚痴をこぼしていた。

 俺も決して目立ちたいわけではない。だから黒宮の言いつけを守っていたのだが、


「さすがに遅くね?」


 黒宮から連絡がきてはや30分。追加の連絡も無ければ黒宮が現れることもなかった。一応、俺の方から一度メッセージを入れたが既読がつかない。

 ちくしょう。SNSやスマホゲームで時間を潰したかったのに、ギガがもう少しでなくなりそうだからできない。手持ち無沙汰すぎる。暇すぎる。


「…この扉も屋上みたいなものだよな」


 やることがなさすぎた俺は立ち上がるとドアノブを握り、ひねる。押しても引いても扉が開くことはない。俺は扉の鍵がきちんとかかっていることを確認すると、扉についている2つの鍵穴に向けて杖を構える。

 後ろには…誰もいない。声も…しない。近くに人の気配はしない。


「ちょっと練習するだけ」


 黒宮にバレなければ良いんだし。そもそも成功するとは限らないし。

 大きく息を吸い、魔力を体の中へ溜め込む。そして杖に集中。


「『イサナ・シ・オト』」


 魔法を唱えた瞬間、違和感が俺を襲う。


「ん?」


 何かがいつもと違う。魔力の弾ける感覚がない。

 カチャ、カチャ。

 何かが回ったような音が…いや、遠回しの言い方はよそう。確実に目の前の扉の鍵が外れた音がした。

 心臓が大きく脈を打つ。ドアノブを握る、ゆっくりと。回して、そのまま開ける。突っかかることなく俺の前には屋上の景色が広がる。


「おうのぉ…」


 初めて魔法を成功させた時のセリフにしてはなんとも間抜けな声だな。というか一回で成功すると思ってなかったんだが。


「ごめんなさーい!待ちましたよ…ねっ…?開いてる?」


 タイミングが良いのか、悪いのか、こういう時ってのお決まりは、だいたいこのパターンだよな。

 タイミングを見計らったかのように現れた魔女の格好をした黒宮はこれまたお決まりの口をパックリ開けた驚き顔で俺を見ていた。


「ごめん。開けちゃった」

「開けちゃったって…鍵開け成功したんですか?」

「うん」

「なるほど…」


 言葉がつまり、黒宮と見つめ合ってしまう。

 きっと黒宮の脳内でも、目と目が合う〜の歌詞が流れているに違いない。


「そうなんですね?そうなんですね…そうなんですね?!」


 思考を取り戻すように、落ち着かせるように黒宮は同じ言葉を3回繰り返した。3段階の感情の変化したのは面白かった。


「成功したの?!やった!やったよ!和樹君!」


 黒宮は俺の両手を握るとブンブンと上下に振り付ける。出会った時からそうだが黒宮は異性の相手でも手を握ることを躊躇しない。ドギマギしちゃうよ。


「ほら!和樹君、突っ立てないで反復練習しましょう!体を成功に慣らすんです!」


 水を得た魚の如くはしゃぐ黒宮に手をとられ、屋上まで引っ張り出される。そして黒宮はいつも通りローブの中から南京錠を取り出し、俺に渡してきた。


「さぁ私にも見せてください!鍵開け成功の瞬間を!」

「よし任せとけ!『イサナ・シ・オト』!」

「おぉ!お、お…?」

「あれ…?」

「…」

「…」


 変化なし。

 南京錠が俺のことが嫌いなのは知っているがここはカッコつけさせてくれよ。なんでぴくりとしないんだよ。


「『イサナ・シ・オト』!『イサナ・シ・オト』あぁ!畜生がぁぁぁあ!」


 南京錠のシャックルをこれでもかと引っ張る。開くはずもない、ただのヤケクソだと分かっている。だが流石に2週間付き添って愛想良くしてくれなかったら乱暴になるってもんだ。

 しかし、力を込めると予想外の結果を俺たちは見ることとなった。

 

「はぁ??」


 シャックルがヌルッと穴から抜ける。取りづらかったが、それは錆びていたからで鍵が壊れたからではない。ちゃんと鍵がかかっていなかった。今まで鍵がかかっていたと思っていた南京錠はシャックルが奥まで刺さっていなかったらしい。


「…和樹君の魔力が上手く杖に集まらなかった理由が今、分かりました…魔法自体が発動できなかったんですね。対象が既に鍵の開いている物にだったから…どうりで…」

「てことはですよ?黒宮さんよ…」


 シャックルをしっかりと穴の奥まで押し込み、鍵がかかっていることを確認する。


「『イサナ・シ・オト』」


 魔力の流れ的にしっかりと杖に集まって、魔法が発動している。なのに南京錠のシャックルは穴から外れていない。そこで再びシャックルを力づくで引っ張る。すると、ぎこちなくではあるが少し力を入れるだけで外れた。


「…1番最初に俺が魔法使った時覚えてる?黒宮さん、魔力の流れは悪くなかったっていってたよね。単純にこれ…鯖が酷くて、外れなかっただけってこと?」

「恐らく」

「つまり俺はこの2週間ずーーっと鍵が開いてる南京錠に向かって魔法を打っていたこと?」

「恐らく…」

「まじか」

「ま、まぁ2週間和樹君も気がついていなかったんですから同罪です!連帯責任です!」


 この時ほど持ち物の点検はちゃんとしておこうと思うことはなかった。

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