第5話 練習ってのは辛い
辿々しく詠唱をする。すると突然、体全体が一枚の見えない薄い布に包まれたような感覚に陥った。
「おわっ!!なに?!」
「どうしました?」
ハエや蚊が耳元や目の前を通ってきた時のように、俺は反射的にこの体にまとわりつく何かを払う。
痛いわけでも、痒いわけでも、じめっとしているわけでもない。今まで味わったことのない初めての感触。強いて言うなら物凄く不快。
「黒宮さん!これなに!?見えないけど体にまとわりつくこれはなに?!気持ち悪い!」
振り払っても振り払ってもこの得体の知れない何かが取れることはなかった。
必死に顔や体をはたいてジタバタしている俺とは違い黒宮は不思議そうに俺のことを観察している。
「黒宮さん?!黒宮さんっ!!ねぇ!!?」
「それは…恐らく魔力です。魔法使ったので和樹君も感知できるようになったんでしょう。ただそんなに不快感のあるものですか?」
「ある!めっちゃある!」
黒宮はそこまでのもの?といった表情を浮かべる。首をかしげてキョトンとしている。
「んー、私は生まれてからずっと魔力を感じ取れていたから全く持ってなんとも思わないんですよね」
魔女である黒宮には一般人の俺の感覚が理解できないらしい。
「これ、ずっとこんな感じ?ずっとこの感覚が続くの?」
「そうですね。一度魔法を使ったら最後、生きている間は魔力を感知し続けます」
「それは早く言ってよ…」
「ごめんなさい。まさかそこまで嫌なものだとは想像してなくて…」
これがずっと…そう考えると安易に魔法を教わりますと言うべきではなかったのかなと思ってしまう。
「まぁ1時間もすれば慣れます…たぶん。それに、そのうち目を凝らせば見えるようにもなるはずなので不快感は多少消えるはずです。だから最初は我慢してください。ファイト!」
「ファイトって…えぇ…」
払っても仕方ないことので仕方なく我慢することにした。
だが、耳の中が唐突に痒くなって、でも耳かきはその場になく、仕方なく指でいじるが入り切らずにムズムズするあの感覚に似ていてイライラする。
「でも魔力を感じ取れるようになったということは間違いなく魔法が使えているはずです!一発でできるなんて凄いことですよ!南京錠を見てください。開いてるはずです!」
それも確かにと、手に握っていた南京錠を期待をこめて見る。
「どうですか?」
好奇心全開の眼差しで黒宮は俺を見ている。しかしそんな黒宮に悪いのだが、
「ごめん……開いてない」
「嘘っ!」
嘘ではない。結果は無情にも南京錠はもらった時のままだった。南京錠に変化はなかった。
黒宮は目を大きく開け放って、俺の手にある南京錠を見てくる。
「あっれー?詠唱も魔力の流れもしっかりしてた。和樹君も魔力を感じれるようになってる。成功していると思ってたんですけどね…なんで?」
なんでって言われましてもねぇ…俺より黒宮の方が詳しいんだから。
「何がダメだったんだろう。んー…分かんない。まっ練習あるのみですね」
素っ気なく言われるとちょっとくるものがある。俺の中では一発で成功すげぇ!ってなる予定だったのだ。箒で普通に飛べたというのもあって自分には才能があるのだと浮かれていた。
「…精進します」
「あっ、でもそんなに落ち込まないでくださいね。和樹君は魔法使いじゃないんだから簡単にできなくて当たり前なんです。一発で成功するほうが変なんです」
黒宮は慌ててフォローしてくれたが、それが余計に傷つくと言うか、虚しくなる。
「もう一回やってみましょう」
「ういっす」
再び杖を南京錠へと照準を合わせる。深呼吸をし、準備する。さっきまで気がつかなかったが、息を吸うと鼻から何かが侵入してくる。煙のようで、違う。それに侵入はするが、別に苦しいものではなく、むせてしまうものではなかった。それになんだが無性に力がみなぎる。これが魔力なのだろうか。言葉に表せれない高揚感がある。
「『イサナ・シ・オト』!」
詠唱をすると、今度はさっきと逆で体にたまっていた力が抜けていった。風船の空気が抜けてしぼんでいくように脱力感が半端ない。
魔力を感知できるようになったゆえの感覚なのだろうと俺は理解した。一回目はなんとも思わなかったのに、二回目の今回は軽く走った程度の疲労を感じている。
しかし俺の顔には自然と笑みがこぼれていた。この感覚こそ、俺の中では成功したのだと裏付けていた。
「今回はいけたでしょ!」
自信満々に南京錠を見る。が…
「開いてないですね」
冷静な声で黒宮が答える。
「魔力が杖からではなく体中から発散されていました。正しく発動していればないことなので」
「そ、そか…」
まぁいいさ、もう一度。空気を吸って再び魔力を体内へと溜め込む。そして放出。
「『イサナ・シ・オト』!3度目の正直どうだ!」
結果は変わらず、開いてなかった。黒宮さんの顔を見るとありゃりゃと書いてある。
「『イサナ・シ・オト』!『イサナ・シ・オト』!『イサナ・シ・オト』!!」
ヤケクソになりながら何度も何度も杖を南京錠に振るう。
「はぁ…はぁ…どうよ?」
魔力の吸収と放出は結構パワーがいる。こんなことに体力がいるなんて思ってはいなかった。
そんな俺を嘲笑うかのように手のひらにある南京錠は動かなかった。結果は変わらなかった。
「んー、どうしてなんででしょう?1回目はちゃんと魔力の流れが良かったのにな…たまたまだったのかな?2回目以降は魔力が乱れに乱れているんですよね」
「魔女の黒宮さんにも分からない?」
「分からない、ですね…教えると言っておきながら…ごめんなさい」
黒宮が分からない。つまりお手上げ。いやはや、序盤の序盤でつまずくとは。
「…黒宮さん。参考程度に教えてくれません?黒宮さんはこの鍵を開ける魔法、何回くらいで成功しました?他の人は一般的にこの魔法何回で成功させてますか?」
俺の質問に対して黒宮は口をきつく結び、回答を躊躇していた。
「…私は1回で成功しました。あっ!自慢ではないんですよ?私は運が良かったんです。だいたいは4、5回すればできるようになっているかと。そもそもこの魔法、そんなに難しくないので…」
「難しくない…」
「あー!でもまぁあくまで魔法使い基準ですら!和樹は魔法使いではありませんから、ゆっくりと時間をかけてできるようになりましょ!だから落ち込まないでください!っね?」
黒宮の励ましにより少し俺の心のヒットポイントが回復する。
そうだよな。俺、魔法使いじゃないし、そんな簡単にポンポン魔法が使える方がおかしいんだ。その通りだ。箒で飛べたのがイレギュラーだったのだ。
「まぁもっと頑張ってみるよ」
「その粋です!」
黒宮は両手でガッツポーズをするとさらに俺を励ましてくれた。
この時の俺は少なくとも3日、多くても1週間で鍵開けの魔法を習得できるものだと考えていた。だって黒宮が簡単って言っていたからな。だからこそ、この時の俺はこの考えが甘かったのだと知るよしもなかった。
練習を始めて2週間がたっても俺が鍵をあけれるようにはならなかった。
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