第4話 鍵の確認は3回が目安
キーンコーンカーンコーン。
キーンコーンカーンコーン。
「それでは午後のホームルームを終わります。日直」
「はい。起立。気をつけ、礼。ありがとうございました」
「「「ありがとうございました」」」
挨拶の後、月曜日という憂鬱な1日をやっと終えた教室内にいる学生の全てが、感嘆の声をあげながら喜んでいた。
俺も腕をめいいっぱい天井に向かって伸ばした後、帰り支度を済ませて、そのまま教室を出る。
靴箱を目指して階段へ足を降そうとした瞬間、何かを思い出した。
「おっと、今日こっちじゃねぇや」
癖で何も考えずに足を動かしていた。習慣って怖いね。慌てて階段の上で宙ぶらりんになっている足を引き上げる。
今日はマジックレッスン。記念すべき初回。集合場所は屋上へ出る扉の前となっている。箒で飛んだあの日、黒宮とは連絡先を交換していたのだが土日は音沙汰なく、今朝起きたら連絡がきていた。
『放課後、屋上の扉で待ってまーす!よろしくー!』
「屋上、か…」
普段は使わない場所。というかそもそも使えない場所。アニメや映画みたいに好き勝手に入れて、昼休憩なんかはそこで弁当も食ってみたいのだが、現実は甘くない。一回、興味本意で屋上へ出る扉の前まで行ったがしっかりと鍵がかかっていた。しかもご丁寧に2つ。
ガチガチセキュリティの前にはなすすべなく退散したほろ苦い記憶が蘇る。
「もしかして魔法で開けてくれるのかな」
たしかに屋上であれば誰にも見られずに魔法を使えるだろう。
普段入れない場所に入れるかもしれないと分かると少しワクワクしてきた。
足取りを軽くして俺は目的地を目指す。
目的地に着くと既に人がいた。黒い三角帽子に膝下まであるローブを羽織った人。そんな格好を学祭でも、ハロウィンでもないのに、着る人などそうはいない。
「よっ、黒宮さん。もう着いていたのか」
名前を呼ぶと待ってましたと言わんばかりの顔をした黒宮が笑顔で返事をしてくれた。
「お疲れ様です。和樹君。私も今来たばかりなので」
その台詞を生で聞けるとは。欲を言えばデートする前が良かったが多くは言うまい。
「そっか。黒宮さん、気合い十分っすね。ローブと帽子までつけて」
「私は魔女なので!」
エッヘン!と胸を張って言い切る黒宮。解答に沿っているのかいないのかよく分からないが、魔女であることに自信と誇りを持っているように見える。
「ここで集合ってことは屋上で魔法の練習?」
「はい!そうです!極力人目につきたくないので。それに間違って人が入ってこないような所がいいですし」
その格好はなかなか人目につく気がするのだが、あえてそこはツッコまないでおこう。
「そうっすね。魔法なんて使ってるとこ見られたらパニックだ。ところで、この鍵も魔法で?」
俺はドアノブをガチャガチャとひねってみせる。しっかりと鍵がかかっているので当然扉が開くことはない。
「もちろんもちろん!でもその前に〜」
黒宮はローブの内ポケットを漁ると以前使っていた杖を取り出す。しかし黒宮の手にはもう一本別の杖があった。その杖は先端に楕円形のエメラルドのように輝く石が装飾されていた。
その杖を黒宮は俺に差し出してくる。
「これは和樹君の杖!私のをあげます!」
「あげます?貸しますじゃなくて?」
「あげます!私が小学校卒業するまで使ってましたけど、今は使ってなくて。押入れでホコリ被ってしまうより、和樹君に使ってもらう方が杖も嬉しいはずです」
「そう?じゃあ、いただきます」
俺は黒宮から杖を受け取り、杖の感触を確かめる。
軽い。石がついているが重さをほぼ感じない。それに手によく馴染む。今日、今、初めて持ったはずなのにずっと使い続けてきたような、そんな感覚がした。
「では始めましょうか」
そう言うと黒宮は扉に向かって自身の杖を向けていた。
「和樹君に最初に覚えてもらうのは鍵開けの魔法です。この魔法は魔法使いが、んー、2番目に覚えるものです。よく見ててください。『イサナ・シ・オト』」
黒宮の詠唱が終わると鍵穴からカチャ、カチャっと2回軽快な音が鳴る。
「開きましたよ〜」
黒宮はニコッと微笑みかけながら、ドアノブをひねり扉をあける。
充分魔法を見て騒いできたはずなのだが、それでもやっぱり驚いてしまう。
黒宮は呆然と開かれた扉を見ている俺の背中を押す。
「さあさあ、ぼーっとつっ立ってないで中に、いや外に出てください。滅多に見れない屋上の景色ですよ」
「お、おう」
周りを見ながらゆっくりと足を踏み込ませる。屋上の雰囲気は想像通りだった。想像通りではあるがドキドキが、興奮が止まらない。
「こんな感じなんだ…」
さらに屋上の真ん中へ足を進める。屋上にはぐるりと一周、金網フェンスが建てられていた。今度はそのフェンスに近づく。すると徐々に外の景色が姿を表してきた。
ウチの高校は山の上にあるので色々な物が通常よりさらに小さく見える。駅やスーパー、コンビニ、走っている車がミニチュアのように存在している。地平線の端にはわずかに海も見える。
初めて高校が山の上にあることに感謝した。平地にある学校の屋上からはここまで圧巻の景色を見ることはできないだろう。
「綺麗ですよね。ここからの景色」
「うん」
「いつかこの景色を見ながら箒に乗ってみたい。そう思って毎日、ここで飛ぶ練習してました」
横にきて一緒に景色を眺める黒宮の顔は泣くのを耐えて頑張って笑っているように俺には見えた。
「さっ、感動はここまで!レッスン再開しますよ」
黒宮はフェンスに背を向けてドアの方に向かう。俺もそれに続く。
「『イサナ・ゲタマサ』」
黒宮は扉を閉めると、さっきとは違う魔法を扉に向かってかけていた。
「鍵は…うん、かかってるね」
黒宮はドアノブをひねり開けようとするが、鍵が再びかかっているらしくドアは動かない。
「この扉を今度は俺が開けるんですか」
「いえ、この扉は万が一に備えて閉めました。和樹君には別のものを解除してもらいます。えーと、どこいったかなー…あっ、あったあった」
黒宮はローブの内ポケットを漁ると、中から南京錠を取り出し、俺に渡してきた。かなり古い物なのか、鯖で少しジョリジョリしている。
「最初なんでね、簡単な物からいきましょう」
「先生質問っ!」
「はい和樹君!どうぞ」
「アニメとかでよくある魔力とか必要じゃないんですか?」
当然の疑問。そもそも俺、魔法使いでもなんでもない一般人。
「いい質問ですね。ですがご安心を!魔力なんてそこら辺にたくさんあります」
「といいますと?」
黒宮は扉を背にして座り込むと、杖を空中でくるくる回し、説明する。俺もその場にあぐらを組みながら座った。
「魔力は目に見えませんが、空気中にいくらでも存在しています。魔力を吸収、放出することで魔法が発動します。魔法使いは生まれながら、この魔力を感知することができ、それを吸収することができます」
「俺は一般人で魔力を感知も吸収もできないのですが」
「大丈夫です。魔法を一度でも使えば普通の人でも魔力を感知できるようになり、自然に吸収できるようになります」
「そうなの?」
黒宮は笑顔でうなづく。
「はい。さらに、その杖の先端についている石は魔力吸収の補助を行ってくれるので全く問題ありません」
俺は渡された杖を見る。そう言われても全く普通の石にしか見えない。パワーというか、神秘的な感じは一切しないと思ってしまったのは俺の感性が足りてないだけなのだろうか。
「まぁ百聞は一見にしかず。やってみましょう!杖を構えてください」
「ういっす」
とりあえずやってみるしかないと、俺は杖を南京錠に向けた。
「それでは私の詠唱をマネしてください『イサナ・シ・オト』」
「いさな、し、おと」
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