第3話 努力は見えない、でも気づいてあげるべきなのだ

 一瞬、時が止まったかのようにシーンとなる。数秒の沈黙の後、しぼり出た俺の言葉は


「…魔女のくせに?」


 だった。


「…そうなんですよ。魔女も箒から落ちるってね。あはは…」

「意味合い違うし、それを言うなら猿も木から落ちるだし」

「そうとも言いますね」

「猿が本家だよ」


 冷静かつ的確にツッコミを入れる。

 俺が箒の動かし方を聞いた時、焦っていたのはこういうことだったのかと納得する。

 黒宮は小さく笑っていたがすぐに顔も話も戻して、続けた。


「箒で飛ぶのって1番簡単なことなんだよね、魔法使いであれば。魔法使いは問答無用で誰でも箒に乗れるんだけど…」


 黒宮はそういうと俺に手を伸ばして「箒、貸して」と言ってくる。俺は言われるまま箒を差し出すと黒宮はそのまま箒にまたがり、掛け声を出して飛び跳ね始めた。


「飛べっ、飛べっ、飛べっ!」


 黒宮はラスト一球、この一球で甲子園行きが決まる重要な場面の打者を応援する観客席のマネージャーの祈りに近い声を箒に向けていた。気迫と、立ち振る舞いも相まってそのまま飛び立ちそうな勢いである。

 しかし俺の時とは違って、箒はうんともすんとも言わない。ガン無視のフル無視。


「こんな風に、飛べないんだよね、私」


 黒宮は箒から降りると、そのままロッカーへ立てかける。


「私だけ、なぜか飛べないの。みんなできていることなのに…悔しくない?周りができることができないのは。私は悔しかったの!辛かったの!だから!」


 黒宮はふところをガサガサ漁ると一枚のA5ぐらいの紙を取り出す。


「予言してみた!どうすれば私は飛べるようになるのか。何回も試してみて、やっと!予言が出たの!これがその予言結果」


 黒宮はその紙を俺に渡してきた。渡された紙は折り目のない綺麗なものだった。

 どうやってこのサイズの紙が折りもせず、跡もなく入っていたのかは不明だが、これも魔法なのだろうと納得する。

 紙を見ると赤色の不気味な文字が文章で書かれている。


『夕暮れ時、不吉な数字をわりふられし新芽の学舎に、虹色の忘却物あり。忘却物の持ち主、箒で飛び立つ。汝、その者に魔法を教えよ。さすればその者、汝の願いを叶える道となる』


「どゆこと?」

「不吉な数字ってのは、死の4とか苦しみの9。新芽の学舎は一年生の教室を表してるのね。一年は全部で8クラスしかないから、消去法で予言は1年4組を指してるの!」

「…なるほど」

「虹色の忘却物はそのまま捉えて、虹色、ないしはそれに近しい色合いをした、忘れ物を表してる」


 そう言いながら黒宮は教卓の上にあるものを指さす。


「だから1年4組に入って、片っ端から虹色、七色の忘れ物とか床に落ちてた物を集めたんだ」


 俺は教卓の近くまで行き、上に置かれている物たちを確認すると、付箋もボールペンもストラップも全て七色使われていた。


「そういえば、どれ?和樹君の忘れ物。付箋?ボールペン?まさかお弁当箱なわけないよね」

「…いや、このお弁当箱なんだ、忘れ物」

「まじですか!えー、予言に出た虹色ってそれだったんですね!完全に予想外!これは違うだろって、最初は選択肢に入れてなかったんですよ!」


 無理もない。確かに俺の弁当箱の包みは七色使っているけど虹色とは言い難いからな、これ。


「まぁ、それはおいといて」


 黒宮は箱を持ち上げて横に移動させたジェスチャーをする。


「予言では箒で飛び立つと出たので、私の箒をおいて忘れ物を取りに来る人を待ってたんです。で、タイミングよく私がトイレに行っている間にで和樹君が来たわけですよ」

「ほう…」


 口では一応、納得している風を装う。


「つまり…この最後『その者に魔法を教えよ』と出てるから黒宮さんは、俺を見るなり、魔法を習ってと言ってきたのか?」

「そゆこと!和樹君、察しがいいね〜」


 黒宮は並んでいる机を指でなぞりながらゆっくりと俺の方へ近づいてくる。


「なんで和樹君に魔法を教えることで、私が箒で飛べるようになるのかは分からない。でも、予言が出た以上従った方がいい」


 黒宮は俺の前まで来ると、俺の右手をとり、自身の両手しっかりとで握ってきた。そして期待に満ちた目を真っ直ぐ俺に向けてくる。


「だからお願いです!私の夢のため、魔法を習ってはくれませんか!」

「いや…俺…」


 断ろうとしてやめた。

 黒宮の両手、手のひらの指の付け根辺りに小さいタコができているのが分かったからだ。何かを強く握り続けたような跡があったからだ。 

 箒をずっと握っていたのだろう。そう想像するのは難しくなかった。そういえばさっき黒宮が飛ぼうとした時、ポーズは完璧だった。

 黒宮は今、明るく話しているが相当努力してきたのだろう。もしかしたら他の魔法使いからかなり嫌味を言われているのかもしれない。

 頑張って頑張って、でもダメで、この予言が最後の希望なのかもしれない。そう考えると心が苦しい。


「やっぱりダメかな?もちろん、強制ではな…」

「黒宮さん」


 俺は努力している人が報われないってのが、1番嫌いなんだ。

 

「箒で飛ぶのは楽しかった。この楽しみを魔女である黒宮さんが知らないのは…うん。勿体無い。力になれるか分からないけど、精一杯頑張るよ」


 俺の答えを聞いて、黒宮さんは十分に大きくぱっちりとした目を、さらに大きく広げる。


「ほんと?いいの?後出しになるけど、結構ハードよ?」

「それは最初に言ってほしかったかな。でも、やりましょう。男に二言はないです」


 俺の返事に対して、黒宮は笑っていた。飛び跳ねていた。俺の手を握りながら。ちょっと泣いてもいた。目尻に涙を溜めて。飛び跳ねていたせいで帽子がズレて、すぐ見れなくなったけど。俺はあんなに綺麗な顔を初めて見た気がした。


「やった!やった!やったー!!」


 こうして俺と黒宮さんのちょっとマジックな生活が始まるのであった。

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