第2話 人に説明するときは1から10まで全部言いなさい

「…はい?」 


 俺は再度聞き直した。正確には聞き直すことしかできなかったというのが正しい。こんな宙ぶらりんで足をパタパタさせることしかできない者には、それしか選択肢がなかった。

 クエスチョンマークが頭の中で大量生産される。人生の中で、これほどの疑問を脳内で生産したのはそうだな…小学生の頃、母さんに子供ってどうやって作るの?としつこく聞いて理不尽に叱られた時以来だな。


「だから!私から魔法を習ってくれませんか!」


 声量も内容も全く変わらなかった。

 ゲームのCPUに話かけている気持ちになった。俺が乗っているこの箒にしろ、この魔女っ子にしろ人の問いに対してもっと分かりやすく解答することはできないのだろうか。


「って、あっ!そうよね!私ったら!」


 おっ、言葉足らずであることに気がついたか?


「この格好、普通コスプレだと思うよね。んー、どうしよう」


 ズレてる。


「どうやって信じてもらえるかな…」


 頭を抱えて悩んでいるところ悪いが、俺の疑問点はそこではない。


「うん…よしっ!それじゃあ魔法を見せましょう!見ててください!」


 魔女はローブの内ポケットを漁ると鉛筆程度の長さと細さをした杖を取り出し、手にした杖を大きく振り上げて叫んだ。


「『ル・ケヅタカ』!」


 唱えられた呪文によって教室にあった机が一斉にガタガタと揺れ始める。そして、上に積まれている机から順に人の力を使わず浮遊し、移動し始めた。

 順序よく、素早く、意思をもっているかのように机達は床へ綺麗に整列する。


「おうのぉー…」


 教室の両端で壁となっていた机は、ものの数秒で、手を一切使うことなくいつも通りの配置になっている。


「ねっ!これで信用してもらえた?!」


 魔女の方を見ると、訴えかけるような瞳を俺に向けていた。


「とりあえず…話は聞くんで、箒の動かし方教えてくれませんか?降りたいので」

「あっ…そーですよね、ちょっと待ってください。えーと、んー」


 俺の質問で急に戸惑い始めた魔女は、なぜか説明するのを渋っていた。


「…あっ!そうっ!前に進みたい時は体をグーとさせて、曲がりたい時はグイッと!んで、高度をあげる時は箒の先をグッと!高度下げたい時は逆に箒の先をスッと!止まりたいときは体をピンッと!分かりました?」


 擬音語を巧みに使いながら、魔女は箒の操作の仕方を手を、足を、胴体を使い、全身で表現してくれた。体を前へ、左へ右へ傾けている。


「…要するに体の重心移動で前や横に。箒の先を上げたり、下げたりすることで高度の調整ができるということ?」

「そう!合ってます!」


 合ってました。


「では!そのようにやってみてください!」


 とりあえず、言われた通りにできているか不明だが、前進させるために体を傾ける。

 塩梅が分からないのでスピードの出し過ぎてしまうかもしれない。黒板と熱烈なキスをするのは嫌だったので、ちょっとずつ体の重心を前へ動かす。

 すると俺の重心移動に合わせてゆっくりと箒が前へ動き始めたではないか。スピードとしては歩くより少し遅い程度だが、それでも箒は動いた。


「うおっ!!!」


 補助輪を取った後、支えなしの自転車を初めて自分の力で漕いだ時の感動に近い。

 嬉しくなった俺は、次に体を左へ傾けると箒も俺の動きに合わせて旋回する。右へ傾けても同じように箒が応えてくれた。

 最初こそ恐怖を感じていたが、この時には一種のアトラクション感覚で箒を運転していた。


「すごい…本当に、本当に箒を動かしてる」


 そう言う魔女も感激していた。

 正確には、感激しているというよりは羨ましそうにしているようだったが。


「その調子でここまで降りれますか?足がつけば、箒は自動的に浮遊をやめてくれます」

「了解!」


 方向を魔女に合わせ、箒の先を下げてゆっくりと高度を落としながら進む。そして見事に魔女の目の前で着地することができた。宙ぶらりんになっていた足が数分ぶりに床と重力に再会を果たしていた。


「おぉ…降りれた」

「この箒、人見知りで、結構荒く、暴れん坊で有名なはずなんだけどな…」


 魔女は少し不貞腐れながら箒を見つめていたが、すぐに視線を外し俺の顔に視線を向ける。


「まぁいっか!よしっ!無事に降りれたことですし、話を再開…」

「その前に一つ、俺から。君は…何者?魔女…なのか?」


 俺は魔女の言葉を遮る。

 生涯の中でこんな変な質問をすること二度とないだろう。だが、この場において1番重要な質問だった。


「あっ!すみません、自己紹介がまだでしたね。私は1年8組の黒宮くろみやなぎと言います。あなたがいうように、私は魔女です!」


 生涯の中でこんな変な解答をもらうこともないだろう。あっさりと笑顔で答える黒宮は、ハッキリと魔女だと言い切った。

 魔女なんてものが存在してたまるか!と否定したかったが、さっきの魔法やこの箒を見たら納得せざるを得ない。


「あぁそうだ。あなたは?」

「えっ?」

「名前」

「あ、あぁ俺は清水和樹。1年4組。」

「和樹君ね。よろしく!」

「ど、ども」


 強張る俺とは反対に、黒宮は向日葵も顔負けのにこやかな笑顔を返してくれた。


「さっきの話、詳しく教えてくれよ。魔法を習ってくれ、ってだけじゃわけわかんないよ」

「確かにそうですね。1人はしゃいでごめんなさい。まさか予言が当たると思ってなくて。つい興奮しちゃって」

「さっきからずっと言っている予言ってなんだよ」

「そうですね、ちゃんと詳しく説明します。でも…」


 黒宮の顔が、声が真剣になる。


「話を聞いても笑わないでくださいね」


 と言われたので俺も身構える。

 黒宮は目を瞑ると決心したようにうなづいて、期待と不安を半分こしたような目を見せる。


「私、箒で飛ぶことができないんです」

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