第1話 出会いとはいつも突然だから備えとけ
数ある高校のうち、どうしてこんな山の上にある所を選んでしまったのだろうか。なぜ中学の時にちゃんとオープンスクールへ行かなかったのかと、俺、
時刻は19時を過ぎており、時折、部活終わりの生徒が反対車線を猛スピードで気持ちよさそうに通り過ぎていく。俺はそいつらを恨めしそうに見ていたが、逆にそいつらはなんでコイツはこんな時間に学校に向かっているんだ?と奇怪な目を向けてきていた。
まぁ当然の反応か。俺だってこんな時間にわざわざ学校にくるつもりはなかったよ。
校門までたどり着くとそのまま1年3組の駐輪場に向かう。朝は自転車と自転車の間にできた僅かなスペースにねじ込むのだが、今はガラガラ。場所に困ることはない。テキトーに自転車を置くとハンドルに伏せる形で息を整える。
「あ゛ぁ…まじ疲れた」
学校には俺は忘れ物を取りに戻ってきた。弁当箱を忘れた。
忘れたことに気がついたのは家に帰ってしばらくしてからだった。リビングのソファに寝転がりながらスマホでアニメを見ていた俺に、買い物から帰ってきた母さんの「洗い物出して」と言う発言で学校に置いて帰ってしまっていることが発覚した。
「えぇー忘れた?どうするの、今日金曜日よ?土日を挟んでカビも生えているかもしれない熟成されまくったクッサいお弁当箱を誰が洗うの?まさかお母さんとは言わないよね?和樹が自分で洗ってよ。嫌って言うなら今日中に取りに行きなさい」
こんな感じで反論の余地がなかった俺はスマホだけ所持すると、片道20分もある高校へ渋々戻ってきたのであった。
額からは汗がダラダラと流れている。原因なら分かっている。気温が高い。暑い。まだ5月の始めだというのに。まったく…地球温暖化を肌で感じるよ。
「帰りのコンビニでアイス買お…」
そういえば決算アプリに今何円入ってたっけ。後で確認しないと。
疲れた体をおこして自転車を降りると靴箱を目指す。
昇降口に向かう途中、職員室の方を見ると窓からは光が漏れていた。公務員とは名ばかりのブラックコーヒーより苦い職場で働く教員が明日の授業の準備でもしているのだろう。もしかしたら怪物の親からのクレーム対応をしているのかもしれない。
部活も終わって面倒を見る生徒もいないのに大変だな。
「お勤めご苦労様です」
俺は自然とそんな教員達に敬礼していた。
靴箱まで行くと上履きに履き替え、駆け足で目的地へ。4階にある自身の教室まで向かい、到着すると俺はそのままロッカー側の扉に手をかけた。
大袈裟かもしれないが、この時をもって俺の人生は変わったのかもしれない。
部屋の中を覗き込きこんだ俺は自身の目を疑った。
「…はい?」
教室中の机が部屋の両端へ壁のように積み上げられていた。
それだけではない。平野となった教室のど真ん中で箒が一本、ポツンと床に対して平行に宙に浮かんでいる。
「なんかの儀式…?」
俺は率直な疑問を口に出しながら、異様すぎる教室全体を見渡し、ゆっくりと部屋の中心へ、箒へと近づく。箒は教室の清掃に用いられる、掃除動画入れにしまってあるやつではない。枯葉を集めるための、穂先がふさふさとしているやつ。
浮かんでいるように見えるけど、この箒どうなってんの?
俺は箒の上あたりをブンブンと激しく手であおぐ。しかし空振り。手に何かが当たる感触はない。
「ん?細い糸で吊るしてあるわけではないのか?」
じゃあ下の方は?
同じように今度は箒の下を手で漁る。しかしこれまた空振り。
下も特に棒とかで支えているわけではない。…ん?つまり…?
「はえぇ??えっ!?!」
数秒遅れて現状を把握する。驚きのあまり、箒の周りをめちゃくちゃ漁った。
ありえないと脳は言っているが、それでも上下左右前後に箒を支えている、それらしいものはない。
「ありえねぇだろ…」
俺は絶句した。浮かんでいるように見えるではない。この箒は紛うことなく、宙に浮かんでいるのだ。魔法の箒ということになる。その事実に思わず後退り。転げそうになる。
「俺、夢でも見てんのかな」
こんな台詞を実際に言うとは思わなかった。アニメではこの後、自分の頬をつねるが俺もそうした方がいいのか?
『乗れ』
「ぎゃぁあ!?!」
突如、ドスのきいた渋い声が聞こえる。
「誰っ?!」
慌てて振り返り扉を見るも人影なし。教室内も見渡すが誰もいない。
それでも、
『乗れ』
再び同じ台詞、同じ口調で声が聞こえてきた。しかし聞こえたというが、耳から音が入った感じがしない。頭の中に直接話しかけられた感じ。気持ち悪い。
「お前…なのか?」
自然と話し相手は分かった。というかこんな場面だ。状況的に間違いない。
俺は箒に問いかけた。
『乗れ』
箒は答えてくれなかった。
しかしそんな中、俺は一歩足を動かしていた。下がるのではなく、前へ。怖いはずなのに、不気味と思っているはずなのに、導かれるように手を伸ばす。そして箒に触る。右手で掴み、その後左手もそえ、しっかりと両手で。
「軽っ」
いや、そもそも重さがない。浮いているからだろうか。
そう思っていると途端に箒から重さを感じるようになる。さっきまで1人で浮かんでいたはずの箒は、今は糸の切れた人形のように手の中でダランとしている。
『乗れ』
「はいはい、分かったから」
『乗れ』
「わかったから!」
自転車に
うわぁー、小学校の頃にこんなことよくやってたなー。懐かしいなー。今やるとすげー恥ずかしいー。事情知らない人に見られたら笑われる自信しかなーい。
「乗ったぞ。これでいいんか?って!おわっ!」
ゆっくりと足が床から離れていく。視点が徐々に上がっていく。
「おいおいおい!まじか!!すっげぇ!!」
久々にここまで叫んだ。箒は俺の体重約55Kgをものともせず、グングン宙へと持ち上げる。気がつけば俺の体はだいたい床から2mくらいのところで停滞していた。手を伸ばせば簡単に電球を触ることができるくらいの高さ。
「次は?!なぁ!次は?!お前はここから動くのか?俺はお前を動かせるのか?」
ちょっと自分でも何言ってんのか分からなかったが、それほど俺は興奮していた。
声を高らかとあげる俺とは対照的に箒からの返事はない。教室の時計の針が聞こえるほどの静寂。
「あれ?おーい?」
再度呼びかけるが沈黙。返事はない。
「えっ、ちょっ、こんなとこで放置はないでしょ?えっ?俺こんなとこでどうすればいいんよ?」
箒の声がなくなり、たじろいでいると背後から女性の悲鳴にも近い叫び声が聞こえてきた。
「えっ!うそっ!!開いてる!!」
見ると、俺が開けた扉に女の子が駆け寄っていた。真っ黒なローブ、大きすぎるせいで先っちょが少し折れた黒の三角帽子、物語でよく出てくるイメージ通りの魔女の格好をした女の子がそこにいた。
「まさか!もしかして…!あっ!いる!!」
帽子のつばを持ち上げて俺の方を見上げた彼女と目が合う。顔を見てびっくり。可愛い。童顔。目はぱっちり、鼻筋はすっと綺麗。アニメとかで萌えキャラという立ち位置になりそうな見た目。ウチのクラスの人ではない。でも薄らと見たことがあるような…ないような…。んー、ダメだ。思い出せない。
「おぉ!すごい!乗ってる!!」
彼女は箒が浮かんでいることよりも、俺が飛べていることに感心しているように見えた。期待に満ち溢れている目をしている。
「ねぇ!一つ質問いいですか?」
「…え?あっ、はい。どうぞ」
「あの中にあなたの物ありますか?」
「あの中?」
そういうと魔女は教卓を指さす。見ると教卓の上にはボールペンや付箋、キーホルダーなど様々な物が置かれていた。
その中にはゆで卵の断面イラストがたくさん描かれている風呂敷型の弁当包みに包まれた俺の弁当箱もあった。
見たら分かる。俺の弁当包みに描かれているゆで卵はただのゆで卵イラストではないからな。黄身の色がカラフルなのだ。
辛そうな赤色に、食欲を失わせる青色、腐ってそうな緑色に、毒を彷彿させる紫色などなど、ちっとも美味しくなさそうに描かれたゆで卵のイラスト。さっきまで箒に夢中で気がつかなかった。
なぜあんなところに?
「あれ?もしかして違う?いや、違うならいいんだけど、いやっ、よくはないんだけど、違ったら色々と困るというか…」
「あっ…そーですね、俺のあります」
「ほんとっ?!」
魔女は両手でガッツポーズをとる。
「やった!やったやったやった!!やっぱり信じてみるものね!正直、諦めてたけど!でも!そんなこと、今は関係ないわね!終わりよければ全て良し!やっと!やっとだわ!」
全身で喜びを表現する魔女。1人で何やら言っている。状況がうまく飲み込めない。
「あ、あの…これ」
「お願い!!私から魔法を習ってくれませんか?!」
「…はい?」
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