異世界からやってきた召喚士は近未来都市で怪獣とバトるようです

山椒亭膜文

アバンタイトル

改正歴51年 

19:31

 シン横浜ベイエリアは静謐な暗闇に支配されていた。

 普段の人混みや色とりどりの電飾に活気付く街並みは、まさに1秒ごとに絶頂を更新する文明の象徴そのものであった。しかし特別災害警報下のこの街に人通りはおろか、猫の一匹すらいない。代わりにいたのは、数にして100台以上の物言わぬ兵器群だった。それらはおどろおどろしい低音を響かせ、大通りやビルの間を蠢いている。

 若干を除いて戦術兵器はほぼ全て防衛作戦本部に設置されている中央制御サーバーの司令のもとに自律的に判断し、機動していた。リアルタイムに測定されているデータをもとに、常に最適な布陣が更新され続け、それをもとに兵器群は細かな調整を続けている。

 この無人の兵団の砲塔は皆一方向に集中していた。

 それは海からやってくる何かを恐れてのことであった。その何かの進行予測が出てから36分。布陣は完成しつつあった。


 20:21

 旧大黒埠頭エリアより300mほどの沖合の暗い海より突如黒い水丘が出現した。それは地上に近づくにつれて徐々に大きくなり、そしてそれは沿岸手前約100mの地点でそれははじける。

 大量の水飛沫の中から巨大な生物が姿を表した。

 異次元怪獣ガトラー。それは姿こそ太古の肉食生物を彷彿とさせるものであったが推定50mほどのその巨体はさながら山のようであった。表皮は岩でできた装甲のようでいてそれが全身を隈なく覆っている。ビルほどある野太い脚はガトラー自身の大重量を支えているだけでなく、一度進めばその足音は地揺れを一歩ごとに発生させ、海中であっても辺りに低く、爆音を響かせていた。そして頭部に生えた3本の角は実にガトラーを超常的生物たらしめている。

 三日前に突如として旧南東京エリア上空に出現したガトラーはそのまま同地区を破壊と火の海に沈めた。


「ガトラーが姿を表しました。Aポイント到達まで後45秒です。」

 オペレーターの一人が報告する。

「作戦は予定通り実施、できるだけその場に足止めしろ。」

 ランドマークタワー屋上に作戦司令部が配置されていた。小型の仮設テント二個分にも満たない規模であったものの今回の作戦に十分な機能を備えている。

 SDCoのリーダー、黒木は屋上の中心の方を見やる。ヘリポートには、Hマークの代わりに、六芒に多数の幾何学図形を組み合わせたような円陣が描かれている。そしてその中心にはアウローラがいた。

 アウローラは地杖を円陣の中心に据え、片膝を立てて俯くような格好になっていた。アウローラは目を瞑り一心に祈っているように見える。

「友イグニスよ、由旬、那由多の隔たりを経てアウローラ、吾が声を届けん。かのとき結びし盟約を今こそ行使せん、そなたの力と技術、そして勇猛を以て、我らを仇なす者を討ち払い給え。」

 実体を伴う場合、そして呼び出すものの魂の位階が高いほど召喚術の難度が高くなるという。

「友イグニスよ、由旬、那由多の隔たりを経てアウローラ、吾が声を届けん。かのとき結びし盟約を今こそ行使せん、そなたの力と技術、そして勇猛を以て、我らを仇なす者を討ち払い給え。」

 アウローラは同じ呪詞をひたすらに唱えていた。

 

 突如戦闘機が静寂を音速以上で切り裂き、瞬間ガトラーに向かって誘導爆弾が投下された。

 20:22、誘導爆弾の着弾を合図に攻撃が開始された。無人戦術兵器による横殴りの砲撃がガトラーを容赦なく襲う。前面に配置された約30台による砲撃はひとつとして外すものはなく精密無比に行われた。

 ガトラーは歩みをぴたりと止めていた。ガトラーへのダメージは確認できないもののその進行を止める程度のことはできた。

「攻撃を続行しろ、弾が切れたら後方待機とローテンションして攻撃を緩めるな。」

 黒木は叫ぶようにオペレーターに指示する。

 黒木は再びアウローラの方を見る。アウローラはなおも呪詞を続けていた。爆撃や砲撃による衝撃はここの空気をも激しく揺らしていたものの、それに気づいている様子すらなくただひたすら詠唱を続けていた。

 この風変わりな格好の、そして小柄なアウローラこそがガトラー討伐計画の中心だった。これは黒木自身が立案したものだったが、狂気の沙汰と他に言いようがない。しかし紛れもなく黒木自身が三日前自身、アウローラがガトラーを東京湾へ撃退したのを目撃していた。現代兵器ですら叶わなかったことをやってのけたのだった。

 黒木の胸の内は、不安と希望、そして憧憬の入り混じっていた。


 20:32、砲撃が続く中、突如としてガトラーの頭部の3本角が発光しはじめる。光は爆炎の隙間より鋭く漏れ出ており、あたかもそこだけが昼になったかのようだ。

「ガトラーの内部エネルギー急上昇を観測、尚も数値上がり続けています。」

「司令サーバーに攻撃の一時中断コマンドを送信。全員即座に防御行動を取れ。」

 ガトラーの発光はなおも強くなり、そして3本角の中心点より熱戦が前面に放たれた.

 それは一瞬にして戦車部隊を蒸発させ、そしてそのまま沿岸部を焼き払う。シン横浜エリアに万の雷が落ちたのかのような衝撃が辺り一帯に広がった。


 あまりの衝撃に黒木やオペレーターはみな体を縮こませていた。まるで何十分もそうしていたように感じられたが実時間にしてみれば数秒にも満たなかった。黒木は耳鳴りが止まないうちに顔を上げる。

「アウローラ!」

 詠唱を続けるアウローラの元へ駆け寄ろうとしたものの円陣の寸前で立ち止まった。

 ここで儀式を邪魔するわけにはいかない。ここで台無しにしたらガトラーに対抗できるものがいなくなってしまう。そして何よりアウローラは無事である。アウローラは一切動じず、詠唱を続けていた。

 黒木は振り返った。

「みんな無事だな、損害状況を報告してくれ。」

「第一から第三打撃群は全て壊滅、後方にも損害が出ており、計42台がロスト、24台が行動不能です。」

 損害は織り込み済みである。しかし想定のそれ以上だった。

「残存部隊で攻撃隊を再編成。不足分は待機分を回せ、ガトラーを釘付けにして少しでも、、」

 黒木はアウローラの携えている杖の宝玉を中心に赤く燃えるような光を帯びたのを目の端を捉えた。

「メイルストリュームからのパルスが増大、周波数がアウローラと同調していきます。」


 顕現が近い。

「少しでも時間を稼げ!」


 20:35

 ガトラーはついにシン横浜に上陸していた。沿岸部は燃え盛る炎によって照らされていた。熱戦を直接受けたところは溶けて赤熱化しており、建造物は一つとして元の形をなしているものはなかった。ガトラーは、猶も攻撃を加えてくる兵器群を一掃すべく熱戦を撃つ体勢に入った。ガトラーのツノが先と同様光を帯び始める。光は徐々に強くなり、先程のものとは比べ物にならないほどの輝きとなった。

 輝きが最高潮に達したそのときだった。


 突如として暗闇の中、炎の柱が立ち上る。


 ガトラーは歩みを止めた。炎の柱は雲を突き抜けるほど高く、そして黒木たちがいるところにも熱が感じられるほどだった。

 アウローラは光る円陣の中心で叫ぶようにして最後の呪詞を唱える。

「友イグニスよ、彼方よりついに参られた。我が名はアウローラ、かのとき結びし盟約を今こそ行使せん、そなたの力と技術、そして勇猛を以て、我らを仇なす者を討ち払い給え。」

 炎の柱は勢いよく弾け、そして中から巨大な龍が姿を顕した。


 赤龍、イグニス。

 

 体高はガトラーとほとんど同じであったが、躯は引き締まっていた。甲冑の隙間から覗く赤銅色の鱗は、灼熱の溶岩が悠久の時を経てゆっくりと固まったようである。胸の辺りには機械のような物が埋め込まれており、首筋にから肩にかけて管が8本突き出ていた。

「イグニス、よくぞ参られました」

 アウローラはタワー屋上よりイグニスと呼ばれた龍へ語りかける。一瞬、黒木はまるでアウローラが見えていない何かに語りかけているように見えた。しかしその実、ガトラーの目の前に顕現した赤い龍、イグニスと話しているということを理解した。   声はアウローラの魔法によりイグニスへ届いていた。

「よお、お前さんに召喚されるのは初めてだが、、堅苦しいのは俺も苦手だ。もっと気軽で構わんよ。」

 老いてはいるが、それは決して衰えているという意味ではなくむしろ長い時間と闘争により練り上げられた気概をアウローラは感じた。

「ではお言葉に甘えて。遠くから来てくれてありがとう、イグニス。」

「なんとまあ奇妙なとこンだがまるで俺の爺さんから聞いた古代の町のようなところだな。」

 ガトラーは突如として出現したこの龍にしばし行動を中断したものの、すぐさま敵と認識したのか低い唸り声を漏らした。

「ここは現世とは別の位相にある世界です。私も三日前初めて来ました。」

「ふん、なるほどなあ。まあどこであろうと俺は戦うことしか生きがいのねえ老ぼれだからよ。」

 イグニスはガトラーへ体を向ける。

「それで俺はこいつを倒せばいいのだな。」

 アウローラは頷く。

「ではイグニス、いざ尋常に参らん」

 イグニスは赤く輝く双剣を構え、体内に埋め込まれた動力機の出力を全開にする。

 ガトラーは雄叫びをあげてイグニスへ突進する。


 20:36

 かくして、次元怪獣ガトラーと赤鎧龍イグニスの戦いが始まったが物語は少し前へ戻る。

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異世界からやってきた召喚士は近未来都市で怪獣とバトるようです 山椒亭膜文 @sansyo-tokage

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