第3話

 おかしい。


 転生したことは覚えているのに、転生前の記憶がとんとない。

 思案にふけっているとぎぃ、と音がしておそらく母だろうか、金髪の見慣れぬ女性が部屋に入ってくる。


 「あらあら、起きたのね」


 よっとと言う声とともに自分の体が持ち上がったのを感じる。

 ちらりと部屋を見渡してみても特にただの部屋という印象だった。


 こっそり考えていた天上の楽園でも、地底の牢獄でもないようだ。


 転生したのだという確信とともに、今の自分は何者なのか底知れぬ恐怖に襲われる。のどが震え、眼からは涙があふれる。

 泣くとは自分でも思ってもいなかったので驚いたが、止めようと思ってもとめどめと涙はあふれてきてしまっていた。


 「大丈夫、大丈夫。」


 母と思われる女性がとん、とん、と一定の間隔で背中をたたいてくれる。

 安心感がどっと押し寄せて意識が霞んでいく。







---





 庭に剣戟の声が響く。

 打ち合っているのは父と僕だ。

 

 前世の僕は剣士だったのだろうか?そんなことを考えながら体の動くままに剣を動かす。

 しかし、あと少しで勝てるというところで体が硬直してしまう。

 そのすきを逃さず父は冷静に僕の剣を打ち払い、喉元に剣を突き付ける。


 負けだ。


 「しっかしまぁ、いくら俺のことは言えど、ここまで動けるもんか~?さすが俺の子といったとこか......」


 「あらあら、5歳の子に手加減されてるとはいえ押されるのねぇ」

 

 母が微笑みながら父を煽る。

 すると父はむすっとした顔をし、口を開く。


 「なぁ、アレクよ、あのままだったら俺に勝ててただろ?なんで最後まで戦わなかった?」

 

 アレクというのは僕の名前だ。

 しかし、自分でもよくわからない。なぜあの時体は硬直してしまったのだろうか?


 「わかりません父上。でも体がこわばっちゃって......」


 神妙な顔で父と母は顔を覗き込んで二人で顔を合わせる。


 「人と戦うのに慣れるのには時間がかかるからしょうがないわね」


 「まぁ、そうだな。年相応でいいじゃねぇか。まだ時間はあるんだし。」


 時間?何のことだろうか。

 しかし父と母は満足げにしている。

 

 「父上、時間というのは......?」


 「まだ教えられないかな~」


 とウインクを飛ばしてきた。

 母なら教えてくれると目線を送るとにこやかな顔のままご飯にしましょ、と言って家の中に父とともに入っていった。

 

 なんだか釈然としないが教えてくれないならしょうがない。


 庭に寝転がり、のどかに流れる雲を見ながら思いをはせる。

 最初はすぐ喋れたり、動けているのを見て天才だの、神の子だの騒いでいた両親もすこし不気味だったろうに気づけばそれが当たり前かのように接してくれている。


 先ほどの硬直といい、自分の前世を確かに感じるのに、一向に記憶を思い出す?ことはない。


 ごはんよ~と母の声が聞こえてきたので立ち上がり、家に向かったその時。

頭に鋭い痛みが走り、その場に蹲ってしまう。


 すこしずつ、誰かの記憶がなだれ込んでくる。

 旅立ち、出会い、そして別れ。

 

 「大丈夫!?」

 

 母が駆け寄ってきてる足音を感じて意識は落ちる。

 

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勇者の贖罪 昏昏 @IkiikI

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