第四話 運命の歯車がまた動く

「標的は一匹だ!絶対に逃がすな!」


 ウラマキの言葉と共に隊員が動き出す。こちらの軍勢は二十人と少し。それぞれが武器を構えながら突撃していく。ルルは後方支援という名の実戦見学らしい。ルルは物陰に隠れながら戦いを見ていた。そこにはキムの姿もある。

 ルルは言わずもがなあの奇形を知っている。街から追い出してきた子だ。なぜ彼女がここに居るのかとか何をしに来たのかとかは考えているほど余裕はない。明らかに彼女は劣勢である。大勢相手に一人の少女が敵うはずがない。余命が決められ、無慈悲にも差別されている存在。元は人間なのに人間に忌み嫌われ、迫害され、救いの手すらない。なんて可哀想なのだろう。彼女はこのままでは殺されてしまう。逃げろ、と心の中でルルは叫ぶ。そんな願いとは裏腹に殲滅隊は彼女を囲うように陣形を組み、一斉に襲い掛かった。見ていられないであろう凄惨な未来を予想し、ルルは目を瞑った。


「がはっ……!」


 男の声だ。ゆっくりと目を開けると、殲滅隊は蹴散らされていた。何が起きたのだろう。猫耳の少女は立っている。なにか外傷を与えられた様子もない。少女の眼はゴミを見るような眼だった。そしてその目線の先にはウラマキがいた。さすがの副隊長も動揺を隠せていない。


「な、何をしている!奇形一匹になぜ手こずっているのだ!」


 痛みに耐えながら隊員達は起き上がる。皆何が起こったのか分かっていない様子だった。


「奴の異能に注意しろ!きっと何かの力を使ったに違いない!」


 隊員の一人が声を荒らげて言った。そして警戒するように少女と距離を取る。しかし少女は一人の隊員と一気に距離を詰める。


「なっ……!」


「遅い」


 彼女の右手が胸ぐらを掴む。そして他の隊員を巻き込んで投げ飛ばし、隊員は壁に叩きつけられた。他の隊員は完全に怯えきっている。それでも一人、また一人と彼女は倒していく。

 ありえない。武器はそれぞれだが、隊員の中には銃を装備している者だっているのだ。ここまでこちらがやられることがあるのか……!


「あなたで最後だね」


 少女はウラマキ副隊長を睨む。張り詰めた空気。互いに睨み合う。さっきまでの銃声だの雄叫びだので騒がしかった戦況とは打って変わって静けさが二人を包み込む。一歩前に踏み出す少女。それに合わせて副隊長も銃を構える。自動小銃というやつだろうか。

 

「俺だって戦えるんだぜ」


「そう。あとそこの物陰に一人潜んでいるね。その子は何?奇襲にでも使うつもりだったの?」


 バレていたことにびっくりし、怯えるルル。いつから知っていたのだろう。


「そいつはただの見学者だ。まぁ今の戦いまで良いとこ一つ見せられてない残念な見学内容になってるけどな」


「そう。じゃあ邪魔しないで。怪我人増やしたくないならとっとと帰ってくれない?」


「それは出来ないな、嬢ちゃん。俺らは殲滅隊だぜ?奇形一匹逃したらハルトさんやルカさんの顔に泥塗っちまう」


「……」

 

「さっきは俺の可愛い部下をずいぶん可愛がってくれたなぁ!」

 

 そう叫び、ウラマキは煙幕を投げて視界を奪う。こちらからは全く状況が見えない。煙の中から少女が吹き飛ばされて出てきた。急いで受け身の体制を取る。しかしそんな暇もなく二撃、三撃と追い詰めていくウラマキ。少女に弾は当たっていないが、形勢は押しているウラマキ有利と言えるだろう。

 少女との距離が五メートルほどのところまで追い詰めた。ウラマキはしっかりと狙いを定めて少女に銃を向ける。

 

「これで終わりだ」

 

 何も言わず睨むだけの少女。相変わらずウラマキの表情は見えないが、明らかに疲れているのが分かった。


「今楽にしてやるよ」


 ウラマキが引き金を指で引こうとするその瞬間、少女は隠し持っていた銃で右手を撃った。仰け反るウラマキ。そして右手を押さえつけ痛がる。ウラマキの悲痛の声が鳴り響く。敵に隙を晒したと理解した時には遅かった。背後に回られ、右腕を拗られる。バキッという音が確かに聞こえた。


「ああああああああぁぁぁ!!!」


 少女が、それなりに鍛えているであろう男性の腕をへし折ったのだ。ウラマキはあまりの痛さに悶え苦しんでいる。立ち上がろうとするが上手く立つことが出来ない。


「だから帰れって言ったのに」


 少女はそう言い放ち、立ち去ろうとした。


「ま……待て!」


 ウラマキは彼女に向かって叫んだ。しかし彼女は歩みを止めない。


「まだだ……まだ終わっちゃいない……!」


 その言葉を聞き、足を止める。


「何?」


「俺ら…は……まだ………戦える…!」


「左腕も折られたくないでしょ、やめなよ」


「俺は無理でも…仲間がいる……!」


 そう言うと、少女の背後からキムが奇襲をした。

 一瞬反応に遅れ、拳が顔面を掠った。少女はキムと距離を取り、体制を立て直す。


「銃とか剣とか使わない子もいるんだ」


「結局これがわしの中で一番強いんや」


 そう言ってキムは手をポキポキと鳴らし、両手の拳を合わせた。


「行くで」


 キムは飛びかかり踵での蹴りを入れようとする。少女はそれを避ける。キムの着地した地面は異常なほど抉られている。ルルはバトル漫画を見ている気分だった。

 連続で色々な技を出していくキムだが、どれも少女には届かない。壁まで追い詰めるも、その拳は躱され、建物にヒビを加えただけだった。

 ここで少女は反撃に出る。右手には青くモヤがかかっている。それはまるでオーラを纏わせたように燃え上がっている風にも見える。右手の爪が獣の爪のように鋭くなっている事にルルは気づき、思わず声が出る。


「キム、危ないっ!!!」


 そういった時にはキムにはかなり深い引っかき傷が付けられていた。血を吹き出すキム。少女は血を落とし、キムに確実なトドメを刺そうと近づいていった。

 まずい、キムが……

 その時には既にルルは少女の前でキムを護るようにして両手を広げ立っていた。


「邪魔」


 また彼女はルルを睨む。しかしその言葉はなぜか悲しみがあった。後悔しているような、自責の念のような。


「これ以上はやめてください!」


 ガクガクと震えた足と手で必死に訴えかける。怖い。怖くて動けない。唇もピクピクと小刻みに動き怯えている。勝ち目がないと分かっているのに、どうして身体を張ってキムを護るのだろう。その行動理由をルルは分からなかった。


「もう…手出しはしませんから……帰りますから……どうか…どうか……もうやめてください……」


 情けなく土下座をし、命乞いをするルル。ごめんなさい、副隊長。ごめんなさい、隊員の皆さん。もう苦しむ姿を見たくないんです。そして友達が死ぬのを黙って見てられるほど僕は我慢強くないんです。せめてもう被害を出さないように。最後の犠牲が僕でありますように……

 そう思ったルルだったが奇形はくるりと方向を変え、立ち去った。その背中はどこか寂しかった。

 ――この世界は化け物で溢れている。ルルは改めて実感させられた。


 ◇ ◇ ◇


 駆けつけた増援と医療班によって全員一命は取り留めた。というより、あの奇形が殺すほどの攻撃をしてこなかったそうだ。

 殲滅隊本部の五番隊病室にてルルはキムの様子を見ていた。さっきは勝手な行動をしてくれたなとウラマキ副隊長にこっぴどく叱られた。


「えーっと…ルル君だっけ?」


 後ろから声をかけられる。振り返ると、癖毛がパヤパヤと跳ねている白衣を着た左頬に傷のある女の人が話しかけてきた。


「安心して。その子にも命に別状はないから。今は疲れて寝ちゃってるみたい」


 とても優しそうな人だ。保健室の先生みたいな、そんな優しさ。きっと五番隊で働いている真面目な隊員なんだろうなというのがなんとなく分かる。

 するとまた一人、前髪で目が隠れてしまっている男の子が入ってきた。さっきの隊員に少年は話しかける。


「コマル隊長!応急処置は終了しました!ウラマキ副隊長の右腕の骨が折れていますが、命に別状はありません!」


 この人隊長なんだ。危うく無礼を働くところだった。


「ありがとう、オモチ。それじゃあ引き続き様子を見てあげて」


「了解です!」


 オモチという名の少年はそう言って走り去ってしまった。それとすれ違うような形でルカが入室してきた。やはり入室した瞬間他の隊員もお辞儀をする。きっと目上の人への礼儀なんだろう。


「お疲れ様です、ルカさん」


 コマルはルカの方に近づいて言った。

 

「お疲れ。今回の件、変わった奇形が出てきたと聞いたんだが」


「はい。私怨や食欲で人を襲うということはせず、ただただ歩いていたのだとか…そもそも門番がいるにも関わらず、奇形が気づかれずに都市部に侵入することは不可能です。となると、教団やサメジマ一家の犯行の可能性は……」


「そうだね…いや、可能だったかもしれないな」


「それは…どういう……?」


 なにか二人で話しているみたいだ。サメジマ一家ってなんなんだろう。暴力団みたいな名前で物騒だ。それを言ったら殲滅隊も物騒か。


「ふむ、まぁ私も今思いついた話だ。まだ仕事も残ってるんでね、後で話すよ」


 ルカはすぐに出ていった。あの人もきっと忙しいんだろうなとルルは思った。するとコマルがルルに話しかけてきた。


「ねぇルル君。今回の奇形ってどんな感じだったの?話し合って退けたって聞いたんだけど…」


「えっと……」


 正直必死すぎて何も覚えていない。強いて言えば土下座したことくらいは覚えている。あとは……


「とても悲しそうでした」


「悲しそう?どうしてそう思ったの?」


「……分からないです。でもどこか寂しそうで……」


 悲しそうだった。彼女はなにかに囚われている気がする。残り少ない寿命が彼女を苦しめているのだろうか。確か奇形は体内にドミネの細胞を入れてしまった時点で赤子が孕むらしい。

 ――治せないのだろうか?


「あの、奇形は元は人間なんですよね?人間に戻すことって出来ないんですか?」


 治す手段がないなんてことはないだろう。そう期待した。しかしそんな希望はあっさりと切り捨てられてしまった。


「……ないの。私も助けたいって思っているの、でも全然ダメで……。研究したくてもそもそも協力してくれる奇形なんていないのよ。私達殲滅隊はドミネ含め奇形を沢山殺してきたんだから……」


「そんな……」


 本当に救いがない。どうしようもないやるせなさがルルの中で蠢く。


 ◇ ◇ ◇

 

 しばらくすると、キムが目を覚ました。

 

「ん…んぁ……」


 ルルは安堵し、おはようとキムに言った。


「あ、ルル!生きとったん?!良かったぁ……」


 キムもまた安堵した。互いに互いの事を心配してたみたいだ。ふふふっとコマルは笑った。


「仲良いのね」


「そりゃもちろんです!」


 キムが思ったより元気そうで良かった。暫くは安静にしててね、とコマルに言われる。はーいと返すキム。コマルは別の患者のところへ向かっていった。


「ルル、あの時必死に護ってくれてありがとうな!ナイス土下座!」


 あんまり見られたくなかったと心底思う。普通に恥ずかしい。でもキムを救えたと考えれば安いものだと感じる。


「ううん、そっちこそ生きていてくれてありがとう。あの戦いかっこよかったし」


「へへっ、そう言われると照れるやんか」


 キムは嬉しそうに顔を赤らめた。


 ◇ ◇ ◇


 ルカは足早に仕事場へ戻った。扉を開けるとそこには先程まで殲滅隊と一戦交えていた奇形の少女の姿があった。ルカはその少女になんの疑問もなく話しかける。


「やぁ、レイ」


「…仕向けたでしょ」


「なんのことだい?」


「誤魔化さないで」


 淡々と言葉が交わされる。空気感は最悪。険悪ムードだ。


「私と殲滅隊を戦わせるように仕向けたでしょ。なんで?」


「さぁ、なんのことだか。まさか報告された奇形が君だったとは思ってもいなかったよ」


「……」


「冗談だから睨まないでおくれ。確かに謀ったことさ。『奇形街』にただの人間がいるってなったら真っ先にソイツを追い出すのはレイだろう。サメジマやその一味なら殺してるだろうしね。ここからはただの憶測だが、色々考えた上でほっとけなくて急いで都市部にはいったんだろう?焦って入ってくるところはバッチリカメラが捉えていたしね」


 レイは不機嫌そうな顔になる。それでもルカはにやけ面をやめない。


「どうだった?うちの部下達は。だいぶ良いメンバーだろう?」


「とっても弱い。だいたいの奴は私に触れることすらできてない」


「手厳しいねぇ」


 勝手に取り出したコップに水を入れてレイは飲む。そしてテーブルに置き、口を開いた。


「でも面白いものが見れた」


「ほう?」


 レイは思い出す。まず自分に奇襲を仕掛けてきた金髪の少年。本当に生身の人間なのか疑う程の怪力だった。そしてその少年を護った黒髪の少年。そういえばあの少年は私が追い出した少年か。なにか奇妙な縁を感じる。

 レイは水を飲み干し、叩きつけるようにテーブルにコップを置いた。


「また来るから」


 そう言ってレイは窓から飛び降り、去っていった。

 ルカは何事も無かったかのように自分の仕事へと戻った。


 ◇ ◇ ◇


 レイは建物の屋根を伝いながら都市部を脱出し、壁を軽々超えた。本来奇形は殲滅隊との抗争以外で都市部に入ってはいけない決まりがある。ただレイには定期的に訪れなければならない理由があった。瓦礫の山を見渡しながらレイは奇形街の方へ歩き出す。そこで人影を見つけた。その人影はレイを見て、手を振る。


「やっほ、レイ。こんなところで何してたの?」


 ルルを助けた少女、ソラだった。ソラはフードを脱ぎ、ショートヘアの白い髪と右頭部から生えているダークブルーの角が顕になる。彼女もまた奇形なのである。


「ちょっと用事があってね」


「都市部に?ルカさんにでも呼ばれたの?」


「いや…」


 レイはソラに今までの事を話す。するとソラは驚いていた。


「……災難だったね、殲滅隊が」


「そうかも」


「あとその追い出した子、多分私が南門まで連れていった子だ」


「ソラが?」


「うん。記憶失くした子でしょ?たまたま歩いてた時に襲われてるところ見かけてさ、助けたんだよね。それで何故かルカさんからの客人証持っててさ、何も分かんないみたいだし都市部の方がここより断然安全だから案内したんだよね。それに話聞いてると奇形街で目が覚めたって……」


「ルカの客人証?なんで持ってるの?」


「さぁ…?そもそも人間なのに奇形街にいたこととか、客人証のこととか、記憶喪失とか……なんか謎が多い子なんだよね」


「そうなるとルカが怪しいけど」


「だよねー」


 記憶喪失の少年とルカ……なにか繋がっているのだろうか?聞いてみるか?いや、あのルカのことだ。聞いたとしてもはぶらかすに違いない。

 なにかが起こり始めている。きっとあの少年がなにかの鍵だ。その鍵が今日目を覚まし、事が進んだのだ。ずっと動かなかった運命の歯車が、時間をかけて動き出したかのように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

永ノルル 近藤 あげぽよ @Agepoyo_Kondo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画