第三話 入隊初日
「殲滅隊の…一員に……?」
「うん、君は縋る宛がないんだろう?そして我々は現在戦力は一人でも欲しい。勿論三食寝床も用意しよう。互いの利益は合致しているとは思わないかい?」
突然の話にルルは困惑した。
「い、いやいやいや!ちょっと待ってください!まず殲滅隊ってなんなんですか!!!その説明がないと怖くて了承出来ませんよ!!!」
「あぁ、そういえば君は何も覚えてないんだから殲滅隊を知らなくて当然か」
本当にこの人って人事とかをしている組織のナンバーツーなんだろうか。
「殲滅隊ってのは、簡単に言えば『ドミネ』っていう化け物をこの世から排除することを生業のひとつとしている組織だな。理念とかは……今は人によってだな。でも大体はドミネを一匹残らずこの世から消滅させて平和を実現させることだと思う」
ドミネ……そういえばソラさんに説明してもらったっけ。あの蛇みたいな生物もドミネって言うらしい。
「他にもイディア教団関係とか奇形の……ってこれも説明しないとか」
「お願いします」
「イディア教団は我々とは真逆、ドミネを本来の人間の姿として崇めているんだ。当たり前だが殲滅隊とは対立している。んで、イディア教団に入団した人間はドミネに襲われないし、従えてる奴だっている。誘拐とか強奪とか色々やってるから都市部の人間には嫌われてるみたいだね」
「ドミネが…本来の姿……?」
あの蛇を思い出す。あれが人間の本来の姿と言いたいのか……そしてアイツらに襲われないというメリットはデカい。多分そんなに信仰心とかが無くても襲われなくなるって理由だけで入る人もいるのだろう。すると組織の規模自体は大きいのだろう。
「最後は奇形だな。コイツらはドミネの母親だ。母親と言っても男女は問わない。体内にドミネの細胞が入った人間はもれなく奇形になる。奇形になったら個人差はあれどいずれは腹を裂かれながらドミネを産んで死ぬ。道中で猫耳の子に会ったと言ってたね。その子は間違いなく奇形だ。奇形の特徴には
胸が苦しくなった。あの猫耳の子は自分の残酷な死を待つことしか出来ないのか……
脳裏に過ぎるあの言葉。君のような子が来る場所じゃない、出ていって。その言葉がルルの中で何度も繰り返される。
「教団もドミネを産み出す彼等は重宝するし、我々もドミネを産むとなれば殺さなきゃならない。板挟みな存在だね」
「そんな……」
「可哀想だと思うかい?でも彼等を生かせば我々の明日は無くなる。彼らが必死に生きるように我々も必死なんだよ」
断片的な記憶がルルに問いかける。人々は助け合って社会を成り立たせ、平穏を築き上げていたはずだ。なぜ今の彼等は蹴落とし合いながら必死に生きているのだろうか、と。
「我々の社会はドミネを中心に回っているといっても良い。我々はドミネを排除し、教団はドミネを崇め、ドミネは奇形を作る。その中にそれぞれの対立がある」
「……嫌な世界ですね」
「全くだ」
ルカのその眼はどこか虚ろだった。虚ろでありながらなにか一点を見つめている。その先に希望を見出そうとしている……ように見える。するとルカはいきなりルルの方を向き、虚ろな眼から獲物を捕らえるような眼に変わった。
「それで、宛のないルル君は我々の一員になってくれると信じているんだが、どうだろうか?」
この高圧的な話し方は確実にイェスと言わせる話し方だ!手口が悪どい!
答えに悩んでいるとノック音が部屋に鳴り響く。
「すまないルル君、少し待っていてくれ」
ルカはそう言ってどうぞ、と言った。
「失礼します」
扉を開け、二人の男が入ってきた。一人は筋肉質でヘルメットを被っている顎髭が特徴的な人物。もう一人はサングラスと鼻まで隠すように身につけているネックウォーマー、黒い帽子を被った男。顔の大半が隠れているそのファッションは不審者そのものだ。ヘルメットを被った男がルルの方をチラッと確認してから話す。
「客人との対談中申し訳ございません。前回の戦闘の損害と我々四番隊の北部拠点の調査結果の報告に参りました」
「資料にまとめてる?」
「はい。こちらであります」
そう言ってヘルメット男は手書きであろう資料をルカに提出した。軽く資料に目を通すルカ。読む速度が目の動きで分かる。明らかに速い。ちゃんと読んでいるのだろうか。
「ご苦労、イクサ四番隊隊長。ウラマキ副隊長。近いうちに教団が仕掛けてくると私は見込んでいる。次の戦闘に備え、人員補充と武器管理をしてくれ。それに合わせ二番隊との情報共有、一番隊との連携をしておくように」
さっきまでの大雑把なルカとは違い、的確な指示を部下に出している。そして二人の名前はイクサとウラマキか。ヘルメット男がイクサ、不審者ファッションがウラマキなのだろう。リーダーよりも隊長の方が位が低いのか。基準が分からない。
「はっ。では我々は失礼致します」
イクサが敬礼のポーズをし、それに合わせるようにウラマキも真似する。そして退出しようとしたところをルカが引き止めた。
「ちょっと待ってくれ」
「どうしましたか?」
「そこの客人、記憶喪失で宛がないらしい。だから殲滅隊で引き取ろうと考えているのだが、配属先に四番隊を指名したい。良いかい?」
まだ入るって言ってませんけど!僕に拒否権はないのか!!!
「構いませんが……それにしてもあの商人以外の客人とは珍しいですね。また古い付き合いですか?」
「そういう訳では無いね。ただ記憶を取り戻さないと話にならなくてね。記憶が戻るまでの間、預かってくれないかい?」
「了解しました」
「あの……まだ殲滅隊に入るなんて……」
「匿ってもらう為にここに来たんじゃないのか?心の広い私でも流石にタダ飯を食わせる訳にはいかない。匿う代わりにここで働くってのが礼儀ってやつじゃないかい?」
何も言い返せなかった。入る以外の選択肢は残されていない。本来なら死んでいて当然だったのだから、匿われただけマシと考えるべきだ。言い返せないルルを見てルカはニヤける。
「納得してくれたみたいで良かったよ。二人はイクサ隊長とウラマキ副隊長、これからはルル君の上司に当たる人達だ。これからは失礼のないようにな。じゃ、ルル君を隊員寮に連れて行ってくれ」
イクサとウラマキと共にルカの部屋を退出した。そして二人の後をついて行った
◇ ◇ ◇
隊員寮と呼ばれる場所は簡易的な二階建ての建物だった。ウラマキに案内されるルル。イクサは本部での仕事が残っているからということでウラマキにルルのことを任せた。殲滅隊の本部から南西に少し歩いたところにあるそれの中には何部屋も同じ造りの部屋が用意されている。内装は二段ベッド二つに小さい四角テーブル一つ、天井から電球が吊り下げられているだけの安易な造り。ルルの部屋は百十四号室となった。
「お前の他にもう一人、この部屋に住んでいるやつがいる。同い年くらいだから喧嘩すんなよ」
ウラマキはそう言って扉をノックした。はい、という声がしてガチャと扉が開く。そこには自分と同じくらいの背丈の金髪の子がいた。
「どうしましたかー?あれ、ウラマキ副隊長、そん子は?」
独特な、聞き慣れないイントネーションで金髪の子は話す。
「今日からここに住むことになったルルだ。仲良くしてやってくれ」
「おぉ、わしにも遂に同居人が!!!嬉しいなぁ!ずぅーっと一人だったから寂しかったんよ」
なんというか、元気な子だ。
「ルルやったっけ?わしはキム!ただのキムやで!よろしくなルル!!!」
「えと、よろしくお願いします」
「敬語じゃなくてええよー、その方が友達慣れそうやし。あ、でも敬語の方が楽ってこともあるよな?なら無理に敬語やめてって言ったらあかんかー」
「敬語なくていいなら…よろしく、キム」
「おう!よろしくな!」
◇ ◇ ◇
食堂やシャワーの場所や、隊員寮のルールなどについての説明が一通り終わり、ルルは部屋でキムと話していた。
「ルルはどっから来たん?北居住エリア?それともわしと同じ東居住エリア?」
「えっと、実は記憶が全然なくて……このスクラップの壁の外の街で目を覚まして、そこから宛を探してここまで来たんだよね」
「えええ!?記憶が無い!?しかも外から来たんか!?外はドミネで溢れ返っとるんよ?どうやってここまで来れたん?」
ルルは今までの事を説明した。キムは真面目にそれを聞いている
「なるほどなぁ、ここまでご苦労さまやで、ほんまに」
「ありがとう。ところでなんだけど、四番隊って何なの?そもそもあんまり殲滅隊の組織についてあんまり分かってないんだけど……」
「あぁ、そうなん?ならざっくりやけど説明するわ。殲滅隊ってのは五つの隊からなる部隊でな、一から五まで隊があるんよ。一番と四番隊は主に戦闘。違いは一番隊は少数精鋭部隊で四番隊は数で戦うみたいなイメージやな。二番隊は諜報機関、教団とか敵の情報を探る集団やね。三番隊は武器管理、五番隊は医療って感じやな、大体。隊をまとめるのが隊長で、その隊長をまとめるのが総隊長。その総隊長含めた隊長に指示を出してるのが副リーダー。そんでトップがリーダーやな」
「ふーん……」
組織の規模は想像よりかなり大きい。それだけの組織が作られるだけの人員がまだこの世界にあることに驚きだ。それに諜報とか武器管理とか医療とか、廃れている文明の割にはちゃんと整備されている。
「そういえばなんでキムは殲滅隊に入ろうって思ったの?」
「んー……尊敬する人がいたってのが大きいかな」
「尊敬する人?」
「ハルトさんっていう、殲滅隊のリーダー。元はわし、荒くれやったんやけど、教団との戦いを間近で見た時に感動したんよ。こんな強い人がおるんだって。そう思った時にはもう入ってたな。今はまだ下積みやけど、いずれはハルトさんみたいな人になりたいって思っとるって感じー」
ハルト……殲滅隊のリーダーなだけあって実力はかなりのものなのだろう。キムが熱弁するその人物にルルは会ってみたいと思った。
さっきまで熱弁してて笑顔だったキムがいきなり真顔になった。
「ルル、わしは全然大丈夫やけど他の人に下手に入隊理由聞くんはやめとき」
神妙な面持ちでキムは話す。いきなりの落差にルルは驚いた。
「殲滅隊に入る理由なんてだいたいは復讐や。家族が殺された友人が殺された恋仲にあったもんが殺された…とかな。大抵大事な存在失って、失って失って失いまくって復讐くらいしか残されてない人間が殆どや。当たり前やけどわし含め家族がいないのが普通やからな。ドミネぶっ殺したい教団ぶっ潰したいって理由のやつなんてザラやない。むしろわしみたいな理由のやつは少ない。皆生きること以上に復讐しようとする。そして復讐できず死んだ仲間見てその仲間が復讐を誓う。負の連鎖や」
「…………」
そうか。家族が居ないのが当たり前、なんだ。皆復讐する為にここに入ってくるんだ。この終末世界は自分の感覚的な記憶の当たり前は通用しない、とルルは改めて実感する。ここは正に地獄なのだろう。
「あぁ、ごめんな。めちゃ嫌な話やったな…」
黙ってしまったルルをキムがハッとなり心配そうに見る。
「ううん、大丈夫。むしろ教えてくれてありがとう」
「めっちゃええ子やん…わし感動するわ……」
「ちょっと、なんで泣いてるの」
二人でそんなことを話しながら笑っていた。するといきなりドンドンドンと大きな音を立てて扉がノックされた。返事する間もなく、ウラマキが入ってくる。
「お前ら、奇形がこの近くで出現したらしい。キム、ルル、出動だ」
「え、僕も行くんですか?」
「当たり前だろ、戦わせることはないが、新人のうちに本番の空気ってのを感じとけ」
新人というか、ここ来てまだ初日なんですけど。数時間前に入隊したばかりなんですけど。しかしそんなことなど関係なしという様子でキムもウラマキも準備を進めていた。
キムは既に装備をし、準備完了といった様子だ。ルルも支給された最低限の装備を着て、現地に赴く。
隊員寮から皆が一斉に出て、出現したという南居住エリア付近に向かうことになった。現地に到着すると、一体の奇形がいた。その姿はルルが知っているものだった。
猫の耳が生え、パーカーにミニスカート、黒く長い髪を靡かせる少女。それが今回の討伐対象だった。
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