第二話 『ルル』
運良くここまでの道のりで化け物に遭遇せず、ホッとする青年。すると未だにフードを深く被った彼女が口を開く。
「そういえば自己紹介を忘れてたね、私はソラ。覚えていてもいなくてもどっちでもいいよ」
「ソラさん…ですか」
「君の名前は……あぁそっか、覚えてないんだっけ」
青年は頷く。自分の名前さえ分からない挙句、女の子に助けて貰っている自分が情けない。ソラと青年は都市部に向けて歩く。
ここら辺はかなりビルが建ち並んでいた場所のように思える。全体的に高い建物が多い。電柱やガードレールも道の端にはある。大抵は破壊されているのだが。
「あのスクラップで造られた壁が見える?」
三キロ程先に確かに壁がある。それは廃車や瓦礫、鉄クズ、壊れた電化製品といったもので出来ている壁。きっとさっきのバケモノ…ドミネから身を守る為に建設されたものなのだろう。
「あそこに南門があるからそこから都市部に入れるよ。南門近くまではついていけるけどそこから先は一人だからね」
「え……?ソラさんがいないと匿ってくれる人の宛が分かんないじゃないですか……」
「大丈夫、私がいなくても会えるから」
やっぱり不安だ。なんでそんな自信ありげに不確定なことが言えるんだ……。
あの壁のすぐそこまで歩いてきた。改めて見ると意外と大きい。十メートル以上はあるのではないか。ソラは青年の方を見て言った。
「私はここまでだから、後は私が言った通りのことをするんだよ?」
「えぇ……っと」
「心配しないで、成り行きに任せれば何とかなる」
青年ははい、と返事をしたはいいもののやはり不安だと思った。彼女は行ってしまった。結局顔はよく分からないままだった。仕方なく青年は門まで歩くことにした。
◇ ◇ ◇
正門の近くに二人の男が立っていた。門の傍まで青年が行く。その瞬間に二人の男が青年に接近し、銃を向けられた。
「何者だ!」
「えっと…僕は……」
この男達、銃を持っている。下手な行動をしたら確実に殺される。なにが成り行きに任せてだよ…ソラさん……!
「こいつ外からやって来たのか?明らかに怪しい、奇形やドミネの類だろきっと。殺っちまうか?」
「確かに怪しいけどよ、俺らの独断で殺っちまってもいいのか?」
「コイツはここに入ろうとしたんだ!怪しいだろ!殺るしかねぇだろ!」
殺されそうなんですけど。ソラさんこのこと想定してないでしょ。青年は今すぐに逃げ出したかった。ただ流石に銃を向けられてる状態で逃げようと思う程肝は座ってなく、逃げる術もない。
「まぁ落ち着けって、おいそこのお前」
「は、はい!」
「お前なんで外にいるんだ?そもそも人間か?」
「……外にいた理由は分かりません。記憶が無いんです。人間だとは思います」
「やっぱコイツ怪しいだろ!記憶ないとか都合が良すぎるぞ!」
「お前はちょっと黙ってろ。だいたい、嘘つくならコイツがあまりにも救えないくらいのバカじゃない限りもっとまともな嘘つくだ。それじゃあもう一つ、お前はなんでここに入ろうとした?」
「それは……ここに僕を匿ってくれる人がいるって言われたから……」
これはきっと尋問だ。下手なことを言ったら殺される。嘘はつかずに正直に知っていることを全て話そう。
「その人はどんな人だ?」
「分からないです」
「……じゃあ、そう助言した人物は?」
「えっと、ソラって名前で……顔とかはフードを深く被って居たので分かんないですが…多分女性で身長はそんなに高くなかったです……」
「なぁ、ソラって奴知ってるか?」
「さぁ……?少なくとも殲滅隊にそんな人間は聞いた事ねぇな」
「そのソラって奴の情報は他にないのか?」
青年は例の紙のことを思い出した。確か門番に見せるんだったよな……?そうすれば宛ができるって……。
ちょっと待ってくださいと言って焦りながらポケットからそれらを取り出した。
「これを見せろ、とソラさんに言われました」
まじまじと門番の男二人が見る。すると男のうち一人が紙を奪った。そしてコソコソと二人で話し始めた。
しばらくすると尋問してきた方の門番が青年に近寄ってきた。
「えーっと……?」
「ほら、着いてこい」
何が何だかよく分からないままだが今から何処かへ連れていかれるらしい。とりあえず一命は取り留めたのだろうか……
◇ ◇ ◇
都市部には入ることが出来た。周りをキョロキョロと見渡す。ここら辺の建物は比較的破壊されていない、というより修復されている様に感じる。
先頭を一人の男が歩き、後ろにはもう一人が青年を睨むように見ている。今は大人しく従うべきだと青年は判断する。
しばらく歩いた後に、先頭の男が立ち止まり青年に
「着いたぞ」
と言った。かなり大きい建物だ。元々は大型のビル?歩いている時は気づかなかったがここら辺は人が多い。一人一人がそれなりの生活ができていそうだ。
そのまま入口へと向かわせられる青年。入口の近くにある看板には『殲滅隊』という文字。
「殲滅隊……」
「何をしている」
少しばかり怒られてしまった。急いでついて行かないと。殲滅隊、たしか目指していた場所。それにしても殲滅隊って物騒な名前だな……。
青年と男二人は建物の中に入る。建物内はかなり広い。人もかなりいる。入った瞬間から皆の視線が青年に向く。しかしそれは一瞬だけで、あとはいつも通りに戻っていく。こんなことは多分珍しくないのだろう。しかし一名だけこちらに近寄ってきた。背の高い細身の若めな男性。彼が目の前を通ると全員がお辞儀をする。偉い立場の人間なのだろうか。男二人も彼にお辞儀をする。
「お疲れ様でございます。ルカ副リーダー」
「お疲れ。ちなみにその子はなんだい?」
ルカという名前なのか。副リーダーという役職がどのくらい偉いのかピンと来ない。
ルカは青年をジーッと見ている。
「門番をしていたところ、怪しい者がいた為連れてきました。この男、記憶がないと言うのです。都市部の外側を歩いていた所を確保、何やら都市部に自分を匿ってくれる人をソラという人物から紹介されたとか。そのソラという人物もこの男が言うには女性で身長が低めということしか分かっておらず……」
「ほう、なるほど。確かにそれだけ聞くと怪しいな。それで?」
「それだけならまぁ…良かったのですが……」
「歯切れが悪いね」
「……ルカ副リーダーが差出人の客人証が……」
ルカは驚いた表情を見せる。
客人証?アレはルカという人物からの物だったのか。
「それなら私の客人だ。案内するよ」
「怪しくないですか!?記憶喪失で身元不明、我々の知らない人物との接点。こいつはきっとルカさんの客人証を奪って来たんだ!!!教団の人間かもしれない!!!」
「ほう、面白い考察だね。君は私が
「い、いえ……そんな訳では……」
「なら分かるだろ。私はこの青年に確かにこの客人証を渡した。まぁ、記憶が無くなっているってのは想定外だけどね」
「そうでありますか……」
「それじゃ君達は門番に戻って良し!……あー、あとせっかく門番二人なんだから片方は門番させときなよ。不安なら応援呼ぶとか」
「も、申し訳ございません…」
じゃあ行こうかと、ルカは青年を連れて階段を上り、『司令室』と書かれた部屋に入った。テーブルを挟んで向かい合わせになっているソファに腰掛けるルカ。座りなよと青年に言う。ルカの向かい側に青年は座る。何か飲み物でも持ってくるよとルカは言って立ち上がった。
「お茶でいいかな?麦茶くらいしかないが」
「え、あ、は、はいっ」
緊張のあまり声が上手く出せない。この男には謎の気迫がある。見た目は本当に弱そうなのに。
それにしてもここの建物は比較的新しいというか、手入れがされているというか、よく見ればヒビが入っていたり床が少し抉れていたりするが他と比べるとマシではある。司令室と書いていたが客間もあるのか。本棚には大量の本、デスクは資料やら何やらの紙で埋まっている。何枚かその紙が床に落ちてるくらいには多分整理整頓が苦手な人なのだと物語る。
ルカは麦茶を二つテーブルに置き、座った。
「改めて、私の名前はルカ。一応殲滅隊の中では二番目に偉い副リーダーという立場だ。人事とか作戦指示とかがメインの人って覚えておいてくれ」
この人そんなに偉かったのか。役職名が『副リーダー』ということはトップはリーダーとかなのだろうか。作戦指示とか言っていたが、なにか戦っているのだろうか。
「まず聞かせてもらうが、記憶喪失は演技かい?それとも本当にそうなのかい?」
「…演技じゃないです」
「記憶ないのか」
「はい……」
長い沈黙が走る。非常に気まずい。ルカはずっと青年を凝視している。実験動物を観察しているかのような眼で青年を見続ける。
「なにが分かってて何が分からないのか把握したい。色々質問するよ」
「え、は、はい」
「まず年齢」
「……分かんないです」
「性別は?」
「男だと……」
「家族は?」
「記憶にないです」
「外は凄く危険だと思うんだけど、どうやってここまで?」
「ソラさんという方が途中まで着いてきてくれました」
「ソラってのは身長と性別くらいしか分かってない人の事か」
「…そうです」
「その子と会うまでの詳細を話してくれる?」
「えーっと……まず目が覚めて、記憶が全くないことに気づいて、そして……。そうだ、手がかりがないか街を探索していたら猫耳の生えた女性に街を追い出されたんです。そしたら蛇の様な頭と目が沢山ある生物に襲われていたところをソラさんに助けて貰ったんです」
「興味深い話だね。記憶が無い……猫耳の生えた子にあった……そしてソラがドミネに襲われているところを助けた……そのドミネを蛇と例えた……か」
彼はニヤリと笑う。
「君の知識量は異常に高いね。猫も蛇も残された文献を調べない限り分からないはずだ。その二つの生物はこの辺ではずっと前に絶滅してしまったからね」
「絶滅……?」
「おっと、その反応は絶滅したのに驚いているって感じだね。いるのが当たり前だった人にしか出来ない反応だよそれは」
「確かに、そんな記憶はありませんが感覚的にいるのが当たり前でした」
「その猫耳の子ってのも気になるね。それは明らかに『奇形』の特徴だ」
「奇形?」
「まぁ、それは後でゆっくり聞くとしようか。まず、君は記憶喪失の件や自分との常識がズレている世界についてどう思うんだい?」
「どう、と言われても……」
青年は色々思考を巡らせた。巡らせた後にひとつの答えを出した。
「異世界…転生したから……周りと違う…とか……?」
ルカはブッと吹き出した。青年の顔はみるみる赤くなる。なんて恥ずかしいことを言ったんだ、と今更気づいた。記憶が無いとはいえ勘違いも甚だしい。
「変、ですよね……」
「いやいや、あまりにも突飛な説だったからビックリしてしまっただけだよ。それも可能性としては無きにしも非ずだし、否定は出来ないさ」
無理にフォローされた感じで余計恥ずかしくなる。青年は恥ずかしさのあまり俯いてしまった。
「まぁ、記憶についてはゆっくり取り戻せばいいさ。戻さないと私が客人証を出した意味が無くなる」
そうだ。そういえば何故この人は僕に客人証を渡したのだろう。記憶喪失になるのとなにか関係があるのか、それとも記憶喪失前になにか関わりがあったのか……
「……あの、なんで僕に客人証というのを渡したんですか?」
「ん?えーっとね……」
沈黙がまたも続いた。ルカは足を組み、考えるポーズを取る。
そして口を開いた。
「忘れちゃった」
「え?」
聞き間違いか?
「忘れちゃった」
「えええええええ!?」
あまりにも意外な回答に思わず大声を出してしまった。さっき部下に「客人証を送った相手の顔も忘れるような無礼者って言いたいのか」と言ってた癖に……
「いやぁ、いちいち覚えてらんないのよ。だからさっきあの門番達にも言ったことは半分くらい嘘」
「嘘……」
なんというか、部下が可哀想な気もしてきた。このルカという人物、あまりにもいい加減すぎる……!
「そんなことより。そういえば君は名前すら覚えていないんだったな。名前が無いのもあれだし、思い出すまでの間名乗る名前くらいあった方がいいんじゃないかい?」
「まぁ……確かに……」
「私が命名してあげよう。うーむ、そうだな。うーーん……」
拒否権がなかった。勝手に名前付けられるのか。てかこの人、ものの運びが結構強引だな。変な名前じゃないといいけど……。
「『ルル』というのはどうだろうか。まぁ良い名前が全然思いつかなかったからこうなったんだが……」
「ルル……」
「どうだい?」
「ルル、良い名前です。ありがとうございます、使わせていただきます」
「気に入ってくれたみたいで何よりだよ」
こうして青年の名は「ルル」となった。ルルもルルという名前をとても気に入っていた。
そしてルカはそんな喜んでいるルルにとある提案をする。
「ルル君、君には宛がないのだろう?なら殲滅隊の一員にならないか?」
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