星の細工師

和邇田ミロー

 

 我は天球の内側を歩む。

 頭上の地界を太陽が十数回も周るあいだ歩み続けると、ようやく目指す割れ目にたどり着いた。そこから吹き出す、星の種たる光の雲。それを照らす、外から差し込む白い光。

 我は身を屈め、水晶の針を差し入れる。光の雲が針先に付着し、塊に成長するのに、また太陽が地界を数十回めぐった。


 我は光の粒から星を作り出して天界に配置する細工師。

 天界には幾つもの穴があり、外の炎界から光の粒が吹き込み、星の雲を形づくっている。その雲から、イメージのままに、天を彩る星を作っていくのが務めだ。

 穏やかな赤い星、涼やかな黄色い星。眩しい青白い星、大きい星も、小さい星も。小さな星をいくつかちりばめて星団としたり、小さな粒をちりばめ、星雲とする事もある。さあ、今回は如何にするか。

 立ち上がり、腰から抜いたやすりで塊を削り、布で磨く。やがて透き通る多面体となったそれ。だが今回は、あえていびつに形づくったそれを、天界の割れ目にはめ込んだ。

 塊は星の雲の噴出を塞ぎ、天球の外、炎海からの光で赤く輝き始めた。だが歪さゆえに光が内側で跳ね返り増幅し、その頂を越えると減っていく。瞬きとは違う、それなりに長い時間で光が変動する星だ。今回はかなり不定期な変動になり、我は、満足した。


 ひと仕事を終え、我は天球に寝そべって頭の後ろで手を組む。

 頭上遥かに、地界が浮かぶ。透き通った球の中、海に浮かぶ陸地、その上に漂う雲。

 地界の周りには、銀色の鏡たる月が回る。

 その外の軌道には眩しく輝く太陽、近くを黄金色の金星と青白色の水星が追いつ追われつ周回する。

 さらに外には赤い火星、薄黄色の木星。

 最も外側を周る黄土色の土星は、天球のすぐ近くを通っていく。輝く輪を身につけた土星は、時には我に語り掛け、言葉を交わす。


 時に天のいぬなる流れ星が遠吠えを響かせながら火花を散らせ、駆け抜ける。

 箒星ほうきぼしが長いヴェールを引き、微かな歌声と共に静々と天界を歩く。

 天球に並ぶ星々の連なりは時に命を宿し、蟹や巨人、一角獣や柄杓ひしゃくといった事物の姿を浮かび上がらせる。そんな天体たちを眺めるのも、実に好ましい。

 だが我が最も愛するのは、天界の中心、水を湛えた球に浮かぶ地界。そこに溢れる生命だった。


 目を凝らせば、地界の虫の足先まで克明に見る事が出来る。そして我は楽しんだ。草木の繁茂も、動物の闘争も繁殖も。とりわけて人間の生きる姿を。

 人間は、動物を狩り、地を耕して増えていく。そして辺りの木を斬り尽くすと、急速に減っていく。その後には再び森が広がる。それを繰り返しながら、それらの住む地は広がっていった。


 ふと、一人の人間の奇妙な行いに気付いた。その人間は、星のかけらに似た透明な石を磨いて2つ作り、筒の両端にはめた。その筒に目を当て、先端を空に、こちらに向けたのだ。

 そしてその人間は消えた。死んだのではなく、消えたのだ。

(なにか?)

 我は訝しむ。

 一度気付くと、他でも同じ事が起きていると分かった。やはり筒を覗く者、書物を記している者、討論し合っている者。そして消えていく。

 世界から人間が減ってゆく。

 生まれる人が、ではない。多くの赤子たちが次々と産声を上げる。それらは見る間に成長するが、大人となる頃にはほとんどが消えていなくなるのだ。

 かれらが若くして命を終えたのではない事は分かる。地界は次々と森が切り開かれ、地が耕され、石の、やがては鉄の建物が地に溢れていく。海にはかつての丸木の船とはくらべものにもならない巨船が浮かび、海峡や港に列をなす。町の上空には黒い霞が漂い、海は汚濁していく。

 姿は見えないが、それらが人の仕業なのは間違いない。


「久しぶりですね」

 懐かしい声に視線を下すと、『それ』が歩いてきた。

 天球に、星を作る仲間達はいた。だがいつしか、出会う事が稀になっていたのだ。

 それとはどこか気が合い、顔を合わせると言葉を交わす間柄だったが、やはり長いこと見なくなっていた。

「そうだな」

 我が答えると、それは辺りを見回した。

「まだ、ここにいたのですね」

「いや、ずっとここにいた訳ではないが」

 我が返すと、首を振る。

「そういうことではありません。この天球のどこであれ、近くであれ、『ここ』に違いはありません」

「不思議な事を言うものだな」

 我は首をひねる。

「では君は、何処に行っていたのだ」

「『あちら』ですよ」

「『あちら』?」

 我は問い返した。


 それの話すところでは、『あちら』はもう一つの世界。

 天球で閉ざされる事なき空が無限に広がり、星々は全て遥かそれ方にある無数の太陽であり、地界は自らよりはるかに巨大な太陽の周りをまわっているという。


「人間たちも、『あちら』に行ってしまうのか」

「というより、人間たちの所為で『あちら』が出来てしまったようなものです。あるいは、『こちら』の方こそそうなのかもしれません」

 それは微笑みを浮かべ、説明を始めた。


 人間たちは、空を見上げては想像してきた。天球を。月の満ち欠けを。惑星の軌道を。

 だがその中に、疑いを持つ者が現れた。それらは凝固した星のかけらを磨いて筒に入れ、空を詳しく見始めた。

 そしてそれらは、新しい世界を創造し始めたのだ。それらの思う『ことわり』に適う世界。

 それらはそれを同族に広め始めた。最初は遅々としていたが、やがてほとんどの人々が受け入れるに至った。その知識を受け入れた人々は、『こちら』から『あちら』に移ってしまったのだった。


「あなたも、『あちら』に行きませんか」

 それの言葉に、我は少し考える。

「我は星の細工師だ。聞く限り、『あちら』に仕事はないと思えるが」

「ええ。でも小宇宙の創造主になる事は出来ますよ」

「小宇宙の?」

「ええ。あの世界では、いつもどこかで星の素から新たな太陽が誕生しています。太陽と、われを回る惑星たち。星の素をどれほど集めるか、星の塵をどれほど混ぜるかで、惑星の姿が決まるのです。その後は、星たちの行く末と命の物語を見守るのです。興味深いですよ」

「そうだな……」

 我は、頭上の地界に目をやる。

 そこにはやはり人間がいた。

 ほとんどは子供で、地を駆けまわり、遊び、時に空を……こちらを見上げて笑ったり、物思いにふけったりしている。見る間に成長し、消えていくものも多い。命を落とすものも多いが、命を持ったまま消えるものも多い。『あちら』に行ったのだろう。

 だが稀には『こちら』に戻ってくる者もいると気付いた。それらにとっては、こういう世界もあってほしいのだろう。

「もし人が思うが故にこの世界があるのだとしたら、夜の砂漠があのようにきらめくのも、朝の山が緑に輝くのも、昼の海が宝石のように光るのも、人がそう見るからなのだろうか」

「そうですね。こちらの世界は、あちらより少しだけ美しいと思いますよ」

 ならば、だ。我の心は決まった。

「我はこれからも『ここ』にいるとしよう。そして星を作ろう」

 我が答えると、それは微笑んだ。

「そう言われると思っていました」

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星の細工師 和邇田ミロー @wanitami

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