第2話 背に付き纏うは、差別と過去。

 

 そして、悠信らは走りに走り、息を切らして学校に着いた。

 


 いつ席に着いたかハッキリと覚えていない。……あの黒い何かが、まだ胸の中で鼓動を繰り返しながら広がって行き、頭は沸騰したかのように激情が沸き登った。

と、その時。


「なぁ、これ見ろよ!この『USB』、昨日メダゲーで大当たり引いたらポロッと来ちゃったぜ!」

 遠くの方でそう聞こえた気がする。音が聞こえた方を向けば、メモリ型デバイス『us Soul being』を掲げている教壇の男子の周りに、多くの取り巻きや話題に釣られた野次馬が集まっていた。

 そのメモリの端子は、赤色だった。


「……そうだ」

 急に熱が冷めた暁月夏斗は、自分のリュックの中、お守りとして入れていたある物をさぐった。

 彼がおもむろに指に挟み取り出したのは、あの生徒と同じ『us Soul being』、通称『USB』。少し女子好みなキラシールが貼られてあるが、コレは黒亜のイタズラ、そして励ましであり………その端子は、先の男子と違い、青色だった。


 強い幸福、恋の成就、念願叶う達成感……そんな快の、正の感情、希望から生まれる赤い端子のUSBに対し、……青いUSBは離別等の深い絶望から生まれる。そして、俺はあの『厄災』の後、殺された父さんの復讐の為にこの青いUSBを使った。

 ………今思えば、あんな幼い時から復讐を考えていた自分は狂っていた。あの警官以上に。



「懐かしい…けどなんで」

 もうコレを持って早12年。結局の所、使ったのは一回きり。そしてもう使う気は無い。

 ………だからだ。なんでコレを握れば、あの鼓動も、渦巻く黒い衝動もおさまり冷えていくんだ?


 そう考え込んでいた悠信に、「何やってんの?」と。うつ伏せた顔を上げれば、眼前にはご立腹で頬をプクーと膨らませる末陽黒亜が居た。

 先の赤いUSBの一件に引き込まれすぎたせいで夏斗は知らないが、黒亜は彼の袖を引っ張って学校へ来たせいで、色々と生徒たちに誤解されており、弁明に追われていたのだ。


「なんかさ、こうやって握ってれば落ち着くんだよ。コレを。……何か起こるわけでも無いのにさ。」

「………って、あぁ…やっぱりお守りわりにしておいて良かったでしょ?ほらね」


 鬱憤が消えた黒亜が制服の下、突如胸元に腕を入れたのを見て、悠信は少し頬を赤らめて息を呑んだ。

 そして制服の下から現れた『お守り』は、悠信のそれと同じ、青い端子の物だった。そして、悠信は幼い頃、黒亜の『USB』に貼りつけたヒーロー物のシールを見て、強張った顔を少し緩めた。


「私も、何かコレ付けてるだけで力が漲るような気がするの。……いや、強くなんてならないよ?でも胸をしっかり張れる様に……」


 その栄養の行き届いているとは全く言えない胸を張って語る黒亜に、悠信はまたしても惹かれていた。その二重が際立たせる、黒い瞳に——


「———何ジロジロ見てんの?夏斗。」

 周囲の視線は、この時はこの2人のみに注がれた——



  ◇  ◇  ◇


 短いが、やけに艶がかった黒髪、ほっそりとしたなで肩、そして小顔……遠目で見れば、女の子と一瞬疑ってしまいそうだ。


 昼。午前は結局あの一件が頭の中によぎり、全く勉学に集中することなんか出来なかった。 

 学生食堂で、クラスメイトの枯秋白露かあきしらつゆと共に、いつもと同じように昼食を食べる。自分の盆皿は色とりどりな品があるのに対し、白露の盆皿にはカレー一色のみ。そして毎度変わらず、白露は汗を滴らせながらも、一分にもまたない時間でカレーをカンカンと音を立てながら口に、喉に流し込み、パンっ!と痛そうなほど大きな合掌をして、

 

「ごちそうでしたっと……あれ、夏斗も早く食っちまおうぜ?メシの時間はお喋りの時間ってやつだろ?」

「いやいや…いやそうだけどさ、お前の胃袋、いや違うか。喉はどうなってるんだ?」


「喉だけじゃねぇぞ、体がA to Z全部普通の人とはちげぇんだわ。」

 その奇怪な口癖とともに、彼の親指が屈託の無い彼自身の笑顔を指差した。

 子供みたいな口調だが、その凛とした目鼻立ち、そして並びが整った純白の歯が覗く笑顔は、いつも自分の屈託した黒い心を子供のように綺麗にしてくれる。



 そして彼が一足先に盆皿を返す時、その道中にいた、透明な献血パックの様な物に青いゼリーとピンク色の果肉のような物?が入った飲料を、よりにもよって一番混雑している時の学生食堂に持ち込んで堂々と飲んでいる——黎宮南斗れいのみやみなとの肩を軽く叩き、彼が振り向いた瞬間、空いた左手をパッ、と開き笑顔で声をかけた。

 

 これも、いつも毎度毎日の事だ。そして、毎度白露はキッ、と彼の黒い眼光に睨まれて、返しとばかりに呆れの仕草をして彼の元を離れる。

 


——自分には、あの黎宮南斗が何者なのかが一切わからない。

 白露は毎回睨みあしらわれても彼に話しかけれる。つまりは彼の人物像を知っていて、だと思っているから、あの態度で臨んでいるのだろう。


 だが、自分は……あいつ黎宮を見て早一年が経とうとするのに、何故か、学校楽しそうにしてるかな、とか。友達ちゃんといるのかな、とかの疑問の印象もこれっぽっちも沸かず、それどころか第一印象すらボヤけて掴めないのだ。


——決して醜男ぶおとこでは無い。寧ろ、『クラス一の優イケ面』と評される白露の隣にいても、決して悪く映らない程度には良い、ニギビ跡の一切ない綺麗な白く可愛げのある小顔をしているし、たまに口をすぼめた時は、そこらの女子よりカワイイ。


 だが、その目は夢遊病者の様な虚な目をしていた。

 そこだ。そこが引っかかるのだ。白いパズルに黒塗りのピースを当てはめた様な、えもいわれぬ違和感……いや、

 



「———お前さ、黒亜ちゃんもゆかりさんも南斗クンもそう眺めて惹かれてるけど、まさかA to Z全員に一目惚れしてんの?」

「ええ。……って違う違う!そんな軽い男じゃ無いし!」


 耳にかかるため息が、虚無に呑まれていた自分を現世に吹き飛ばした。

 

 ……我を取り戻してまず先に思った事。それは自身がホイホイと一目惚れしてガン見する奴に思われていると言う悲しいことだった。



「……確かにカワイイけどな、特にゆかりさんは……白露が言葉を紡いでいるその時、スピーカーから【キャンパスの集いがあります、生徒の皆さんは体育館へ集合してください】と、放送が繰り返し鳴った。

 ……不審者だ。それも刃物などの武器を持った不審者だ。

 

 「うっ……」

 ………まただ。今日一日ずっと、不安を感じれば〈ツバメイミュニティ〉の、あの光景がフラッシュバックする。

 どうして。俺は後悔しているのか?

 声を出すことの出来なかった俺は…臆病者なのか? それとも周りと同じで差別を黙認する『悪いヤツ』なのか?


 息を荒げ、体育館へ向かって走り駆ける大勢の中、悠信はただ、その青い端子のUSBに魅入られた様に固まっていた。



「おいよぅ。逃げ遅れて捕まったりしてもらったら困るって。早く行こぅぜ」

「お、ごめん」

 肩を揺らし、焦りからか少し急かした口調で話しかけてきた白露のお陰で、夏斗は我を取り戻して2人で体育館へと向かった。


 体育館へと避難する途中、気が動転し全力で走ってきた生徒が後ろから自分の左肩と衝突した。大して痛く無いので、過ぎ去っていく「大丈夫」と声をかけようとしたが、突然のことで一瞬気が引けてしまった。


 そのぶつかった生徒が歩みを止め、戸惑いを隠せない顔で後ろを見ていた。自分に視線が向かった時も、タイミングを逃していた俺はまたも何も言えなかったが、その時は隣の白露が「大丈夫、焦んなくても安全だ」とその生徒に伝え、生徒は頭を浅く下げて前を向き、歩きで避難する大勢と歩調を合わせた。



 着いた体育館では、学年問わず皆が騒いでいた。その雑多な騒音の中、唯一、『イミュニティ』と言うワードだけが、鮮明に俺の耳に突き刺さった。


「暁月に白露っ!見てみろよ」と言ったクラスメイトの元に向かい、空いていた足元の小窓からグラウンドを覗いた。


……そこには、刃物を持った男など居なかった。代わりに、陽に照らされた服を脱いだイミュニティがいた。

 

 上半身が黄色の甲冑の様な外殻をしていて、脇下から恥骨ちこつあたりまで左右対称に生えた数えるのも億劫おっくうな数多の刺々しいな触手、結膜けつまくも角膜も境目が無く黒く染まり、複眼の様に顔面の大部分を占めるほど肥大化した眼。そして、頭部から生える二対の細長い触覚。距離を置いても鮮明に見えたその姿は……『ゲジゲジ』、〈ゲジゲジイミュニティ〉だった。


「お前ら聞け!」〈ゲジゲジ〉は叫んだ。「ああ……あれは昨日の夜ぐらいか?俺のこと自転車で轢いて行った奴がいやがった。イヤ、部活終わり、外は暗いからしゃあねえとは思うぜ?だがよ、あろうことかそのクソ女は何一つ俺に言葉をかけずに去っていきやがった!これは轢き逃げだ!出てこい曙玉桂あけかつら高校の一年、ステッカーの番号は26!俺は今、無性に腹が立っているんだよ!」

 彼の怒りに呼応して、触手や触覚が大きく陽炎かげろうのごとくゆらいでいるのが見えた。——その時。


 

「捕えろ!」「行け!」

 数人の体育教師を始めとした、屈強な体格の男性職員が手に刺股さすまたを待ち、左右から〈ゲジゲジ〉へ向かった。

 あまりに突然のことだったが、〈ゲジゲジ〉は辛くも反応し、最初の一本は両手で捉えた。だが、すぐさま二本目の刺股が彼を袈裟けさ押さえにし、壁へと押し付ける。


 三本目、四本目が続いて彼に向かうその時、〈ゲジゲジ〉は袈裟に押さえている職員の右肩に触手を突き刺した。その職員は短い悲鳴ののち、刺股から手を離した。そうして逃れた〈ゲジゲジ〉は砂埃を巻き上げながら横へ飛び、職員全員を視界に入れた状態で相対した。


 悠信はまたしても、心臓を高鳴らせてその景色を観ていた。

 また、目の前でイミュニティが虐殺されるのではないか……その杞憂に近い不安で視界がチカチカ明滅した。


 その後、2歩後退りしたのち〈ゲジゲジ〉は教員たちに背を向けて逃げた。その場にいた教員は皆、腰を伸ばし、怪我をした教員を連れて玄関へと消えた。グラウンドには、雑に放られた刺股が数本、積み重なっていた。


 悠信は安心からか四つん這いの姿勢から床に尻を付き、心の中で胸を撫で下ろした。

……そして、心で決めた。



……もう、クヨクヨするのは止めよう。俺の悪い癖だ。そうだ、俺は普通の生徒で何ら特別な物は何も無いのだ。行動しても何も起こせないただの人間なんだ。

 

 悠信は自身にそう言い聞かせ、ほおを両手で3回叩いた。眠気は覚め、一重だったまぶたは二重にパッチリ開いた。広がった視界に黎宮南斗が入ったが、悠信は別に何も感じなかった。




……そうしてまた1日、悠信はいつもと変わらぬ日々を送る









……ことは出来ない。それは一度復讐に身を堕とした悪人には過ぎたる物であった。







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時たまWord boxコーナー!

・イミュニティ


 様々な生物の身体的特徴を持つ、人間。

 普段は人間の姿で過ごすが、一部の血管が薄赤く浮き上がるので判別はある程度容易につく。

 世代を重ねる程に生物の特徴も薄れ、全身を変化することすらままならない者や、その大元となった生物すら判明できないほどの僅かな変身しか出来ない者も3世、4世のイミュニティには存在するが、稀に先祖返りの如く3世イミュニティ同士の子が全身の変身が可能となる場合がある。

 少しの感情の揺らぎで容易に変身する。

今の世の中では『怪碍者』などとも言われ、迫害や差別の対象となっている。

 死亡時には身体が融解し、溶ける。


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Black shining sadness 〜この逢いに縁を累ねて〜 くろばった @makiriri

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