落陽

第1話 過去を背けず、今を背けて。


 ———別れは、いつも突然に来るものだ。

 

 ———そしてその突然は、いつも悲しみと後悔を孕んでいる。


 ———彼らは別れを受け入れきれず、過去に戻れるならば、と永遠に過去に囚われる。


 ———そして、囚われた者たちは、過去に見張られ、戻る為に永遠に戦い続ける……



2024年、舞台は花月三月の21日。気温がまだ穏やかに上昇を始めた頃。

世界の裏も知らぬ少年少女は、また平凡の1日を繰り返す、筈だった——




[ジリリリリ、ジリリリリ‥‥‥]

目覚まし時計が鳴る。


「うー、うーん‥‥」


 呻きながら手探りで目覚まし時計を探す少年——葵月悠信あおいづきひさのぶ

 彼は何かに当たった感触を感じた後、上から被せるように叩き——目覚まし時計が鳴り止んだ。


 そのまま暫く、閉じ固まるまぶたほぐすべく、ベットの中で数刻休みを得てから掛け布団を自身から剥がした。

 

「ふぁ〜〜、ああ〜、起きるのが一番きつい‥‥」

 そうして身体を伸ばし、陽の光を浴び‥‥起床の用意は良好。いざ、下の食卓へ向かおうとした時、


「こらぁ〜!悠信ぅ!あんた目覚ましかけた筈でしょ!?いつまで寝坊してんのよ〜!」


 一階から、階段を抜けて響く高い声。その元気な声の主こそ——母の蛭乃ひるの、であった。

 

 返事を返した後、もう行くのに、と、少しの不快を伴って階段を下る。下に行けば、妹の葵月桜が、朝らしく柔和に寝ぼけた顔でパンを噛みほぐしていた。


 自分も桜と同じく、ゆっくりパンを噛み、時間をかけて欠片を小さくしていった。


「‥‥ホント、最近、物騒だわねぇ。デモ隊の衝突やイミュニティリンチって」

 その最中、母が突然、ため息混じりに何かを言った。多分今流れているニュースについてだろう。横を向いて見たが、とっくに特集は終わっていた。


 

「ごちそうさま…でした」

 食事を終え、着替えの為もう一度寝室、もとい自身の部屋に上がろうとした時、玄関のドアベルが鳴り、「すみませーん!」と、元気な、覚えのある声がした。


 その子の事を、俺は——12年前のあの日から、よく知っている。


「ごめん黒亜!ちょっと待ってて!」

「仕方無いなぁ、どうせ寝坊でもしたんでしょ?」

 それに答えれぬまま、自室へと上がる。靴下を取り、片手で履いた先からもう片方を手に取って‥‥とにかく急いだ。そう急いだものの、鏡に映る自身を見て考え込む。


この寝癖‥‥‥直すのに時間掛かるよな?



 こっちは今、人を待たせてる身だ。結局寝癖は直さず、外に出る‥‥時だった。


「悠信、今日は何の日か分かってるわよね?せめてお誕生日くらい、家族で祝わないと。早く帰って来なさい。」

「誕生日って‥桜は友達とすればいいでしょ?そんな何も絶対って‥‥‥‥」


 取った自分の言動に気が付いた時には、訂正する間も無く既に玄関の扉は閉まっていた。間髪入れず、庭先で待っていた少女——末陽黒亜すえひくろあが、口元は少しニヤけながら、自分に声を掛けてきた。


「おっそい!食事はとっとと終わらせて行くって約束でしょ?‥そして何、その髪」

「ごめんよ、そのー、今日はな‥‥‥


 その時、急に「自分の事も出来ない癖に恋愛してんじゃないわよ!このバカぁにき!」と。悠信はギョッとし、すぐさま声の出所を探った。郵便受けからだった。開かれたそこからは、妹の鋭い目が彼を突き刺していた。


 ——この機会に彼は誕生日について言おうとしたが、黒亜が自分より先に割って入って話しかけたので結局機会を逃してしまった。

 

 扉を隔てても楽しそうな2人の会話が微かに入ってくる。その話が気になって少し、身を彼女らに寄せたが‥‥聞こえてきたのは、「出来の悪い兄ですみません」「良いよ別に、アレくらいの方が‥‥」などだった。

 

 そんな奴、と思われてる自分が少し恥ずかしくなり、体をを元の場へかえし、話が終わるまで、そこら辺にあった石ころを靴の裏でいじくり回して待った……



  ◇  ◇  ◇



 学校へと向かう途中、


  

   ◇   ◇   ◇



「ん、あれって………」

 目前の光景に足を止める大衆の中、唯一背を向けて走り去る2人を陽光を受けて目を細くし眺める1人の警官がいた。

 

あの時、銃を打った方では無い、もう1人の警官……隠川慎二おのかわしんじ

 何かに気づき、目を凝らして2人を覗く彼は、悠信の袖を掴む少女の姿をハッキリ捉えるや否や、合点がいったように額にかかった前髪を掻き上げた。


「あれ…末陽さんの娘じゃん。うわ、お父さんに告げ口されたら面倒だなぁ」

 次第に彼らが人混みに遮られ、隠川の視界から消えた途端、まるで興味を失ったかのように視界をイミュニティの死骸に戻す。


 その死体を色の無い目で眺める彼の後ろ首が、日光に照らされヒリヒリと痛んだ。

 彼は首を上下させ、首の後ろに手を差し込み日光を遮った時に、ふと何かがよぎった。


「じゃあアレは葵月クンか。〈クロバッタ〉の……可哀想に。」


 この時、隠川は薄々感じた。

 きっと、あいつとオレはいつか復讐に近い変な因縁が出来るんだよなぁ、と。


 勘弁してくれよ面倒ごとは、と誰にも聞こえない独り言を呟いたのち、彼はすぐ死骸の処理を始めた———

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