Black shining sadness 〜降月の黎明〜

@makiriri

闇路を拓く、黎明の子。


 それは未だ、『神宿』と名付けられる前の東京であった。

 怪物イミュニティの恐怖に怯える住人の預かり知らぬ所で、とある実験が行われようとしていた。


 2012年……人間と『イミュニティ』の間で、果てなき抗争が繰り広げられていた頃。

 小山の中腹に有る、荒れ果てた田園にイモを植え育てる農民集落の更に上、とある小屋があった。


 鬱蒼とした木々が目線を遮るそれは、屋根や壁がわずかに歪んであり、素人目にも雑に建てられた物であることは明白であった。


 その小屋は、雑然と言うより混沌と形容した方が良い。中に引き込まれたケーブルはとある『装置』に接続されており、そのリングの中、裂け目が収まってる。

 そのすぐ手前には手術台が一つ、壁沿いにはメス等の動画が収められたワゴン、心電計等々のモノに加え、茶色い小瓶の中に、紅いカケラが浮かんでいた。


 「——皆、用意はできた、ようだね。じゃ、始めようか。先ずは切開っと言うわけなのだが。」

台で仰向けに眠る子供を眺め、手術着の——蒼澄白夜あおずみはくやが声を上げた。


「‥‥‥‥」

「今更何を躊躇うのだい?黎宮君‥‥‥この為に『デザイアチルドレン』を作ったのだろう?」

「すまない」


 黎宮創旬れいのみやそうじゅんはそう答えたが、心配の表れか、手術台に向けて頻繁に瞬きを繰り返している。

 

「‥‥‥行こう。」

 蒼澄はその言葉を飲み込んだ。黎宮は蒼澄より四つ下の二十五だ。まだ青い。

‥‥‥いや、私も青い。だからこそ、責任を他人に押し付けようとしているのだろう。

 蒼澄はそう考えて、顔を横に向け、

「ああ。では永見君、頼んだよ。」と。


 蒼澄の呼び出しによって、部屋の隅に控えていた黒コートの男——永見荘吉ながみそうきちが、中央の手術台に進み出た。

 

 「では、行かせて貰います。」

 男が蠢いた。その褐色で頑丈な顔を突き破る様に、幾つもの眼球が現れ、髪はちちれて、背中からは八本の黒黄混じりの触肢が服を破り、折れ曲がり小さく畳まれる。

 

 それは正しく、蜘蛛。最後に全身に真っ赤な血管が浮き出る。そう、永見は蜘蛛の『イミニュティ』にして、人類とイミニュティの共存の為、人間側に手を貸していた。そして、茶色い小瓶の蓋を開け、てのひらにあの紅いカケラを取り出す。

「これが、我らが『王』の卵であります。ごく一部ですが、この子には十二分でしょう。」

 

 その所作の瞬間、蒼澄が子供の薄い胸にメスを入れ‥‥数センチ下に下げ、皮膚を開き、鼓動する心臓へと到達し、すかさず黎宮が鉗子で開かれた胸を固定する。


「さて、と‥‥ここから僕たちが試してないこと、だ。覚悟はできたかな?皆んな。」

「‥‥‥‥‥‥」 「‥‥はい」

 この場の皆の緊張が高まる。

 見えぬモノの鼓動が増す。

 メスを握る手袋が、熱気を放つ。


「では、、、」

 蒼澄が息を吐き、メスの切先を心臓に当て‥‥軽く挿入。

 赤い液が糸屑ほど表面に滲んだ瞬間、心臓を一気に縦へと切り裂いた。


「今!!」

「はい!!」

 焦る蒼澄の言葉に弾かれたように、永見が紅いカケラを切り裂いた直後の心臓に押し付けた。

 カケラは同じ種族のモノ永見ではなく、未だ人間の身である手術台の子供‥‥黎宮春暁れいのみやはるきを選び、心臓の傷を塞ぎ、彼の肉と同化した。

 

 

 だが、瞬間「心拍数が200を超過!」と。

 2名が振り返り、声の主黎宮創旬と心電図を僅かに視界に入れた途端、永見の顔から色が消えた。 

 

「実験は中止!今すぐ予備の機械心臓を移植‥‥」

「続けろ。」


 黎宮創旬の言葉を遮った男が居た。

 スツールに足を組み座るその漆黒の背広に身を包む焦茶に焼けた男——末陽輪巡季すえひリジュンキ

 その容貌、振る舞いに圧。どれを見ても、誰がこの小屋を覗いて見ても、彼こそがこの集団の長である事くらい一目瞭然であった。


「ですが春暁が負担に耐えられません!この子1人を無駄死にさせて何になるのです!?」

 帰ってきたのは無言だった。その代わりに蒼澄が語る。


「では君は7000万が犬死にしても良い、と言いたいのかな?」

 帰ってきたのはまたしても無言。否、返す余地が無い。


ホープリル装置を起動、魔能放射線まのうほうしゃせんを試験体に浴びせろ。」


 茫然として「はい、」とだけ言い手術台の息子を眺める黎宮創旬を哀れんでか、はたまた息子を顔も知らぬ他人らに平気で捧げる彼を見放すべくか。永見が『装置』の電源を押す。


 瞬間、裂け目を囲む輪は帯電し、引きつけられるかのように裂け目も少しずつ広がっていく。 

 そして、小指が通るほどに開いた時——黒い粒子の様なモノが、あなからみ出て春翔の中へと浸透した——その時だった。


「あ、あっぐああああッ!!」

 突然、黎宮春暁が目を覚まし叫ぶ。焦る創旬の目を通り過ぎたのは、心拍数300を超え、異常な程乱れたた心電図。


「春暁!?春暁!おいなぜ麻酔が切れた!」

「イミニュティは地球のあらゆる産物に対してある程度の抗体があります。鉄の銃弾も、植物の麻酔も。」

 淡々と告げる永見の言葉に、希薄な感情を貫いてきた末陽の口角が釣り上がる。正に凶笑。蒼澄は末路を悟り、目を細く側め、平静な声を作る。


「漸く半人間の完成、と言う訳かな?これで安泰ってわ、け、だ。」

「ああ、我らの悲願たる安寧がすぐそこに」


 粒子を浴びたカケラは、心臓に深く根を張る。降り注ぐ度により真紅に色を染めるそれは、明らかに子供を蝕んでいるだろう。

 だが男たちは止めない。実験の成功が目的では無い、が彼等の悲願なのだ。


「い、たい‥‥いたい、よぉ‥‥おとおさんン‥‥!!」

 我が子の悲痛に助けを求める叫びに、創旬は「がんばれ」としか反復出来なかった。

 そしてその小さな手を、光を求めて伸ばした時、人間の皮膚らしき物体が幾重にも彼の腕を覆った。春暁の脇腹を破り、端子部分が青いメモリが排出された。——先ずは成功、だった。




 ——この一件こそ、メモリ型デバイス『Us Soul Being』が人類に宿る契機にして、黎宮春暁の生まれた場所、そして‥厄災の始まりであった。

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