白犀と青梅

庭千賀

白犀と青梅

白犀は群れをはずれてひとりゆく夜半の国道一号線を


この町のおもてをなぞってゆく雨期の明朝体のしなやかな雨


墓石はかいしのやわらかなうちに深々と彫られた名前のほのあたたかさ


熱、それも白犀のせなの有機的模様を天井に見るような


死とはややけだるく進行する思考 いまが春ではもうないように


暗がりに耳のうらがわをそばだてて雨のちいさな陳述をきく


いきしちにひみいりゐ、いい? 生き死にに魅入り、魅入られ、魅入られないで


おくれ咲く紫陽花、シーツにくるまれて思い出す、弱アルカリ性の


葉脈にそってしたたる雨粒の死者を声から忘れる速度


午後五時の国道ゆんゆんゆんゆんとゆけば途方に暮れなずむ空


初夏はつなつのつまさきが町のふちっこにたどりつく頃うめの実は


一丁目、二丁目、くだんのビデオ屋の致死的濃度のピンクの夕焼ゆや


ふくよかなほとけの頬に触れているその青梅あおうめのような産毛に


まっさかさまに樹下へと落ちたうめの実の裂傷はその下腹部あたり


どうせまた雨が降るからかまわない多少怠惰が匂っていても


生傷の深部に滲みるシロップの甘やかな、しかし確かな粘度


奥底にうめがまあるく溺死する壜は骨壷くらいの深さ


平熱の三十六度五分の午後。雨、止む、雨はもう止みあがり


うめの実はなおも呼吸をくりかえす炭酸水の底のあたりで


白犀の足跡はやがてみずうみとなって水面みなものおだやかな青



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白犀と青梅 庭千賀 @niwachika

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