最終話

 ――はずだった。


 どうしてこうなった。ロミルはひとりで絶望する。


 アジトへ戻るなり、恥ずかしそうに流し目を送ってきたサラがベッドへ入りましょうと誘ってきた。


 服を脱ぐので、目を閉じていてください。殿方の礼儀ですよ。

 そう言われたロミルは、ウキウキで目を閉じた。


 今回の救出劇で自分に惚れたと確信していた女二人を、微塵も疑っていなかった。


 その結果が現在の有様である。


 頭上で両手を縄で拘束された。両足も伸ばした状態で縛られた。どんなに力を入れても、自由に身動きできない。


 一体、どういうつもりだ。ロミルの怒声が、アジトである洞穴全体に響き渡る。


「見たとおりですわ。縛られていれば、さすがの首領様も素早い動きができませんもの」


 口元こそ笑っているが、サラの目つきは真剣そのものだ。隣には怒り顔のエリシアもいる。


「夫や子がいる女性を、弱みにつけ込んで手籠めにしようとするとは、断じて騎士らしくない!」


「だから俺は騎士じゃねえんだよ! なるつもりもねえの! いい加減にわかれっつーの!」


「黙れっ! このような男に一度でも体を許してもいいなどと思うとは……自分で自分が許せない。よって! この怒りは、騎士らしくお前にぶつけさせてもらう!」


「ただの八つ当たりじゃねえか。それのどこが騎士らしいんだよっ!」


「言い訳など聞きたくない!」


 怒り狂っているのは、エリシアだけではない。サラもまた静かに激怒している。


「過激なのは駄目ですよ、エリシア様。ただ……年中発情しっぱなしの牡猿への調教は必要です。そのためにわざわざ、アジトへ戻ってくるまで我慢したわけですしね」


「ま、待て! サラ、お前はもっとこう……清純で、純真だったはずじゃないか」


「首領様と出会った時は確かに無知でした。けれど、エリシア様と一緒に行動したりするうち、少しずつ教えてもらったのです」


 なるほどと、ロミルは頷いた。そのあとで身動きが取れないながらも、エリシアを挑発する。


「騎士らしくありたいとか言っておきながら、エリシアは耳年増だったわけだ。淫乱巨乳女剣士め」


「――っ! いい度胸だ。私が騎士らしく! お前を調教してくれる!」


「な、何をする気だ。やめろ……やめるんだ!」


 じりじりと近づいてくるサラとエリシアの迫力に、さすがのロミルも悲鳴を上げる。


「らめえぇぇぇ!!!」




 ――翌朝。ようやく縄を外されて自由になったロミルは、跡が残った手首を摩りながら峠道の茂みにひそんでいた。もちろん、通りかかる獲物を待つためだ。


「やれやれ。散々な目にあったぜ」


 ひとりごちていると、背後からエリシアとサラがやってきた。


 サラは出会った頃の地味なワンピースで、エリシアは袖の長いシャツにズボンという服装だ。剣は腰に携えているが、鎧は装備してこなかった。本人曰く、盗賊なのだから身軽な方がいいらしい。


 昨夜に拘束されたロミルだったが、大半が足の裏をくすぐられたりなどの悪戯じみた真似をされて終わった。


 ロミルだけでなく、エリシアやサラにも大人の経験がない。そのため、何をどうすればいいのかわからなかったのである。


 想像していた桃色な展開はなく、子供じみた時間を終えて朝になった。手持ちの金は、ロミルが城の宝物庫から頂戴してきた金貨のみ。新たに調達すべく、朝食もとらずに峠道へやってきた。


 盗賊との遭遇を恐れ、早朝に通行する旅人は多い。そうした連中を標的に日銭を稼ぐのだ。


 誰も通らないこともあるのだが、愚痴ってばかりでは盗賊業は務まらない。しかし、黙って待ってるのは暇なので、ついつい先ほどみたいにひとり言を漏らしてしまうのだった。


「自業自得だ。見境なく、誰にでも手を出そうとするとは……恥を知れ」


「エリシアが、そんなに独占欲が強いとは思わなかったぜ。やきもちをやきまくりじゃねえか」


「だ、誰が嫉妬など!」


 隠れていた茂みから立ち上がろうとするエリシアを、唇に人差し指を当てたサラが制する。


「誰か来たみたいです」


 聞こえてくるのは、馬車の音だ。徒歩でないというだけでも、それなりに金を持ってそうなのがわかる。乗合の馬車の通行ルートになってないので、個人の所有か雇ったものだとすぐに判別できる。


「よし、行くぞ!」


 ロミルの号令により、全員が馬車の前へ飛び出す。


「申し訳ありませんが、止まってください。積み荷を拝見させていただきます」


「なっ、何だ、お前らは!」


 丁寧に頭を下げたサラを見ながら、御者が声を荒げた。

 こちらが少人数かつ若いので、盗賊だと思ってないのだろう。


「我らはロミル盗賊団だ。怪我をしたくなくば、無駄な抵抗はやめてもらおう」


 腰に携えていたバスタードソードを抜きながら、エリシアが凄む。


「ロ、ロミル盗賊団っ!?」


 御者の小太り中年男性が声を裏返らせた。


「何だ、知ってんのか。俺の名前も、ずいぶんと有名になったもんだな」


 ロミルが言うと、御者の男は何度も頷いた。


「ゆ、有名どころじゃないでしょ。ムルカ全土に指名手配されている盗賊団じゃないか!」


「……何?」


 わけがわからなかったので、ロミルは指名手配のあたりの説明を求めた。


「昨日の話だ。ムルカ全土の町々に通達があったんだ。国家に逆らった極悪非道な盗賊団がいる、見つけ次第、すぐに通報するようにってな。その盗賊団の名前がロミル盗賊団だ」


 御者をしてるだけあって、そういった情報は常にチェックしているのだろう。詳しく教えてもらえたロミルは、得意げに鼻を高くした。


 ひっそりと活躍するのもいいが、盗賊団の名前を売って有名になるのも魅力的だ。実家の両親は何と言うかわからないが、ロミルにとっては好ましい展開だった。


「あれだけのことをしでかしたんだから、指名手配されるのも当然だよな。昨日、追手の姿がなかったのは、指名手配の準備をするためか。ご苦労なこったな」


「わ、私たちをどうするつもりで? か、金目のものは、そ、そんなにありませんぜ。これは個人の引っ越しで、私は雇われの御者なんです」


「運が悪かったな。盗賊団首領の、このロミル様に見つかったが最後、積み荷はすべて奪わせてもらうぜ。それとも……命を奪われたいか?」


「ひ、ひいっ! 滅相もありません。ど、どうかお見逃しください。病弱で療養中だった方が、ようやく体調も落ち着いて、家族のもとへ向かう途中なのです! 積み荷は家族のために編んだ服などが大半なんですよォ!」


 馬車から降りた御者が、鼻水を垂らすほど号泣しながら、ロミルの足元にすがりつく。


 男に側に寄られて喜ぶ趣味はないので、情け無用で蹴り飛ばす。


「知ったことか! 俺は極悪非道の盗賊なんだ。少しでも金になりそうなら、奪って売っぱらうに決まってんだろうが! おい、やっちまえ!」


「アホか、お前は!」


 盗賊らしく積み荷を奪おうとしたロミルを、怒鳴りつけたのは仲間であるはずのエリシアだった。


「健気にも家族を想い、編んだ服を奪うだと? お前には血も涙もないのか!」


「待て! 俺らは盗賊だぞ! しかも指名手配中のだ! 嘘かもしれない話に感動してどうする!」


 今にも胸倉を掴んできそうなエリシアに言葉を返していると、御者がまたしても涙ながらに、いかに馬車内の人間がかわいそうかを語ってくる。


「まあ……そうなのですか。わかりました。ここに手持ちのお金があります。是非、役立ててください」


「おい、サラって……ちょっと待て! お前の金は、城に捕まった時に没収されたはずだろ! 手にしてる金貨はどこから持ってきた!」


「アジトからです」


「当たり前のように言うなァ! それは俺の全財産だぞ! 朝飯も買ってねえのにどうするつもりだ!」


 怒鳴っても、まったく意に介さない。穏やかな笑みを浮かべたサラは、いつの間にやら持ち出していた金貨をすべて御者に渡してしまった。


 絶望するロミルの側では、騎士らしくありたいエリシアが満足そうに頷いている。


「さすがサラだ」


「さすがじゃねえだろ。これで一文無しじゃねえか。お前らが何と言おうと、俺は積み荷を奪うぞ!」


 ロミルが決意した瞬間だった。

 外での騒ぎに我慢しきれず、馬車の中から人が姿を現した。


「あの……何が起きているのでしょうか」


「いけません、奥様! 今、指名手配もされている盗賊団に囲まれているのですっ!」


「まあ……」


 表情を曇らせたのは、ディルの母親であるミーシャと同年代くらいの女性だった。


 儚げさを漂わせながらも、成熟した女性らしい色気を放っている。顔立ちは十分に美しく、とても魅力的だ。




「悪いが積み荷を奪わせてもらう……と言いたいところだが、許してやらなくもない。アンタが俺とひと晩――ごふっ!」


 完全に不意を突かれた。バスタードソードの腹で、エリシアに頭を叩かれた。


 ロミルが地面へ倒れた隙に、エリシアとサラが御者と女性へ早く出発するように告げた。


「道中、お気を付けください。大切な家族と無事に会えるといいですね」


「ありがとうございます。路銀まで頂いて、本当によろしいのですか」


 見送ろうとしてるサラに、御者が遠慮気味に確認する。


「もちろんです。道中の無事を、心からお祈りしていますわ」


「わかりました。どうやら手配書には誤解があったみたいですね。貴方たちは盗賊団でも、心優しい正義の盗賊団だ!」


「フッ……早く行くといい。女性の家族が、首を長くして待ってるだろうからな」


 エリシアにも言われ、御者は再び馬に跨った。女性も馬車の中へ戻る。


 ロミルが頭を殴られたショックから回復したのは、出発した馬車が見えなくなりそうな頃だった。


「本当に逃がしてどうすんだよっ! お前ら、わかってんのか! 俺たちは盗賊団だぞ!」


「理解しているさ。そんなに言うなら、今から追いかけて馬車を襲ったらどうだ。お前の足なら追いつけるだろ」


 エリシアが言った。


「そりゃそうだが、今からじゃ恰好悪すぎんだろ! チッ! 何で馬車を襲って損してんだよ!」


 地面で仰向けに転がったロミルを見下ろし、エリシアとサラが笑い合う。


「フフ。首領様は素直ではありませんね」


「女性に対しては見境ないけどな」


「私たちがいながら、また他の女性を誘ってましたね。許せません」


 睨みつけてくるサラに、上半身を起こしたロミルが肩をすくめてみせる。


「それどころじゃねえだろ。まずは食費を稼がねえとな。お前らが獲物を逃がしたんだから、責任もって働いてもらうぜ」


「まさか……踊り子をさせるつもりではないだろうな! あんなのは二度とごめんだ!」


「だったら、どうするんだよ!」


 ロミルとエリシアが言い合っていると、またしてもサラが唇に人差し指を当てた。


「また、どなたかが馬車でいらしたみたいです」


「獲物か! 今度こそ積み荷を奪うぞ! いいな!」


 叫んだあとで、いの一番にロミルが飛び出す。


「そこの馬車、止まれ! 俺たちはロミル盗賊団だ!」

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盗賊さんと巨乳女剣士あと童顔爆乳王女 桐条 京介 @narusawa

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