第30話
睨み合いが続く現場に、ダーレグが書類を手に戻ってきたのは数時間後だった。
気絶中だったアルガルは、すでにムルカの騎士団に回収されている。
国王のベルサリトが書類にサインをして、サラに手渡す。要求を途中で反故にされたりしないように、書類はサラが保管するみたいだった。
各町にも伝令が送られ、今日のうちに税率の軽減が実施される。
数日後まで待って、実施を確認してから指輪を渡す。もしくはそのまま持って逃げる。ロミルなら、これらの方法を選ぶ。
けれどサラはベルサリトの行動に満足し、素直に指輪を返そうとした。
その途中でロミルがサラを制止する。
「首領様? どうして止めるのですか」
「今ここで渡したら、すぐに連中が襲ってくるからだよ。指輪を取り戻せば、俺らを生かしておく理由がねえだろ。つーわけで、対策をとらせてもらうわ」
言うが早いか、ロミルは猛ダッシュでベルサリトへ突進した。指輪を返してもらうことばかりに意識を集中させていたベルサリトを、難なく捕まえる。
くるりと背を向けさせ、背後から左手を回して首を締め上げる。同時に右手に持ったショートソードを、ベルサリトの喉元へ押しつけた。
命の危険を感じたらしいベルサリトが大慌てする。騎士たちも色めきだつ中、ロミルは全軍を撤退させろと告げた。
「逃げる時間が欲しいんでな。そのあとは勝手にしろよ」
「……言うとおりにしろ」
国王であるベルサリトの命令に従い、兵士連中が揃って後退する。
「ついでに馬を二頭置いてけ。世話する金はねえから、途中で乗り捨てるけどな」
国王が人質に取られてる以上、国に忠誠を誓う連中はロミルに逆らえない。言われたとおりに、馬も用意して全軍を撤退させた。残ったのは、ベルサリトの乗る馬車と御者だけだ。
「これなら十分に逃げ切れるだろ。途中まで連れて行って、それこそ盗賊にでも襲われたら面倒だからな。国王は置いてくぞ」
わかったと返事をしたエリシアが、馬の準備を整える。
その間にサラが、国王の手に例の指輪を握らせた。
「陛下……いえ、お父様。今までありがとうございました」
「フン。貴様に父と呼ばれたくないわ。もう親でなければ子でもない。覚悟しておけ!」
言われるまでもなく覚悟はできていたのだろう。辛そうにもせず、真っ直ぐに前を見て首を縦に動かした。
「では、これで失礼します。行きましょう、首領様」
「おう」
返事をしたロミルはベルサリトを解放すると、エリシアが連れてきた馬に飛び乗った。
もう一匹にはエリシアとサラが二人で乗る。手綱を握るのは、もちろんエリシアだ。
馬を走らせる。小さくなっていくベルサリトが何事かを叫ぶ。気にしてる暇はない。どうせ撤退すると見せかけて、結構な数の兵士を現場に隠れさせているはずだ。
案の定、飛び出してきた宰相が号令をかけ、茂みや建物の陰などから多数の兵士が姿を現した。
とはいえ近くへ隠れるためには馬を側においておけず、馬に乗ってる連中が待機してる場所は、現場から結構離れている。
「なんとか逃げきれそうだな」
「それはいいが、どこへ向かうんだ?」
エリシアがロミルに聞いてきた。
「とりあえず、ナスラの町へ行くぞ。あそこの地理にはそこそこ詳しいし、サラの救出を依頼してきた家族もいるからな。長居はできないだろうが、報告はしておかなきゃならんだろ」
反論は出なかった。ロミルが決めたとおり、二匹の馬を使い、三人でナスラの町を目指す。幸いにして、追手の気配は感じない。
「ナスラの町を避難場所と思ってないのか。それとも、アルガルが倒されたことで警戒してくれてるのか。何にせよ、落ち着いて移動できるのはいいことだな」
いざとなれば戦闘でも何でもするが、緊張状態が四六時中続くのは好ましくない。たまには平和も必要だ。
馬を走らせ続け、ようやくナスラの町へ到着する。周囲は次第に暗くなり始め、鉱山の町はこれからが本番だとばかりに賑やかさを増す。
町に常駐する兵士に、ロミルたち討伐の命が出ていたら騒ぎになる。エドガーらに迷惑をかけるわけにはいかないので、こっそりと移動する。
家の場所を知っているサラとエリシアの案内で、エドガーの家の前へ到着する。サラがドアをノックした。
すぐに応答があったものの、万が一の事態を考慮してロミルが先頭に立つ。
国の命令を受けた兵士たちが、エドガーの家で待ち構えてる可能性もゼロではないのである。
ドアを開けたのはエドガーの妻のミーシャだった。サラの顔を見るなり、その場で泣き崩れる。
何事かとエドガーや息子のディルも玄関までやってきた。
「急に税率軽減の御触れが出たので、無事だと思っていました。さあ、早く中へ入ってください」
空腹だったのもあり、ロミルが真っ先にお邪魔する。
顔見せだけのつもりだったのかもしれないが、そうなるとエリシアたちもすぐには帰れない。
結局、三人揃ってエドガーの家に上がった。用意されたお茶と軽食を、とりあえず胃袋へ流し込む。
「ふう。やっとひと心地ついたぜ。昨日の夜から、何も食ってなかったからな」
城へ忍び込む前に、王都でワインと軽食をとったきりだった。
必要最低限の水分は携帯していたが、長期戦になると思ってなかったので、食料を用意せずに忍び込んだのである。
「そういえば、私も似た感じだったな。美味しかったです。ありがとうございます」
エリシアが、食事を用意してくれたミーシャへ丁寧にお礼を言った。
身体を少し休めていると、今度はエドガーがロミルに深々と頭を下げた。
「サラ様を助けてくださって、ありがとうございます! このご恩は一生忘れません!」
「気にする必要はねえよ。俺は自分が欲しいものを盗みにいっただけだ」
「まあ……首領様ったら……ぽっ」
頬を赤らめたのは、サラだけではない。エリシアもまた、真っ赤な顔を俯かせて気恥ずかしそうにする。
「とはいえ、依頼を受けたのは事実だからな。一応、報告しにきてやったのさ」
「はい。ありがとうございます」
またしてもお礼の言葉を口にしたエドガーの隣で、サラ大好きっ子のディルが大はしゃぎする。
「ロミルお兄ちゃんって、凄いんだね。僕も大きくなったら、盗賊になるよ」
「はっはっは。それはお父さん、許さないぞ。何の生産性もなく、人様に迷惑をかけるだけの最低最悪な職業だからね」
「……次の依頼は、お前の暗殺か。確かに請け負ったぞ」
さらりと喧嘩を売ってきたエドガーを睨みつけると、実にわざとらしく土下座をしてきた。
悪気はないのですとサラが言うも、その上でロミルをコケにしてるようにしか見えなかった。
「まあ、いいさ。特別に許してやるよ。今の俺は上機嫌だからな」
ニヤリと笑って、エリシアとサラを見る。
「今夜のうちにアジトへ戻って、盗んできた宝物をじっくり愛でなきゃな。クク、楽しみだぜ」
「ひ、人様の家で、いやらしい笑い声を出すな。ふ、不本意だが、盗まれた以上……わ、私は……その……仕方ないと……う、受け入れるが……」
エリシアに続いて、サラも同様の発言をする。
「そうですね。宝物として、首領様に愛でられたいと思います。家族に勘当され、盗賊となった私ですもの。首領様に忠誠を誓いますわ」
エリシアとサラを両脇に抱え、アジトで酒盛りをしてからベッドへなだれ込む。そのままハーレムモードで大人の男になるのだ。
女たちもその気みたいなので、計画が不発に終わる確率は限りなく低い。ロミルは瞳を輝かせた。
そうと決まれば、早速エドガー家をあとにしよう。動き出そうとしたロミルだったが、目の前に現れたミーシャに邪魔をされる。
「どうかしたのか?」
尋ねるロミルの足元で、ミーシャが三つ指をつく。
「……望まれていた報酬のお支払いを……ですが、せめて……他の場所でお願いします。私の覚悟はできていますので……」
瞳を潤わせる人妻の姿にただならぬ雰囲気を感じたのか、エリシアとサラが同時に近くへやってくる。
「依頼の……」
「……報酬?」
きょとんとするエリシアとサラを見て、即座にまずいと判断する。
「そ、その話は他の部屋でじっくりしようじゃないか。エリシアもサラも疲れただろ。先にアジトへ帰ってていいぞ」
ジェスチャーも交えながら帰れと告げるロミルを、エリシアが片手で押し退ける。
「……ミーシャ殿。よければ報酬とやらの中身について話してくれないだろうか」
「は、はい……」
エリシアに促されたミーシャが、ロミルに要求された報酬の内容を詳細に説明する。
事情を聞いたエリシアの背中から怒りのオーラが立ち上る。間近で見ているロミルは、生きた心地がしなかった。
前面に好意を出したりしないのに、嫉妬ばかりするのはどういうわけだ。逆に責めてやりたかったが、口が上手く動かない。
怒りの鉄拳でも見舞われるかと思いきや、同じく事情を知ったサラが笑顔でエリシアをなだめる。
「首領様も男性ですもの。たくさんの女性を愛したいと思って当然です。王族とて、愛人がいたりしますからね」
「そ、そうか。サラが言うと説得力がある。しかし……」
「英雄色を好むともいいます。これくらいは許容してあげましょう。ですが首領様。今夜は是非、私たち二人だけを可愛がってほしいのです。それとも、ミーシャ殿おひとりにします?」
さすが元王族というべきか。男の気持ちを理解してくれたサラに心の中で拍手を送りつつも、ロミルは悩んだ。
熟れた人妻のミーシャは実に魅力的だ。夫ある女性を相手にするというだけで興奮できる。とはいえミーシャを選んだら、エリシアとサラがへそを曲げる可能性が高い。
エリシアやサラを選べば、報酬の受け取りを一度拒否したといって、ミーシャは応じてくれなくなるだろう。それもまた大きな損失だ。
ならばいっそ四人でというのが理想的だが、現場の雰囲気が提案を拒む。仕方なしにロミルは、恰好をつける道を選ぶ。
「報酬として要求しといてなんだが、宝物は手に入れたからな。アンタは自分の宝物――夫や息子を大事にしな」
「……っ! あ、ありがとうございます。本当に……ありがとうございます!」
涙を流して、ミーシャが何度もロミルにお礼を言う。
その姿を見て確信する。これは惚れたなと。ただならぬ好意を抱いてさえくれれば、報酬関係なしに熟れた人妻を楽しく遊べる。それこそがロミルの狙いだった。
「サラ様も助かり、私たちの生活も楽になる。万々歳ですな。ロミル様に依頼して、本当によかったです」
ロミルの気が変わらないうちにとでも思ったのか、ここぞとばかりにエドガーが話をまとめようとする。
「それにしても国王陛下は、大事な指輪をどうして指にはめておかなかったのでしょうね。一番安全だと思うのですが」
エドガーが、誰にともなく言った。
「サラの話じゃ、王家の血を引く者に限られるのかもしれねえけど、指輪さえ持ってりゃ王位を継承できそうな感じだったからな。これみよがしに指にはめてれば、他の王族に王位を与えたい奴らに暗殺されてもおかしかねえだろ。強引に指から奪って、王位を継承したあとに、前国王は逆賊だったとでも言えばいいんだからよ」
「実際にそのような事件が、過去にあったみたいですわ」
ロミルの推論を引き継ぎ、サラが言葉を続ける。
「私も、国王陛下が公の場で指輪をしてる姿を見た覚えがありません。きっと以前から隠していたのでしょう」
「なるほど……とにかく今回はお疲れ様でした。これは少しばかりですが、お礼です」
そう言ってエドガーは、わずかな金貨が入った布袋をロミルへ手渡そうとした。
遠慮なく――。
口から吐き出そうとした言葉を遮るべく、サラがロミルの前に立った。
「私たちに渡すお金があるのでしたら、ディルのためにお使いください。その方が、私も嬉しいです」
「いや……俺は嬉しくねえんだが……」
「ありがとうございます、サラ様。何から何までお世話になりました」
「いや……どう考えても、今回の件で一番世話してやったのは俺だろ……」
続いて一家を地下牢から救ったというエリシアも賞賛されるが、やはりロミルはどことなく蚊帳の外だ。
「依頼を果たしたんだから、報酬だって貰っていいじゃねえかよ。そもそも俺は盗賊だぞ。いっそ、金も妻も盗んでやろうか」
ひとり拗ねるロミルを、まあまあとサラがなだめる。
「よいではありませんか。お金を貰えなくとも、首領様には私たちがおりますわ。機嫌を直すためにご奉仕いたしますから、拠点へ戻りましょう。ねえ、エリシア様」
「……そうだな。は、恥ずかしいが……ご、ご奉仕してやろう……い、いや、させてもらう……」
サラに続いてエリシアまでご奉仕などと言い出したものだから、頭のてっぺんから足の爪先までスケベなロミルは有頂天だ。
「仕方ねえな。今夜は寝せねえぞ。クックック!」
愉快な気持ちで高笑いをする。エドガー家をあとにして、アジトへ戻れば桃色のウハウハ生活が待っている。
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