第29話

「城から貰ってきた。裏庭から隠し通路を使って侵入したら、宝物庫らしき部屋に出たんでな。サラは知ってるだろ」


「いいえ。宝物庫があるのはわかっていましたが、立ち入るのを許されておりませんでした。隠し通路があったなんて、初めて知りました」


「そうか。まあ、そこで頂戴したのさ。魔法で動いてるっぽい石像にも苦労させられたしな。時間がなかったから、盗んできたのはわずかな金貨と変な指輪ひとつだけだ」


 ポケットに入れていた指輪を取り出す。日の光に当てて、改めて観察する。年代ものではありそうだが、やはりロミルには価値がわからない。


 幾らかの金にでもなればいい。粗末に空中へ投げたり撮ったりして遊んでみる。


「あ……ああっ!」


 いきなりサラが大きな声を出した。いつになく、驚愕の表情を浮かべている。


「何だ? 俺の魅力を再認識でもしたか?」


「それは首領様が城へ助けに来てくださった時に……ぽっ……ではなくて! 手に持っている指輪を見せてくださいっ!」


「こいつか? 古いだけで、あまり価値はなさそうだぞ」


 隠す理由もないので、見たがっているサラに指輪を手渡す。


 受け取った指輪をサラは自分の手のひらに乗せ、角度を変えては何度も確認する。


「これは……やっぱり……」


 指輪を観察するサラがあまりに真剣だったので、期待感を復活させたロミルは


「高く売れるのか?」と聞いてみた。


「う、売るなんてとんでもありません。これは王家の指輪です。王位を継承する者は、これを指にはめて儀式を受けなければならないのです。いわば、王たる証といっても過言ではありません」


「王の証って、何でそんなのが宝物庫に……って、ああ。だから人の力では持ち運びできないような木箱の中に隠してたのか」


「そうなのですか?」


 サラが小首を傾げる。小動物みたいな仕草が、なんとも可愛らしい。


 あまりデレデレしすぎるとエリシアの小言を貰いそうなので、気にしないようにロミルは当時の状況を説明する。


「ああ。木箱の中一杯に金貨が入っててな。泳いで遊ぼうとしたら、偶然底にあったのを見つけたんだ。小さな箱に入ってたんだが、それを開けると宝物庫の中にあった石像が動き出しやがったんだ。王の証とやらを守る番兵だったわけか」


「どうして陛下は、そのような場所へ大切な指輪を隠したのだろうな」


 当たり前の疑問を口にしたのはエリシアだ。


 ロミルの頭の中にも浮かんでいた謎に、国王の娘でもあるサラが「恐らくですが……」と推論で応じてくれる。


「指輪を奪われ、王位継承の儀式をされると、強制的に陛下は国王の座を追われます。前国王の意を無視して行えるからこそ、過去には指輪を巡った悲惨な争いも起きたらしいです。その指輪を誰かに奪われるのが嫌で、自分しか知らない場所に隠したのだと思います」


「なるほどな。宝物庫への出入りを制限しておけば、そうは見つからねえもんな。盗みに入った奴がいても、金貨で満足してもらえれば安いもんだ。仮に箱が見つかっても、強力な石像に撃退させる。なかなか、よく考えてんな。この俺には通じなかったけどよ」


 得意になっていると、大勢の足音や馬音が聞こえてきた。アルガルとの戦闘も含め、のんびりしすぎてしまったらしい。


 サラを抱えながら逃げても、馬を使われてる以上、そのうちに捕まる。瞬間的にはロミルの方が速いが、持続力や体力では敵わない。普通の人間と同様の走力しか持たないエリシアもいる。


「大勢の兵士や騎士に同時に襲ってこられたら、さすがに手の打ちようがねえな。さて、どうするか」


「大丈夫です。私に考えがあります」


 頼もしい台詞とともに、胸を張ったのは三人の中で一番戦闘能力が乏しいサラだった。


 五分も経過しないうちに、ロミルたちの前にムルカの軍が現れた。


 こちらの姿を確認すると、後方から一台の馬車がやってきた。降りてきたのは国王のベルサリトと宰相のダーレグだ。


「おやおや、これは国王陛下。奥方とではなく、宰相と旅行ですか? 二人がそんな関係だったとは驚きですな」


 わざと丁寧な口調を使ったのは、相手を挑発してからかうためだ。しかしベルサリトは、そんなのはどうでもいいとばかりにロミルを見てきた。表情に余裕はなく、前髪が額にべっとり張りつくほどの汗を浮かべている。


 これはもしや……。ロミルが口角を吊り上げると同時に、焦りを隠せないベルサリトが口を開いた。


「おい、盗賊。貴様……余の大切なものを奪ったのではあるまいな!」


「ああ。お前の愛娘を盗んだばかりだ。俺に惚れたらしいし、いいだろ」


「まあ、首領様ったら……ぽっ」


 両手を頬にそえたサラが、恥ずかしそうに言った。


「ぽっ……とか自分で言ってる場合ではないだろう。からかいすぎて、逆上されたら厄介だぞ」


 忠告してきたエリシアに、ロミルは「わかってるよ」と言葉を返した。

 それからすぐに、ロミルたちを自ら追ってきたベルサリトに視線を戻す。


「どうやら、地下の宝物庫を荒らされたのに気づいたみたいだな。正解だ。想像どおり、アンタの大切な指輪を盗んだのは俺だよ」


 指輪という正確な単語が出たことで、ベルサリトも間違いないと確信したらしい。宰相のダーレグと一緒に顔を青ざめさせる。


「すぐに返せっ! あの指輪にたいした価値はない。貴様が持っていても、何の役にも立たんぞ。そうだ。特別に余が言い値で買い取ってやろう!」


「冗談だろ。あの指輪とサラがいりゃ、裏から国を牛耳るのだって可能なんだぜ。素直に返すバカがどこにいる」


「ぐ、ぐぐ……サラの入れ知恵か。娘でありながら、どこまでも余の邪魔をするか!」


「そんな……いえ、私も覚悟を決めました」


 サラが一歩、前に出る。


「指輪を返すのには条件があります。私の関係者への報復の禁止と、国民への税率を現在の五分の一まで減らしてください」


「ご、五分の一だと!? ふざけるな! 他国から侵略されぬためにも、軍の整備や食料の確保は大事だ。税を減らしたら、必要な準備すらできなくなる!」


「承知しています。軍備などの面を考慮した結果、現在の五分の一の税率でもやっていけると判断しました。ムルカは他国に比べても、税率が高すぎるのです。陛下や宰相らが贅沢を我慢すれば、国はより豊かになります」


 正論極まりないサラの要求にも、ベルサリトはすぐに頷かない。顔を真っ赤にして、怒りを露わにする。


「国民ごときに気を遣う必要などない! 連中は王族や貴族のために、ひたすら働いて貢げばよいのだ! 搾取される側への配慮など無用!」


「陛下ならば、そうおっしゃると思っておりました。ならば、私が指輪を使い、女王として即位します」


「な、何だとっ!? 余を……実の父親を城から追い出そうというのか! 親不孝者め!」


 実の娘を殺そうとしやがったくせに。喉元まで出かかった指摘を、寸前で我慢する。今はロミルが、口を挟む場面ではない。


 取り乱すベルサリトに、ならばとサラは最初の要求を繰り返す。


「陛下が国王の座に留まりたいのであれば、ただちに税率の変更を行ってください。その際、今後いかなる理由があろうとも、税率を変更できない旨の一文を入れるのも忘れないようにお願いします」


「民のために親を捨てるか。覚悟はできているのだろうな」


「もちろんです。指輪を返したのちは、王族ではなく盗賊として生きていきます。それとも、女王に即位すればよろしいですか?」


 税率を五分の一に減らそうとも、王でいる限り権力は所持できる。拒んだところで、サラが女王になれば同じだ。それならば収入を減らしても、権力を維持する方を選ぶ。


「ぐ、うう……! ダーレグ! 貴様の私兵は何をやっているのだ!」


 歯ぎしりするベルサリトに怒鳴りつけられ、宰相のダーレグが直立不動になる。視線は真っ直ぐにエリシアへ向けられた。


 サラとの会話を聞いただけで本人から教えられていないが、エリシアがダーレグの私兵なのはロミルもわかっていた。


「エリシア! 王女とそこの盗賊を殺し、指輪を奪え! そうすれば、お前だけでも許してやる」


 ダーレグに言われたエリシアは、地面で気絶したままのアルガルを指差した。


「アルガルが色々と教えてくれたぞ。宰相閣下や陛下の邪な趣味も含めてな。そのような者には従えぬ。それに私はもう騎士になるつもりはない。盗賊だからな」


 ニヤリとするエリシアに命令を拒絶され、ベルサリトとダーレグはますます打つ手がなくなる。


「騎士たちに襲わせようと考えない方がいいぜ。うっかり手が滑って、大事な指輪を破壊しちまったら困るだろ」


「……フン。盗賊ごときが知ったふうな口をきく。やれるもなら、やってみるがよい。指輪がなくなれば、税率を下げる理由もなくなるのだぞ」


「そうだな。ついでに、アンタが国王でいられる理由もなくなっちまうけどな」


 ロミルの発言に、ベルサリトが心底悔しそうにする。


「さあ、どうするのですか」


 指輪を手に持っているサラが、再び声を張り上げた。


 決断を迫られた国王ベルサリトは、悔しそうに唇を噛む。権力を所持したければ、サラの要求に従うしかなかった。


「ダーレグ! サラの言うとおりにしろ! 税率の軽減が実行されるまで、指輪を手放そうとしないだろうからな」


「ハッ!」


 命令を受けた宰相のダーレグが、わずかな手勢を連れて王都へ戻って行った。

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