第28話

 理性などまったくない。狂戦士と化したアルガルが、正面から突っ込んでくる。


 凄まじいプレッシャーだが、勝利するためには怯んだりできない。ロミルが敗北すれば、戦いを見守ってる二人の女性も悲惨な運命を辿るはめになる。


 強く息を吐き出し、殺気を帯びたロングソードの一撃を横へ飛んでかわした。地面に突き刺さったはずの剣先が、即座に軌道を変えて水平にロミルへ向かってくる。腕力にものを言わせただけの強引な一撃だった。


 予期してなかったとはいえ、全力で後ろに飛べば何とかなる。スピードで上回ってるのはロミルだ。


「往生際が悪いぞ。さっさと観念しやがれ!」


「黙れっ! 殺すっ! 殺すうゥゥゥ!!!」


 逆上してる相手に言葉など通じない。血走った目で剣を振り続けるアルガルは、危険のひと言だ。


「迂闊に突っ込んだら、逆にこっちがやられそうだな」


 勝利が近いからといって慌てたりしたら、寸前で逆襲を食らってゲームオーバーになりかねない。こういう時ほど、慎重になるべきだ。


 攻撃を回避しながら様子を窺っていると、突然にアルガルが顔を歪めた。大量の脂汗が浮かぶ。


 狂ったように剣を振り続けた影響もあって、エリシアとの戦闘でダメージを負った場所が痛みだしたのだ。逆上してる状態でも強烈な苦痛を覚えたくらいだから、常人では立っていられない辛さのはずだ。


「哀れだな。最後に足を引っ張ったのが、下に見ていたエリシアに負わされたダメージとはよ。ま、おとなしく倒されとけ」


「うるさいィ! 騎士の俺が、盗賊ごときに負けるはずがないィ!」


「相手が悪かったな。今後はロミルという盗賊の名前を聞いたら、きちんと避けて歩けよ」


 首筋にショートソードを這わせる。致命傷にもなりかねない危険な一撃だ。


「がはっ……! そ、そんな……お、俺は……」


 ドサリと。両手を広げたアルガルが、地面に倒れる。空を見る顔からは、どんどん血の気が失せていく。


「俺の勝ちだ。約束どおり、お前のものとなったエリシアを盗ませてもらうからな」


 ロミルが勝利宣言していると、状況を見守っていたエリシアがやってきた。


「アルガル……いや、アルガル殿。理由はどうあれ、貴方のおかげで、私は憎き父から救われた。その点だけは感謝する。それと、約束は守りたいが、どうやら叶わないようだ。私はここにいる盗賊の手で、盗まれてしまうらしいからな」


「……覚えて、おけ……必ず、俺がこの手で……貴様らを……殺してやる……」


 憎しみの視線と恐ろしい言葉を残し、騎士アルガルは気を失った。ようやく静かになったところで、サラも近くにやってくる。


「致命傷とならないように、少しだけ回復させておきますね」


 ロミルは素直に、頼むとお願いした。中途半端な攻撃では相手の動きを止められないと思ったので、おもいきって首筋を狙った。かなりのダメージになっても、回復魔法の使えるサラがいればなんとかなると判断したからだ。


「腕を斬って剣を持てないようにしておきたいが、回復魔法の使い手がいたら、すぐ治しちまうんだろうな」


「そうですね。ですが、ムルカで回復魔法を使えるのは、私だけのはずです」


 サラの言葉に、ロミルは苦笑する。


「そんな重要人物の王女を、自身の権力を守りたいがために殺そうとしたのか。俺にはさっぱり理解できねえな。上手く懐柔して、利用すればいいじゃねえか」


「私としても、陛下が民を思う政治をしてくれるのであれば、いくらでも協力するつもりでいました。ですが、私の前に豪華な洋服や宝石を並べるばかりでしたので……」


「懐柔作戦は実行されてたのか。なるほどな。サラに協力を求めるためには、金よりも清い心が必要になる。権力大好きな国王だけに、頭が痛くなっただろうな」


「かもしれませんね」


 寂しそうにサラが言った。血を分けた父と娘だけに、最後まで国王の心変わりを望んでいたのである。


「それはそうと。回復魔法の使い手がいないなら、復讐される危険性を少しでも減らさせてもらうかな。命までは奪わねえから、安心しろ」


 そう言ってロミルは、気絶中のアルガルの防具を腕部分だけ外した。剣を持てないようにショートソードで傷をつける。


 続いてサラが首筋に続いて、腕の傷も表面上だけ回復させる。腕を動かすための神経などは傷ついたままなので、日常生活はできても、剣を振るうのは難しい。このままなら、騎士としては使いものにならないはずだ。


「もう一本の腕にも、追加でダメージを与えておくか。血走った眼で復讐にこられても迷惑だしな」


 アルガルの両手にダメージを与えたあと、しゃがんでいたロミルは立ち上がった。


 不意にエリシアと目が合った。そういえばと、ロミルはニヤリとする。


「アルガルの所有物になったお前を、俺が盗んだんだ。要するに、エリシアはもう俺の女ってことだな」


「なっ――!? そ、そんなむちゃくちゃな理屈があるか!」


「どこも変じゃねえだろ。あのままなら、お前はアルガルの情婦だったんだ。盗んだ俺が自分のものにして、何が悪い」


「そ、そうなるのか? い、いや、しかし……く、ううう……」


「騎士なら、誓いを破ったりはしねえよなァ? お前が負けたアルガルに俺は勝った。だからエリシアは俺の情婦。はい、決定」


「……そ、そう……だな。私は……お前に盗まれてしまったのだからな。し、しし仕方がない……」


 ロミルは心の中で、本当かよと叫んだ。

 拒絶されるのを覚悟でしつこく言ってみたら、なんとエリシアが納得した。

 これでロミルは、エリシアの巨乳を好き勝手にもてあそぶ権限を得た。


 なにせ、情婦だからな情婦。ついに俺も一人前の男となるのか。平静を装おうにも、はしゃぎっぱなしの心では難しい。


 涎を垂らしそうな勢いで、ロミルはエリシアに近づく。せっかくだから、鎧を脱がせて巨乳を揉んでみようなどと考えていた。


 いざ手を伸ばそうとした矢先、アルガルへの最低限の処置を終えたサラが立ち上がった。


「私の立場も、エリシア様と一緒ですわ」


 にっこり笑って宣言する。どうやら先ほどの会話を、回復魔法を唱えながら聞いていたらしい。


「王女だった私は、首領様に盗まれてしまいました。エリシア様と同様に、所有物にされてしまったのです」


「ウム。そうなるな」


 腕を組み、得意げにロミルが頷く。


 巨乳と爆乳を両手に抱えたハーレム生活。想像するだけで涎が止まらなくなりそうだ。


 二人の女もそれを望んでいるはずと思いきや、何故かエリシアが怒りを露わにする。


「そうなるな……ではないだろう! サラも何を考えている! 国王陛下の愚行を正すためにも、一層の努力をすべきではないか!」


「そうしたいのですが、城へ戻れば確実に処刑されます。首領様と行動をともにするのが、一番なのです。エリシア様も念願の騎士になるため、努力してはいかがですか?」


 仲が良かったはずのエリシアとサラが、至近距離で視線をぶつけ合わせて火花を散らす。その迫力たるや、狂暴化したアルガル以上だ。


「壮観だな。俺を取り合って、二人の女が争うとは。だが安心しろ。二人とも、俺の女として可愛がってやるぞ!」


 これで全員が喜んで、誰もが羨むハッピーエンドに突入する。そう思っていたロミルに、二人の女の怒りに満ちた視線が注がれる。


「二人とも? 騎士とは、一途であるべきだ。主君への忠誠が絶対なようにな!」


「その点についてはエリシア様に同意します。二兎を追う者は一兎も得ずと、よく言いますよ?」


 怒り顔のエリシアはもちろん、笑顔のサラも実に怖い。


「選ぶとしたら、二人ともだ。反抗は許さねえぞ。お前らは、俺が盗んだんだからな」


 ニヤリと笑って言い切る。怯んだら負けなのは、直感で理解していた。

 おかげで二人の女性の頬を赤らめさせ、黙らせるのに見事に成功した。



「わかったんなら、さっさとこの場を離れるぞ。いつ追手が現れるかわかんねえからな」


 地面に散らばっていた金貨を拾い集めながら、ロミルが言った。


「そういえば……その金貨はどうしたんだ。私を働かせて得たお金の残りか?」


 尋ねてきたのはエリシアだ。

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