第27話

「わ、私は……負けたのか……こんな……男に……! これでは……騎士になど……なれなくて、当然……だな……」


「心配しなくても、騎士には推薦してやるさ。遠征時に、俺のストレスを発散させる任務専門のな! 一ヶ月もすれば、好き者になってるだろうぜ!」


 もう一度蹴りつけたあとで、アルガルはエリシアへ立ち上がるように命令した。


「戦う前に誓った約束を守ってもらうぞ。お前だって騎士を目指していたんだ。まさか反故にしたりはしねえよな」


 根が真面目で純粋なエリシアだけに、約束という二文字には何より弱かった。

 敗北の苦い味に瞼を閉じながらも、地面に倒れたまま顔を上下に動かした。


 満足げなアルガルが、立ち上がったばかりのエリシアにこの場で裸になれと命じた。


 恥辱に唇を震わせるエリシアが、躊躇いながらも手を自身の鎧へ伸ばしていく。本気で裸になるつもりなのだ。


 普段ならラッキーとストリップを見物するところだが、泣きそうなエリシアの顔を目の当たりにしたロミルにそんなつもりは一切なかった。


 首領様と潤んだ瞳で見上げてくるサラの頭を軽く撫でてやったあと、ロミルは二本のショートソードを両手に構えて歩き出す。


「お楽しみのところ悪いが、邪魔をさせてもらうぜ」


「やめろ、ロミル」


 声を発したのは、エリシアだった。


「手を出すなと言ったはずだ。私はアルガルに負けた。約束どおり……情婦にならなければならない。だから……」


「何を勘違いしてんだ。お前を助けるつもりなんてねえよ。俺はただ盗賊らしく、欲しいものを盗むだけだ。そこにいる騎士様からな」


 細めた目が見据える先には、ロングソードを片手に持ったままのアルガルがいる。


「ならば俺も、処刑予定の王女をさらった盗賊を処罰するとしよう。安心しろ、この場では殺さない。王女の代わりに、前庭の処刑台へ登らせてやる」


「丁重にお断りさせてもらうためにも、アンタを叩きのめさせてもらうぜ」


 頑固なエリシアを敗北の呪縛から解き放つためには、ロミルがアルガルに勝つしかない。


 剣の実力では敵わないが、スピードに関しては別だ。最初から全力で攻撃を仕掛ける。


 攪乱するために横へ動くと見せかけてから、スピードを上げて突っ込む。正面から突撃してくるのは予測していなかったはずだが、アルガルはロミルのショートソードをロングソードで防いだ。


「さすがの反応だな。だが、ショートソードはもう一本残ってるぜ」


「わかってるさ。スピードは尋常じゃないが、すでに城で一回見せてもらっている。油断はできないが、対処はできる」


 右手に続き、左手で繰り出したショートソードを、上半身だけを動かして回避する。同時にロングソードでロミルの右手を弾き、体勢を崩させたあとで反撃に転じる。


 従来のバランスでなくとも、片足だけでも残っていればバックステップでかわせる。


「逃がすかっ!」


 ロミルの行動を予見でもしていたのか、間髪入れずにアルガルが追撃してくる。体重の乗った突きが、喉元目がけて放たれた。


 サラの悲鳴が遠くから聞こえる。捉えたと確信したアルガルが勝利の笑みを浮かべる。


 常人が相手なら勝敗は決していた。ここでもロミル生来の特殊体質が味方してくれた。


 ギリギリのところで後ろに倒れ込みながら身体を捻る。右肩から地面へ転がる。


 次の攻撃が来る前に、急いで立ち上がる。ただでさえ運動神経抜群のロミルだ。他人の三倍のスピードで一連の動作を行えば、いかにアルガルでもついてこられない。


「あの突きもかわすのか。信じられんほどのスピードだ。魔法を使ってるわけでもないのにな」


 悔しそうな様子は見られない。アルガルにはまだ余裕がある。


「剣の使い方はでたらめだが、なるほど。それほどの身のこなしができれば、必要ないだろうな」


「納得してもらえて何よりだ。所持品と引き換えに、見逃してやろうか?」


「冗談だろ。目当てのものをせっかく手に入れたんだ。楽しんでからでなければ、渡せないな」


 商品扱いされても、エリシアは何も言わない。それだけアルガルに喫した敗北がショックなのだ。


「いつまでも辛気臭え面をしてんじゃねえよ。さくっと俺のものにしてやるから、期待で胸をトキめかせながら待ってろ」


「なっ――!? だ、誰が胸などトキめかせるか! 油断してると、一瞬で負けるぞ」


「ご忠告ありがとうよ。へへ。そうやって怒鳴ってる方がエリシアらしいぜ」


 エリシアをからかって遊んでいると、首筋にロングソードが襲い掛かってきた。


 気付くのが遅れても、超人的なスピードで回避可能だ。素早く距離をとりながら、ロミルはからかいの対象をアルガルへ移動させる。


「見事な不意打ちだったな。とても騎士様が好む戦法には思えねえぜ。盗賊にでも転職するか?」


「魅力的な提案だが、断らせてもらおう。騎士でいた方が、権力を利用して楽しく遊べるのでな」


「ククク。もう、本性を隠そうともしねえな。どうでもいいけどよ」


 右手に持っていたショートソードを口に咥える。同時に懐から取り出したナイフを、三本まとめて投げつける。


 ロングソードで払うのを見てから、間合いを詰める。口のショートソードを右手で取り、先ほどのお返しだとばかりに相手の首筋を狙った。


「甘いっ! 殺す気でこなければ、俺には勝てないぞ」


 せっかくの攻撃も、ナイフを弾いたロングソードで防がれる。


「俺に惚れてる女に、涙目で人殺しは駄目とお願いされちまってるからな。殺すわけにはいかねえんだわ」


「そうか。だったら、おとなしく俺に殺されろ。冥土の土産に、エリシアの痴態を見せてやる」


「遠慮しとくぜ。お前を倒したあと、自分の力でゆっくり見る予定なんでな」


 繰り出されたロングソードを難なくかわす。相手も回避されるのを承知しており、すぐに次の攻撃を放ってくる。


 どんなに速い攻撃であっても、それを上回るスピードで避ければ当たらない。幸いにして動体視力も良いので、なんとか見切れる。


 回避はできるが、隙のない相手に攻撃を当てるのは難しい。それならばと、おもいきってロミルは大きく距離を取った。


 身体能力が他人より優れているロミルが全速力で走れば、瞬間的な時速は軽く百キロを超える。


 攻撃をかわした直後の攻撃では、いかに他者より速くても、騎士のアルガルに大きなダメージを与えられない。広い大地を使って、ゲリラ的に攻めた方が効果的だと判断した。


「無駄な足掻きだな。確かに速いが、姿を見失うほどでもない。他の連中ならいざ知らず、俺には通用せんぞ!」


「やってみなけりゃ、わかんねえだろうが」


 四方八方から攻撃を仕掛けても駄目なら、限界を超えるまでだ。ロミルは両足に力を入れる。


 足が引き千切れそうになっても加速を続ける。そのうちに、視界が狭くなってくる。


 風を切る音をおともに、助走をつけてスピードの乗った一撃を放つ。


 フェイントも入れての攻撃を、アルガルはロングソードで受け止めるしかなかった。


 防御してロミルの動きを止めてからでないと、アルガルも攻撃を命中させられないのである。


 ショートソードとロングソードがぶつかり合い、火花を散らす。衝撃が手に伝わってきた直後、ロミルは右手に持っていたショートソードを離した。


「ほらよ。俺の奢りだ、受け取りな!」


 空いた右手をズボンのポケットに突っ込む。叫びながら取り出したのは、城の宝物庫らしき場所から頂戴してきた金貨だった。


 勿体なさすぎるが、投げた金貨はあとで拾えばいい。まずは現在の勝負に勝つのが先だ。


 アルガルの眼前でばら撒いた金貨は、ロミルの想定どおりに相手の視界の大半を潰してくれる。


 相手がいきなり出現した金貨に戸惑ってる間に、持ち前のスピードを活かして背後へ回り込む。


 卑怯などと言われても気にしない。騎士ではなく、ロミルは盗賊だからだ。


 首の後ろ、頸椎のあたりに狙いを定める。悪寒でもしたのか、反射的にアルガルが防御態勢を取る。


 ロミルが待っていたのは、その瞬間だった。防御のために前に出てきた腕を斬りつける。フルプレートアーマーでないがゆえに、ショートソードで攻撃できる部分があった。


 剣先で肌を斬り裂かれる激痛に、アルガルが悲鳴を上げる。利き手で武器を持てなくなれば、勝敗は決したも同然だ。


 そう思っていたが、予想に反してアルガルは左手でロングソードを構え直した。右手から血が流れるのもお構いなしだ。


「許さんぞ、貴様ァ! 絶対にこの場で殺してやるっ!」

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