第26話

「最低なのは、借金を清算してもらっておきながら、娘を寄越さなかった男の方だろ。せっかく程よく成長するのを待って、食らい尽くしてやろうと思ってたのによ。腹立たしく思ってたところ、宰相のダーレグが激怒しながら喚いてるじゃねえか。宰相室に入って理由を聞いたら、エリシアの名前が出てきたんで驚いたぜ。そこで俺も事情を説明し、王都へ呼ぶように頼んだのさ。俺が満足したら、宰相や陛下にも味見させる条件付きでな」


「……私は……そんな連中の口車に乗せられて……く、うう……」


「おいおい。どうせ泣くなら、ここじゃなくてベッドの上にしてくれ。すぐにでも連れて行ってやるからよ」


「そりゃ、無理だ。俺があの世に連れていくのが先だからよ。盗賊らしく、盗ませてもらうぜ。テメエの命をな」


「やってみろよ、盗賊ごときが。スピードが速いだけで、俺に勝てると思うなよ!」


 ロミルとアルガルの戦闘が開始されようとした時、ショックのあまり地面に膝をついていたエリシアが大きな声を上げた。


「待ってくれ、ロミル。アルガル殿とは……いや、その男とは私が戦う。これだけは絶対に譲れない……!」


 辛い思い出ばかりとはいえ、父親を殺されたのに変わりはない。同時にアルガルは、エリシアが大好きだった母親の死にも関与していたのである。


 ショックが通り過ぎれば、マグマのごとき怒りがやってくる。感情を抑えたりはせず、立ち上がったエリシアは手に持っていた剣の先端をアルガルへ向けた。


「貴方がいかなる理由で私を助けたのだとしても、今さら恨み言を口にするつもりはない。両親――特に父の仇だと言うつもりもない。だが! この場面、騎士であるならば、必ずや貴方という悪に剣を向けるだろう。今、私がしているように!」


「騎士になれずとも、騎士道精神を大事にするというわけか。フフ、やはり青いな。この世には必要悪というのもある。甘ったれた理想だけでは、どうにもならんぞ」


「現実が汚れきっていることくらい、幼少時に理解している。それでも私は己の心を大事にしたい。サラと出会って、強く思うようになった。だからこそ恩人であっても、必要があるなら躊躇いなく斬ろう」


「強がるのは結構だが、お前じゃ俺には勝てないぞ。人を殺したことがないだろ? 剣筋を見てればわかる。そんな半人前が、本物の騎士である俺に敵うわけがない。おとなしく、投稿しろ。そうすれば命を奪わないどころか、たっぷりといい思いをさせてやる。成長したお前の乙女の純情をじっくりと奪いながらな」


「……下衆め」


 吐き捨てるように言ったエリシアが挑みかかろうとするも、アルガルは一向に剣を構えようとしない。


 無抵抗な相手に斬りかかるのは騎士らしくないのか、再三にわたってエリシアは戦闘態勢をとれと要求する。


 当のアルガルは半笑いを浮かべながら、肩をすくめるだけだ。本気で戦おうなどと、思ってないのがわかる。


「どうして、自分の所有物にしようと思ってる女を傷物にしないといけないんだよ。実力も格段に下の相手を、甚振っても面白くないしな」


「ふざけるな!」


「ふざけてなんかないさ。そうだ。だったら、こうしよう。お前が勝てば、俺は自分の罪をすべて告白し、償うために牢へ入ろう。その代わり、負けたら俺の女だ。いつでもどこでも命令に絶対服従の情婦になれ」


 戦いに条件をつけるなど、明らかに騎士らしくない。普通ならエリシアも拒否をする。しかし数々の真実を知り、頭に血を上らせている女剣士はなんと承諾してしまう。


「いいだろう。独学とはいえ、真摯に鍛え上げた私の剣が、堕落した騎士に劣るとは思えない。それで本気になるというのなら、今すぐ承諾してやる」


「ククク。それでこそ騎士だ。いや、正確には騎士見習いか。約束を違えるなよ?」


 眼光を鋭くしたアルガルが、鞘から抜いた剣を構える。


 肌に突き刺さるような緊張感が場を支配する。肩から下ろして隣に立たせたサラが、心配そうにロミルを見てくる。


「首領様……エリシア様は勝てるのでしょうか」


「個人的な予想でしかないが、多分、勝てないだろうな」


 ロミルは素直な予想を告げた。二人と戦ったことがあるからこそ、それぞれの実力をある程度把握できていた。


 エリシアは確かに強いが、一般の騎士となんとか互角に戦えるかどうかといったところだ。それに比べてアルガルは、複数の騎士を同時に相手できるだけの実力がある。


 気合や怒りで剣技の差が埋まるのか。ロミルやサラが見守る中、先に動いたのはエリシアだった。


 互いに間合いをはかりながら牽制し合っていたが、アルガルからのプレッシャーに耐えきれなくなったのだ。


 ロミルもそうだが、エリシアもさほど実戦経験が多いわけではない。これまでは実力が下の相手ばかりだったので、難なく勝利できていただけだ。


「はあっ!」


 気合を乗せた一撃が、咆哮とともにエリシアの両手から放たれる。


 バスタードソードを使うエリシアに対し、アルガルは片手でも扱えるロングソードで応対する。武器の威力だけでいえばエリシア有利だが、経験で勝るアルガルは難なく受け流す。


 逆にバランスを崩すはめになったエリシアのみぞおちに、狙い澄ました蹴りが見舞われる。堪えきれず、エリシアは背中から地面に倒れた。


「軽く蹴ったつもりなんだがな。これで終わりか? だったら、おとなしくその場で服を脱いで全裸待機してろ。王女もひん剥いてから、相手をしてやる」


 いやらしい笑みを浮かべるアルガルにエリシアのみならず、サラも嫌悪を露わにする。


「騎士でありながら、なんと下品な。首領様とは違い、あれは陰湿なスケベです。絶対に許容できません」


「そのとおりだ。俺のスケベは、誰より健康だからな」


 何故か嬉しそうにサラが「はい」と言う。

 その様子を横目で見ながら、アルガルがまたしても下劣な笑顔を見せてきた。


「今のうちに仲良くしていろ。半日もしないうちに、女の悦びに喘ぐエリシアと王女の顔を、目の前で貴様に見せてやる」


「で、絶望でも味わわせようってのか。ずいぶんチープなことを考えるじゃねえか。さすが陰湿なスケベだ」


「せいぜい、いきがってろ。すぐに現実を教えてやる」


「ああ。私がお前にな!」


 余所見をしてるうちに復活したエリシアが、会話へ割り込む同時に攻撃を再開する。


 結構な重さのあるバスタードソードを、女の腕で軽々と振るう。そこらの男どもより、ずっと上手く効果的に扱えている。


 一般の兵士なら敵にもならないが、生憎と今回の相手は騎士団の中でも上位の実力を持つアルガルだ。


 剣戟の大半は回避され、それ以外もロングソードでいなされる。戦闘素人のサラでもわかるほどの実力差があった。


「どうした。この程度か。盗賊団に入り、一般人を相手に無敵だったからと調子に乗りすぎたな」


「黙れっ! 私は負けない! 騎士でありながら、騎士らしくない貴様などに……負けてたまるかっ!」


「意気込みは立派だが、力がなければ、どのような思いもただの妄想と変わらない。いい加減に理解しろ」


 簡単に勝てると思ったせいか、アルガルの動きに緩慢さが見られるようになった。エリシアが勝機を見出せるとしたら、相手が油断している今しかない。


 エリシアも十分にわかっているのだろう。あえて大振りを繰り返し、さらなる油断を誘おうとする。


「そろそろ限界か? 自分を恥じることはないぞ。女にしては、十分な実力だ。俺が強すぎただけでな。では、勝敗をつけてやろう」


 薄ら笑みを浮かべたアルガルが剣を振り上げた瞬間、エリシアは両手に持っていたバスタードソードを今だとばかりに投げ飛ばした。


 投げナイフみたいに扱われたバスタードソードが迫りくる光景に、さすがのアルガルも驚きを露わにする。


 想定していなかった攻撃を慌てて回避する。


「正攻法で敵わないからといっても、今のは奇をてらいすぎだ。さすがに――うっ!?」


 指摘されるまでもなく、エリシアも理解していた。武器であるバスタードソードをあえて手から離したのは、不意をつくのだけが目的ではなかった。


 実力が上のアルガルに、エリシアから目を逸らさせるためだ。狙い通りにアルガルは、飛んでくるバスタードソードに意識を引っ張られた。


 バスタードソードを放り投げると同時に動き出していたエリシアは、千載一遇の機会を得てアルガルの懐へ飛び込んだ。腰から鞘を外し、おもいきり相手の銅へ水平にぶちあてる。


 大きな衝撃音がした。エリシアの両手に、強い手応えが残る。


 アルガルが呻く。開いた口から、胃液を逆流させそうに見えるほどのダメージを負った。そこへエリシアが追撃の蹴りを放つ。


 顔面に命中させて勝負をつけようとしたが、寸前のところでアルガルの手に阻まれてしまう。


「調子に乗るなよ……この小娘があァァァ!!!」


 怒り狂ったアルガルが、腕力にものを言わせてエリシアの女体を放り投げる。


 空中で体勢を立て直そうとする間に、アルガルがエリシアの眼前まで迫る。バスタードソードを手放し、防御しきれないエリシアに次々と攻撃が見舞われる。


 身体だけでなく、顔にまでダメージを食らったエリシアがノックアウトされる。地面へ仰向けに倒れ、苦しそうに息をする。


「手加減してやれば、いい気になりやがって。ぶっ殺されなかっただけ、ありがたく思え! それと、これでお前は俺のものだ。さっきの分も含めて、たっぷりと甚振ってやるから覚悟しておけ!」


 足蹴にされたエリシアが、悔しそうに顔を歪める。

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