第25話
「この一大事に、お前は何をしているのだ! サラのお尻に触るのをやめないか!」
「何でだよ! これも役得のひとつだろ。危険を顧みずに助けに来たんだから、これくらいは大目に見てくれてもいいじゃねえか!」
ロミルが反論すると、他ならぬサラが肩の上で同意する。
「そうですね。颯爽と助けに来てくださった首領様は、とても恰好よかったです。私……胸がキュンとしてしまいました」
「だろ? もういっそ、惚れた方がいいんじゃねえか」
ドヤ顔をするロミルを、横で走るエリシアが鬼の形相で睨みつけてくる。
「一国の王女相手に、不謹慎な発言をするな! 二人揃って打ち首にでもなったらどうする! それと、いい加減にサラの尻から手を離せ!」
「なるわけねえだろ。サラは王女の前に、俺の部下であり仲間だからな。その分、スキンシップも必要だ」
「先ほどから適当な発言ばかりをしおって。お前という男は……」
「焼きもちかよ。ま、エリシアは前々から俺に惚れてたもんな」
「そうなのですか?」
サラがエリシアに聞いた。
「大嘘です。戯言です! 誰が、ロミルのような好色な男などに……!」
「そうですか。では、私が惚れても問題はないのですね」
にっこり笑うサラを見て、エリシアが絶句する。
街中を全力疾走しながら、心の中でガッツポーズを決めたのはロミルだ。
王女であろうがなかろうが、可憐さ溢れるサラはとても魅力的だ。しかも爆乳のおまけ付きである。惚れてもらえたのなら、あれやこれやとやり放題だ。想像するだけで、ロミルの頬がだらしなく緩む。
「逃げてる最中に鼻の下を伸ばすな! サラも正気に戻れ! 人生を捨てるには若すぎる」
普段ならどういう意味だよとぼやいていただろうが、生憎と今のロミルはかつてないほど上機嫌。たいして気にならなかったのでスルーした。
一生懸命に説得しようとするエリシアを見て、サラがクスクスと笑う。
「このような状況だというのに、なんだかとても楽しいです。お城での生活には、ないものでした。首領様はもちろん、エリシア様もありがとうございます。私なんかを助けに来てくださって、感謝の言葉もありません」
「……自分なんか、みたいな言い方をするな。ロミルも言ったが、サラは仲間だ。助けるのは当たり前で、礼など不要」
「その仲間を、騎士の肩書に釣られて殺そうとしたけどな」
「……それについては、言い訳のしようもない。いかに騎士に憧れていたとはいえ、あのような真似をしでかしたのだ。私は最低だ。どのような報いも受ける」
「そうか。なら、俺がサラの代わりに罰を与えてやろう。反省するまで、今後は全裸で生活するんだ」
「わかった。それが罪滅ぼしになる……わけないだろうが! 何だ、それは! ふざけるのも大概にしろ!」
「ふざけてなんかいねえって。服を脱ぐことによって、心も裸になるんだ。素直なエリシアの気持ちを磨くためにも、必要なのさ」
ロミルお得意の口から出まかせなのだが、根が純粋なエリシアは本当にそうかもしれないと悩むそぶりを見せる。
上手くすれば、今後の盗賊活動を全裸でさせられるかもしれない。抱いた大きな希望にウキウキしていたが、そんなロミルの前にひとりの男が立ち塞がる。
「いかに貴様のスピードが速かろうとも、馬に乗って先回りすれば追いつける。王女を抱えておらず、貴様ひとりだけなら逃げ切れたかもしれんがな」
馬に乗って前方に現れたのは、エリシアの恩人だという騎士のアルガルだった。
王都周辺の地理に疎いだけに、真っ直ぐナスラの町を目指していた。王女を捕らえたのもナスラ周辺なので、まさか戻らないだろうと騎士たちが捜索対象から除外してくれるのを期待した。
「そう簡単に逃がすつもりはねえってか。けど、何でアンタひとりなんだ? さっきの戦いぶりを見ても、騎士団の隊長クラスだろ。部下を連れてくりゃ、よかったじゃねえか」
前庭で騎士連中と戦ったが、アルガル以外はどんぐりの背比べ的な実力しかなかった。それでもエリシアと同等かそれ以上の腕前なので、一般兵士と比べればずっと強い。
「前庭にいたのは、アンタの隊だろ。エリシアには聞いてねえが、大体予想はつく。単独で行動した理由は何だ? 部下が足手まといだからじゃねえよな」
「盗賊のくせにずいぶんと頭が切れるみたいだな。どうだ、俺の下で働いてみないか」
アルガルの誘いを、ロミルが笑い飛ばす。
「騎士様が盗賊を部下にするだって? そんなのに応じたら、使い捨てされるに決まってるじゃねえか。ククク」
「……やけに楽しそうだな」
「笑わずにはいられねえだろ。盗賊の俺に狙われた獲物が、命乞いのためにしたのと同じ提案を、王都にいる騎士様がしたんだからよ!」
「貴様は、どこまでも俺を愚弄したいらしいな」
「そう怒るなよ。スケベな同類。アンタがひとりで追ってきたのは、エリシアに執着してるからだろ」
スケベという指摘にエリシアは眉をひそめたが、ロミルには確信みたいなものがあった。
言葉にもしたとおり、アルガルには同類のごとき好色な印象を受ける。女は騙せても、同じ男のロミルには通じない。間違っても、善意だけで人助けをするようなタイプには見えなかった。
「本来ならサラ暗殺に失敗した時点で、エリシアは始末されてもおかしくなかった。国王が王女を狙うなんて、他の国の連中には知られたくねえだろうしな。口を封じておけば安心だ」
騎士道精神を大切にしすぎて根が純粋なエリシアは、自分が期待されてるからだと思ったかもしれない。だが実態は違う。少なくとも、ロミルはそう思った。
「聞けば、サラを誘き出すために捕まえた家族を助けたのはエリシアだっていうじゃねえか。お前らの立場で考えれば、暗殺失敗に続く二度目の失態だ。解放した一家が、何らかの行動を起こす確率は低くねえからな。だが、それでも処分されねえときた。おかしすぎんだろ」
「……不明な点などはない。エリシアが国にとって有用な騎士になると判断し、特別措置を取っただけだ」
馬から降りたアルガルが、面白くもなさそうに説明する。立派な鎧が立てる音を聞きながら、ロミルは口端を上げ続ける。
「失敗続きの時点で、有用じゃねえだろうが。そろそろ白状しろよ。アンタ、どうしてエリシアを助けた。目的があったんだろ?」
「頭が切れると思ったのは、俺の勘違いだったようだな。くだらぬ会話に時間を費やすつもりはない。王女とエリシアを返してもらおう」
「ククク。返してもらう? この場で殺せばいいじゃねえか。それとも他の目的があんのか? 例えば、始末したことにして二人をどこぞに監禁して楽しむとかよ」
笑いながらからかうロミルに激怒したのはアルガル本人ではなく、横で聞いていたエリシアだった。道を違える結果にこそなったが、幼い頃に世話になった恩人なのだから当然だ。
しかし、それは表向きの話。ロミルが抱いていた印象と同様の反応を、少しずつアルガルが見せ始める。
「……このような状況にまでなったのだ。今さら、取り繕う必要もないか」
これまでには決して見せなかった邪悪な笑みだ。アルガルを恩人として慕っていたエリシアの表情が曇る。
「ア、アルガル殿……?」
「そこの盗賊の言うとおりさ。お前を助けたのには理由がある」
エリシアをお前呼ばわりしたアルガルが、言葉を続ける。
「お前の親父とは、酒場で知り合った。ダイスを使った賭けが開催されていてな。そこに参加してやがったのさ。奴は酒だけじゃなく、弱いくせに博打が好きっていう救いようのない野郎でな。ま、そんなことはお前が一番よく知ってるだろうがな。で、負けまくった奴は、自動的に俺へ借金することになった。普通に働いても、到底返せない額だ。土下座して払えないってんで、ならお前の妻に酌をさせろと言ったのさ。そうすりゃ、借金の返済を待ってやるし、少しくらいなら減らしてやってもいいってな。クク、意味はもちろんわかるだろ?」
愕然とするエリシアの顔から、どんどん血の気が失せていく。青を通り越して、白に近いほどだ。
「奴は応じた。それなりに歳は食ってたが、奥さんは綺麗な女だったぜ。俺以外にも世話になった奴はいるみたいだな。きっちり言い含めてるものとばかり思ってたが、どうやら騙し討ちも同然に酒場へ連れてきたらしい。よほど辛かったんだろうな。その後すぐに亡くなったそうじゃないか。死因は言わないでおくけどな」
最悪な告白をしてるはずなのに、アルガルは楽しそうに大口を開けて笑う。これが、この男の本性なのだ。
「本当に最低な奴だったぜ。妻が亡くなった直後、今度は借金のカタに娘を差し出そうとしたんだからな。哀れに思った俺は奴の借金をすべて引き受けてやったのさ。娘を貰う代わりにな。その娘がお前だ、エリシア」
話を聞いていたエリシアがギクリとする。強いショックを受けすぎて、相手に怒声を浴びせる余裕すら失っている。
「娘がどんな感じか見に行ったら、暴力を振るってやがるじゃねえか。身体に消えない傷をつけられたら敵わないからな。夢中で助けてやったぜ。感謝してくれよ」
「驚きだな。盗賊より、たちの悪い男がいると思わなかったぜ。テメエみたいなのが、よく騎士になれたもんだ」
「ある程度の剣の腕があって、世渡り上手なら簡単さ。例えば、手に入れた女を宰相にあてがってみるとかな。ちなみに、女を世話してやったお偉いさんの中には、国王陛下も含まれてるぜ」
今度はサラの顔色が悪くなる。ただの浮気よりもずっと悪印象の女遊びを暴露されたのだから、無理もない反応だった。
「この世界なんて、所詮はこんなもんだ。だから俺も、エリシアを貰ってやろうとしたのさ。可愛がってやるためにな。だが俺は生憎と、熟れた女が好みだ。そこで成長するまで大切に守ってやろうと決めたのさ。なのにあのアホは、油断して娘に出て行かれやがった。腹が立ったから、反逆罪だといって斬り捨ててやったよ」
「最低です……貴方は、それでも騎士なのですか……」
サラが声を震わせる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます