第24話

 ベルサリトの側には、エリシアを私兵として雇った宰相もいる。使い捨てるつもりだったのかもしれないが、関係を表面化させていなかったのが仇になった。


「騎士に憧れていたのは事実だが、私は盗賊だ! それ以外の何者でもないっ!」


 声を張り上げたエリシアに苛立ちを露わにしたあと、ベルサリトがアルガルら騎士に命じる。


「二名に増えた反逆者どもを、ただちに処分せよ。余に逆らった報いを受けさせるのだ!」


「……騎士である以上、俺は主君の命には逆らえん。だが、エリシア自らが王女を処刑し、頭を下げるのであれば――」


「アルガル殿。申し訳ありませんが、私はもう自分に嘘はつけません。騎士でなくとも、弱き人々の力になってみせましょう。何より、主君とすべき方を自分で選びたいのです」


「青いな。理想論だけでやっていけるほど、甘くはないぞ。今もそうだ。この状況下で、どうやって王女を救出するつもりだ。絶望的ではないか」


「――いや。そんなこともないぜ」


 前庭に響いた突然の声に驚き、アルガルだけでなく他の連中も声のした方――ロミルを注目する。


 自慢のスピードで、あっさりと騎士の包囲網を突破してサラの側までやってきた。いきなり現れたに等しいロミルの姿に、誰もが驚愕する。ただひとり、エリシアだけを除いて。


「お前のことだ。とっくに城へ侵入してるのはわかっていた。王女の処刑台を破壊すれば、乱入してくると思っていたぞ」


「さすが俺の右腕だ。踊り子の衣装で巨乳ぶりをアピールしてれば、満点だったがな」


「フン。無事に脱出できたら、特別に一度だけ着てやってもいいぞ」


「きちんと報酬として受け取るさ」


 ニヤけながら話していると、睨み殺さんばかりの視線を騎士アルガルがロミルに向けてきた。


「昨夜の侵入騒ぎの原因は貴様か。どこに隠れていたかは知らんが、わざわざ死にに出てくるとはな」


「アンタがエリシアの恩人とやらか。フン。聞いてたのとだいぶ印象が違うな。俺に近い雰囲気があるぜ、アンタ」


 視線をぶつけあっていると、今度は国王のベルサリトが怒声を浴びせてきた。


「お前は何者だ! 余に逆らうというのか!」


「俺は単に、盗みに来ただけさ。欲しいものをな」


 そう言ってロミルは、隣で呆然としていたサラの頭の上にポンと手を乗せた。


「ついでにいえば、サラは俺の盗賊団の一員だ。つまり俺のもんだ。勝手に処刑されたら困るんだわ。つーわけで、貰って帰るからよ」


「ふ、ふざけるなァ! そんなことが許されると思っているのか!」


「許してもらおうなんて最初から思ってねえよ。俺は盗賊なんだ。相手が王族だろうと、欲しい物は盗む。それだけだ」


 言い切ったあとで、肩にサラを担ぐ。常人の三分の一しか重力を感じないロミルにとっては、少し重めの荷物を担いだ程度の負担にしかならない。


 ロミルの意図を察したエリシアが、アルガルに体当たりをする。バランスを崩した隙に突破し、騎士の包囲網の一部をこじ開ける。


 エリシアの剣の腕前はかなりのものだが、相手をするのは一般の兵士ではなく騎士だ。性根が腐っていようとも、実力は確かだった。


 不意をつけた初めのうちこそ有利に戦えたものの、エリシアの動きに慣れてくると状況が変化する。ただでさえ多勢に無勢なのだ。簡単に突破できるはずがなかった。


 騎士たちは勝利を確信しているかもしれないが、ロミルにとっても想定の範囲内。エリシアがこじ開けた場所から包囲網を抜けるなり、サラのお守りを交代する。


 騎士を目指していただけあって、エリシアは差し出されたサラの身体を軽々と持ち上げた。物扱いされても、邪魔にならないようにとサラはひたすらジッとしている。


 今度はエリシアがサラを担いで逃げる。追いかける騎士の相手をするのは、ロミルだ。


 騎士たちの動きは洗練されているが、生まれつき重力を他の人ほど感じないロミルにとっては何の問題にもならない。田舎町で化物と虐められた際にも、人間以上の力がある。つまりこれは才能だと思ったほどだ。要するにロミルは、意外と前向きなのである。


 訓練された動きを披露できなくとも、騎士たちが目で追えるかどうかといったスピードで勝負できる。両手で二本のショートソードを構え、ゲリラ的に攻撃を行う。


 超スピードで敵の背後へ回り込み、首筋を狙う。危機的状況を打破するためには、手加減などできない。


「駄目です。むやみに殺してはなりません!」


 エリシアに担がれながら、サラが大きな声を出した。


「正気か!? お前、殺されかけたんだぞ!? 今だって捕まれば、三人揃って処刑確実だ。それでも殺すなってのかよ!」


「はい。私は首領様に、人殺しになってほしくありません。どうか、お願いです」


 調子が狂いそうだ。確かにロミルは他人の命を奪った経験はない。紛れもない事実だ。


 臆してるわけではない。機会がなかっただけだ。盗賊を生業に選んだからには、近いうちに手を汚さなければならないと覚悟を決めていた。


 ところが少し前に出会って盗賊団に加入した童顔爆乳王女は、ロミルに騎士を殺すなといった。無視しようかとも思ったが、あまりに真剣な顔つきで澄んだ瞳を向けられると、せっかくの覚悟がしぼんでしまう。


「チッ! わかったよ。けど、無力化させる必要はある。結構な怪我は負わせるぞ!」


 ロミルが言うと、サラは「はい」と頷いた。誰ひとり傷つけずに脱出するのは、さすがに無理だとわかっているのだろう。


「フン。まるで子供のおままごとだな。覚悟が足りん」


 一時はエリシアの体当たりでバランスを崩していたが、さすがは騎士だけあってすぐにアルガルが戦列に復帰してきた。しかも他の騎士とは動きが違う。明らかに格上だ。


 道理で散々偉そうにしてるわけだぜ。こいつひとりに、時間をかけすぎるわけにもいかねえな。


 アルガルの攻撃を回避しつつ、他の騎士を標的にする。鎧を着こんでいても、フルプレートアーマーでない限りは防御の薄い部分がある。そこを狙う。


 フルプレートアーマーの騎士は後回しだ。ショートソードで兜を剥ぎ、露わになった顔部分にダメージを与えてもいいが、手間がかかりすぎる。一対大勢の状況下で、真っ先に選択したい戦闘ではなかった。


 フルプレートアーマーの騎士は防御力が高い。代わりに重さで機敏さがある程度失われる。ますますロミルの動きにはついてこられない。


 攪乱されておろおろする騎士は放置し、なんとか目でこちらの動きを追えている敵をまずは仕留める。命までは奪わない。ついさっき、サラにお願いされたばかりだ。


「信じられないスピードだな。道理で誰にも気づかれず、王女やエリシアの側までやってこられたわけだ」


「お褒めに預かり光栄だね。アンタもなかなかだぜ。殺気が全開の剣といい、とても何の見返りもなく、幼女を救うような男には見えねえな」


「騎士が民を救って何が悪い。たまたまエリシアだっただけだ」


 スピードでは敵わなくとも、気配を察知して攻撃を仕掛けてくる。アルガルだけは、他の騎士と別格だ。騎士団の隊長クラスが全員このレベルの実力を持っているのだとしたら、いつまでものろのろしてるのは危険すぎる。


「そのわりには、あっさりと王女のサラを見捨てようとしてたじゃねえか。正義を愛するなら、守ってやるべきだろ」


「盗賊のくせに、貴様も青いな。我々に必要なのは正義ではない。忠義だ」


「ククク。国王に命令されれば、何でもしますってか。そりゃ、凄え。罪もない一家を反逆者扱いはもちろん、適当な女を好き放題にしたりもできそうだな」


「何が言いたい」


「さあな。だが、顔が険しくなってるぜ。色男が台無しだ。ククク」


「……その鼻につく笑い方をやめろ!」


 激昂したアルガルの剣が鋭さを増す。繰り出される一撃一撃が強烈だ。


 常人では見切るのすら難しい攻撃を、バックステップで難なく回避する。身体に当たるギリギリのラインも、他者より速く動けるだけに三倍の余裕がある。


 それでも気を抜けば、一刀両断されかねない。単純な剣の実力ならエリシアよりも上だ。騎士を目指していた剣士と、本物の騎士の違いを見せつけられてる気分だった。


「悪いが、こっちも簡単に殺されるわけにはいかねえんでな。きっちり抵抗させてもらうぜ」


 サラを担いで前庭からの脱出を窺うエリシアに、必要以上に騎士の相手をさせるわけにはいかない。縦横無尽に動き回り、次々と騎士たちにダメージを与えていく。


 バタバタと地面に倒れる仲間を見て、単独で挑みかかっては不利だと騎士たちが判断したみたいだった。ロミルにとっては、ありがたい限りだ。


「複数で行動し、敵の攻撃を防御できる陣形を作れ。このままでは各個撃破されるばかりだぞ!」


 騎士のひとりが大きな声で、周囲の仲間に指示を出した。騎士連中だけでなく、一般の兵士たちも背中を合わせる形で協力し、ロミルの攻撃に備える。


「愚か者どもめ! それが敵の狙いだと気付かんのか!」


 アルガルが怒りの声を響かせるも、もう遅い。動き出したロミルは城門へ移動し、門番の太腿を斬りつけて動けないようにする。


 自分たちが狙われてるとばかり思っていた騎士たちは、防御の陣形を作るのに夢中で、完全に虚をつかれる形になった。


 ロミルの目的は敵の殲滅でなければ、王都制圧でもない。単純にサラを救出して逃げたいだけだ。


 超スピードでゲリラ的な攻撃を仕掛けてくるロミルに、事前情報が一切なかった騎士たちは慌てふためいた。そのせいで冷静な判断ができなくなっていたのである。


 アルガルひとりだけが予測できていたみたいだが、ロミルとの戦闘に注意を向けていたのもあって、しかるべき対応をとれずにいた。


 見送られるような形で、ロミルは先にエリシアとサラを逃がす。住民に王女の処刑を見せようと、門を解放していたのが連中の最大の失敗だ。


 もとよりサラ寄りだった住民は、適当ながらもロミルたちの姿を隠してくれる。騎士に退けろと一喝されれば従うだろうが、多少の時間稼ぎにはなる。


「馬を調達してる時間はねえな。サラを寄越せ。俺なら担ぎながらでも、それなりに速く走れる」


「わかった。サラを頼む」


 並んで走りながら、サラの受け渡しを行う。


「あ、あの……ここまでしてもらわなくとも、私も走れます」


「意気込みは買うが、黙って担がれててくれ。追ってくる騎士どもより速く走れるんなら、話は別だけどな。自信あんのか?」


 ロミルの肩の上に担がれたサラが、自信なさげに「頑張ります」と言った。

 それを受けて、エリシアも賛同するのではなくロミルに同調した。


「今は逃げ切るのが最優先だ。何かと不自由だろうが、しばらくはロミルに従ってくれ」


「そ、そうですね。わかりました。我慢します。で、ですが、お尻を撫でる回数は、減らしていただけると嬉しいのですが……」


「……何?」


 エリシアの目がつり上がる。視界の中で、ふくよかなお尻をワンピースの上から撫で回すロミルの手を発見したせいだ。

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