第23話

 どんなに重いものであろうとも、ロミルが持てば三分の一にしか感じられない。石の剣が六十キロあったとしても、ロミルには二十キロ程度になる。


 それでも十分に重いが、両手に持って振るくらいはできそうだ。石の剣を肩に担いで、ドアの前まで移動する。


「上手くいってくれよ。窓のない部屋で追い詰められるのは嫌なんでな」


 構えた剣を、全力で振り下ろす。手が粉々になりそうな衝撃で全身が痺れるも、目の前にあった扉は見事に砕け散った。石の剣もダメージを受けたが、まだ半分以上は残っている。同じ石製でも、それぞれに強度の違う石を使っていたようだ。


「石像がこの剣で床を破壊してたから、いけるだろうとは思ってたが……これほどかよ。まともに食らってたら、一発で終わってたな」


 役目を終えた石の剣を適当に置く。扉の大半がなくなったことで、だいぶ見晴らしもよくなった。城内の廊下らしき景色が広がる。


 かなりの破壊音が発生したにもかかわらず、大変だと大急ぎでこちらへ向かってくる足音はひとつもない。城の中でも、よほど人けのない場所なのだろうか。


 人の気配もないので、そろそろと部屋から出る。正面は行き止まりだが、左右に道が広がっている。見取り図がないので、両方ともどこに繋がってるのかは不明だ。


「とりあえず歩いてみるか。そのうち、どっかに辿り着くだろ」


 選んだのは左側へ向かう通路だ。若干上に向かってるような感じがするので、外へ脱出できる可能性が高いのではないかと判断した。


 兵士と遭遇したら、逃げればいい。疲れてるのもあって、侵入した当初の慎重さはだいぶ失われつつあった。


 警戒心が少なめになっても問題なかったのは、城内にほとんど人の気配がしないおかげだった。不思議どころか、不気味さすら漂う。


 石が剥き出しの廊下を歩いていると、前方にある窓から日が差し込んでいるのが見えた。石像と戯れてる間に、朝になっていたらしい。


「嘘だろ……これじゃ、サラを探すどころか、脱出するのも難しいぞ」


 兵士だけでなく、使用人たちも動き出す。そこかしこに人の姿があれば、とても自由には行動できそうもない。


 どうするかと悩むよりも先に、歓声らしきものが窓を振動して伝わってくるのに気づいた。窓を開けて、何の騒ぎなのかを確認する。


「歓声かと思ったが……悲鳴も混じってんのか?」


 風に乗って様々な声が届けられる。怒号みたいなものまである。何が起きてるのかは不明だが、城内に人が少ないのと関係ありそうだ。


 窓から外を見る。地面が近いので、廊下があるのは一階だと判明する。ここまでの通路が上に向かっていた感じがしたので、例の宝物庫は地下にあったのだろう。


 周囲に人影がないのを確認してから、身を乗り出す。一階なので、窓から脱出するのは簡単だ。


 城の外壁に背中を密着させるような感じで、そろそろと歩く。ずっと先にいったところが、声の発生源みたいだ。


 歩いてるうちに裏庭へ到着する。ここにも誰もいない。ロミルが侵入した時の様子が、そのまま残っている。


「窓から侵入したのは気付かれてたはずだ。気にならないほど、大きな問題でも発生したってのか?」


 尋ねるような口調で呟いたところで、答えてくれる者は誰もいない。声だけが、裏庭に空しく木霊すだけだった。


「とりあえず、異様な盛り上がりの原因を探ってみるか」


 裏庭から出る。兵士の姿がちらほらと見えるようになってきたが、全員揃ってこちらに背を向けている。


 連中が見ているのは、前庭の方か? どうやら、そこで何かが起きているらしい。


 疲れてる足を頑張って働かせ、常人の三倍速の走力で兵士たちの死角を通って前庭近くへ移動する。


 隅の方の木々に身を隠す。幸いにして、誰にも気付かれていない。前庭で展開されてる出来事に、誰もが目を奪われてるのが原因だ。


 普段は物静かな前庭が、今日に限って一般人にも解放されている。王女のサラが、作られた死刑台に拘束中だからだ。


 首の上下を挟み込む形で、木製の枷がつけられている。手首も同様に固定され、サラは四つん這いに近い体勢た。顔だけを、正面に大勢いる住民の方へ向けさせられている。


 木で作られた死刑台の近くには、見慣れた女剣士が立っている。エリシアだ。他の騎士たちが無表情の中、彼女だけが心苦しさを顔に出している。


 そんなに辛いなら、さっさとサラを助けだせばいいだろうが。心の中で怒っても、エリシアには届かない。


 サラのお尻を眺めるようにして、背後には現国王のベルサリトがいる。昨日の聞き込みで名前を思い出した程度の知識しかないが、誰に聞かなくとも国王が誰なのかは一目瞭然だった。豪華絢爛としか言いようのない衣服に身を包み、煌びやかな王冠を頭の上に乗せているからだ。


 隣に座っている王妃らしき女の衣服も高級感たっぷりだ。実の娘が処刑されそうだというのに、純白のドレスを選ぶ時点で狂ってるとしか思えない。王妃の側に立つ宰相らしき男も、かなり高級そうな服を着ている。他の連中も似たり寄ったりだ。


 こんな光景を毎日のように見せられたら、ロミルなら暴動を起こしてるかもしれない。贅沢をしすぎだと発言したサラが、国民の人気を集めるのも当たり前だった。


 近いうちにサラが処刑されるというのは、昨夜にエリシアから教えてもらっていたが、こんなに早いとは思っていなかった。もしかしたら、ロミルの侵入が予定を早めさせてしまったかもしれない。


 可能性はある。いまだに発見できない侵入者の目的を王女救出と仮定した国王が、ならばすぐにでも処刑しようと考えてもおかしくないからだ。


 王都の人間から集めた情報で、現ムルカ国王が直情的な人物であるのは容易く推測できる。権力を奪われかねないといった理由で、実の娘を処刑しようとしている姿からも明らかだ。


 処刑に反対しない王妃や宰相も同類だろう。道理で城へ戻るよりも、ロミルの盗賊団へ入るのを選んだはずだ。


 そのサラも親しくしていた家族を人質みたいに扱われ、今では処刑台に拘束されてしまっている。


 サラが捕らえられたいきさつも知っているのか、国民の一部からは怒号が飛ぶ。


 そうした人間をひとりずつ兵士が取り押さえる。退場させるのではなく、そのまま王女の処刑を見せようとする。たちが悪い。中には号泣する者もいるほどだ。


 反乱を企てようとする国民への見せしめかもしれないが、処刑を実行したら逆効果になるようにしか思えない。委縮する者も当然出てくるだろうが、それ以上に反発を覚えられるはずだ。


 直情的な国王を諌めるどころか、当たり前のように従う。宰相ら幹部だけでなく、騎士団の連中も十分に腐っている。


 忌々しげにロミルが木の陰から見つめる中、用意された豪華絢爛な椅子から立ち上がった国王が大きな声を出した。


「これより、反逆者サラの処刑を行う。余に逆らう者の末路を、よく見ておくがよい!」


 いざ処刑が始められようとしても、母親の王妃は夫を制止しない。むしろ優雅な微笑みを浮かべかねない有様だ。


 警護のためにいる騎士たちも、何も感じてない様子だ。一般の兵士と比べて立派な鎧を纏ってるだけに、王女の命よりも自身の待遇が大事なのだろう。


 受けた依頼の報酬もある。可能なら今すぐにでもサラを救出してやりたい。実行できないのは、チャンスがないからだ。


 二桁を超える騎士たちが周囲を警戒している状況下では、不意をつけてもサラの死刑台まで破壊するのは難しい。手間取ってる間に、一斉に襲い掛かられればどうしようもない。


 せめて、あの死刑台だけでもどうにかできれば。強く下唇を噛む。駄目もとで突っ込んでも、一緒に殺されてしまえばただの無駄死にだ。


「余は民の忠誠を望む。反乱を企てるのであれば、我が娘とて容赦はせん。反逆者よ。最後に何か言うことはあるか」


 拘束されて以降、一度も俯かなかったサラは、死刑台に拘束されながらも国民を見て微笑んだ。


「皆さんの心と触れ合えた日々は、何よりの宝物です。ありがとうございました。貰ってばかりでお返しができない私を、どうかお許しください」


 状況を見守ってる民衆から嗚咽が漏れる。


 不愉快そうにするのは国王のベルサリトだ。親子の愛情など微塵も見せず、冷淡な口調で騎士に処刑を命じる。


「大罪人を処刑せよ。騎士アルガル!」


 アルガルという名前には聞き覚えがある。エリシアとサラが対峙した際の会話で、出てきた名前だ。隠れて聞いていたので、ロミルも覚えている。


 幼少時のエリシアを救ったという騎士なら、この場でサラの命を許すよう進言してもよさそうだが、そのそぶりすらない。民衆のブーイングを物ともせず、淡々と腰の鞘から抜いた剣を構える。


 いよいよ訪れる絶望の瞬間に、誰もが息を呑む。騎士アルガルの態度を見れば、本気で王女の首をはねるつもりなのがわかる。


 もはや一刻の猶予もない。殺されるのを覚悟で、サラの救出へ向かうしかなかった。


 ロミルが決意した瞬間、先にエリシアが動いた。鞘から抜いた剣を、処刑役に任命された騎士アルガルの喉元へ突きつける。


 椅子から立ち上がったままの国王が目を見開き、エリシアを睨みつける。慌てふためく宰相が何事かを叫ぶが、せっかくの声は民衆の歓声に掻き消された。


「……何をしているか、わかっているのか」


 感情を感じられないような冷たい声だった。

 アルガルの問いかけに、エリシアが「もちろんです」と応じる。


 辛そうな様子は残っているものの、アルガルへ向ける瞳には確かな決意が宿っている。


「つい先日、二度はないと言ったはずだ。今後は俺に従えともな」


「覚えています」


「ならば剣を退け。この程度で情を覚えていては、騎士になどなれんぞ」


 アルガルの言葉に、拘束されているサラが反応する。


「この方の言うとおりです。今ならまだ間に合います。私のことはいいですから、エリシア様は騎士になってください。弱い人たちを、ひとりでも多く救ってあげてください」


 懸命の訴えに瞼を閉じたあと、これまで以上の強い決意でエリシアが目を見開いた。迷いはもうない。彼女の声が、聞こえてきそうだった。


「私が間違っていた。誰かを犠牲にして得た騎士の称号などに、何の意味があるのか。誇りに思えぬ肩書など不要。騎士として! 罪なき王女を助ける」


 言うが早いか、剣を振るったエリシアはサラを拘束する木製の処刑台を破壊した。手や首に枷をはめられる際に、手錠などを外されていたサラが自由を取り戻す。前庭に集まっていた民衆が歓喜の雄叫びを上げた。


「何をしておる! 余の命令に逆らうとは、それでも騎士を目指す者か!」


 国王に叱責されたエリシアは、悪びれもせずに主君となるはずだった男の顔を見る。

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