第22話

 金貨の入った木箱から出ようとした瞬間、尋常じゃない悪寒が背すじに発生した。反射的にロミルは木箱の端に足をかけ、全力で前に飛んだ。


 数秒も経過しないうちに、派手な音を立てて木箱が粉々になった。周辺に金貨が飛び散る。勿体ないと拾い集めてる余裕はない。


 何事だと振り返ったロミルの視線の先にいたのは、先ほど見た石像だった。ギギギと、木箱からこちらに顔を向ける。石で造られてるはずの両目が、気味悪いほどの赤色に輝く。


「な、何だってんだ。いきなり動き出しやがって。人を驚かすのが趣味なら、他のやり方にしてくれよ」


 動いてはいるが、言語までは理解できないようだ。ロミルが何を叫んでも、まともな反応は返ってこない。侵入者は殺すとでも言いたげに、両手に持った石の剣を振ってくる。石とはいえ、強烈な力でぶつけられれば致命傷を与えられかねない。ダメージを負わないようにするためには、ひたすら回避するしかなかった。


「俺ほどではねえにしろ、石像のくせに動きも速いじゃねえか。くそっ。俺が出て行くまで、おとなしくしてくれてりゃよかったのによ」


 石像は真っ直ぐにロミルを追ってくる。動くものだけを攻撃するのかもしれない。黙って立って様子を見る。石の剣が寸分違わずにロミルの脳天を狙ってきた。


「チッ! 動きで標的を判別してるわけじゃねえのか。まさか、生命反応を感知してやがったりしねえよな」


 冷や汗が頬を流れる。石像が勝手に動いてるのだから、どう考えても普通ではない。恐らく、魔法で細工がしてあったのだ。


 きっかけとなったのは何か。石像の攻撃を回避しながら、考える。思い当たったのは、例の小箱だ。開けて、中身の指輪を取った直後に動き出した。


 それならばと、床に散らばっていた金貨の中から見つけた小箱を拾い上げる。入っていた木箱を石像が破壊したので、床に転がっていたのである。


 ズボンのポケットから取り出した指輪を、急いで箱の中へ戻した。これでいいんだろと石像を見上げるも、動きを止めるそぶりすらなかった。


 石造りの床が、石の剣で割られる。連続で、圧倒的な破壊力を目の当たりにさせられた。常人なら恐怖におののくかもしれないが、三分の一しか重力を感じないロミルは別だ。自身のスピードに絶対の自信があるからこそ、臆したりはしない。部屋の中でも、余裕で攻撃を回避する。


 問題は別のところにある。大きな音を立てすぎて、兵士たちがこの部屋にやってこないかというものだ。いかにロミルとはいえ、多勢に無勢の状況下になったら分が悪い。誰かが駆けつけてくる前に、なんとかする必要がある。


 指輪を箱に戻したが効果はなし。もしかしたら小箱を開いた時点で、石像に仕掛けられていた魔法が発動する仕組みになっていたのかもしれない。生命反応を感知して動いているのなら、厄介極まりない。死んだふりは通用せず、ロミルが絶命するまで執拗に攻撃を仕掛けてくる。


 道理で鍵をかけてないはずだ。今さらになって、部屋内のセキュリティレベルが低かった理由に納得する。こんな番兵がいたら、罠など必要ない。のちに部屋の様子を見に来た使用人なりが、力尽きた盗人の遺体を処理すればいいだけだ。


 周囲に生命反応を示す者がいなくなると、勝手に活動停止するのだろう。箱を開けるまで普通の石像と変わりなかったのが証拠だ。


 大変な事態になってしまったが、考えてみれば好都合だったかもしれない。生命反応を察知して動いてるのであれば、敵味方の区別はつかないはずだ。推測が間違ってなければ、騒ぎになってるのを聞きつけても迂闊に部屋へは入れない。乱入すると同時に、石像の新たな標的となってしまうからだ。


 どれくらいの時間を必要とするかはわからないが、活動を停止してもすぐには元の石像へ戻らないはずだ。人の姿が視界から消えただけで魔法の効果が失われるのなら、攻略も容易になる。さっさと逃げて、どこかで時間を潰して戻ってくればいいだけだからである。


 あくまでロミルの個人的な推測でしかないが、ターゲットを倒してもしばらくは魔法の効果が残るのではないか。生命反応がなくなって一定の時間が経過後、元の石像へ戻る。これが一番しっくりくる。だからこそ、すぐには誰もこの部屋へは入って来ない。ドアの前や裏庭に大量の兵士を配置されれば大変なので、いつまでも滞在できるわけではないが、石像さえなんとかできればとりあえずの避難場所として活用できる。


 問題は、どうやって動く石像を倒すかだ。ロミルの武器は二本のショートソードと、懐に隠している五本のナイフだ。投げて使用したりもするので、ナイフは多めに持ってきた。人間相手には遠距離攻撃用の武器としても使えるが、目の前で動き回る敵はものともしない可能性が高い。傷をつけられたとしても、素材が石だけに大きなダメージにはなりそうもなかった。


 二本の石の手が振り回す石の長剣を回避しながら、試しにショートソードで足元に斬りかかる。威力はナイフよりも上なのだが、案の定な結果に終わる。鈍い音とともに、ロミルのショートソードが跳ね返された。


「これじゃ、埒が明かねえぞ。爆弾なんて持ってねえし、魔法も使えねえ。となると、弱点を探すしかないんだが……あんのかよ……」


 石像とは思えない速度で、攻撃が続けられる。距離を詰めれば、足技なんかも使ってくる。疲れを知らない石の身体は、こと戦闘時には便利そのものだ。呼吸を荒くするロミルとは対照的に、足を止めて息を整えたがるそぶりすら見せない。


「このままじゃ、ジリ貧だ。かといって、一か八かなんて真似はできねえし……おい、弱点はどこだよ!」


 尋ねたところで、答えてくれるはずもない。凶悪な顔つきにしか見えなくなった石像が、血のように赤い目を光らせて突進してくる。


「楽しそうに目を輝かせやがって……ん? 待てよ……目か……」


 繰り出される二本の石の剣を軽やかに回避し、二メートルを超える石像の頭に飛び乗る。


 真上なら攻撃しにくいかと思ったが、石像だけに人間のような関節がないのか、腕が平然と後ろの方にまで回ってくる。


「うおっと!? 危ねえな! 変な攻撃してくんじゃねえよ!」


 片手で石像の頭を掴んでバランスをとりながら、もう片方の手でショートソードを構える。


 相手は人間でなくとも、視界を塞がれればキツいだろう。そう考えたロミルが狙ったのは、石像の目だった。


 右手に持つショートソードの剣先を、石像の左目へ突き刺す。目も石で造られてるはずなので、本来なら跳ね返されておかしくない。


 けれど、ロミルのショートソードは確かな手応えとともに、石像の左目へ突き刺さった。


 表情は変わらないが、暴れっぷりが一層酷くなる。大きなダメージを受けて、悶えてるような感じだ。


「効いてるみたいじゃねえか。それなら、もうひとつもいっとくか」


 引き抜いたショートソードで、今度は石像の右目を狙う。


 妨害すべく、石像が狂ったように頭上のロミルを攻撃する。石の剣が自身の一部にぶつかって、剣や体が壊れようともお構いなしだ。


 ギリギリまで攻撃が迫ってきても、他人の三倍速く動けるロミルはなんとか回避できる。


 頭の上から振り落とされようとも、すぐに体勢を整えて再挑戦する。鬱陶しそうにするということは、効果的な攻撃だと自身で白状してるようなものだ。


 石像の肩に足を乗せて、手で頭を掴む。違う手に持ったショートソードで、左目に続いて右目も攻撃する。


 やはり石とは違う感触がして、ズブズブと剣が石像の目の中に飲み込まれていく。もしかしたら、目の部分だけ違う素材を使っているのかもしれない。


 声を発せず、表情も変えない。パっと見は攻撃が効いてるのかわからないが、動きを止めたので、選択は正しかったと安堵する。


「油断させてるだけで、背を向けた瞬間にまた襲ってこねえだろうな」


 通常どおりの重力を感じないおかげで他人より機敏な動作ができるとはいえ、完全な不意打ちを食らったらどうにもならない。


 もう大丈夫だとは思うが、警戒するために石像が見える位置で身体を休める。壁を背もたれに利用し、床に腰を下ろす。安堵の息を吐くと、溜まっていた汗がどっと噴き出した。


「とんだタイムロスだな。変な指輪のために、苦労させられたぜ」


 愚痴りながら、戦闘中に無理やりズボンのポケットへ突っ込んでいた金の小箱を取り出す。蓋を開けても、今度は石像も動き出さなかった。


 指輪を右手に持つ。空になった箱を、金貨が散らばってる方へ放り投げる。ガチャと音を立てて、力なく箱が床に転がった。


「こんだけ頑張ったんだから、高値がついてくれるのを期待するぜ。さて、ついでに金貨を少し貰ってから脱出するか」


 荒かった呼吸もだいぶ落ち着いた。休憩を終えて立ち上がる。床に落ちている金貨を、十枚程度拾う。これだけでも、数日の食事代くらいにはなる。


「デカい袋とか持って、また来るのも悪くねえな。こんだけ溜め込んでんだから、少しくらい盗んでも罰は当たらねえだろ」


 言いながら、侵入してきた通路を見る。使用すれば戻れるが、裏庭で兵士が待ち構えてたらアウトだ。


「せっかく手に入れた指輪を奪われたくねえしな。慎重に……って、ちょっと待て。俺は城に、盗みを働きに来たんだっけか」


 自分自身に尋ねてみる。ロミルの記憶が確かなら、城のお宝を頂戴する以上に大事な目的があったはずだ。


 思い出した直後に、あっと大きな声を上げる。金貨や石像に遭遇して、すっかり忘れていた。


「そうだよ。俺はサラを助けに来たんじゃねえか。お宝を漁ってる場合じゃねえんだよ」


 さらに数枚の金貨をズボンのポケットへ放り込んでから、部屋のドアに接近して耳をつける。外の様子を窺うためだ。


 物音はしない。人の気配もない。シンとした様子が伝わってくる。


 ドアを少しだけ開けようとしたが、しっかりと鍵がかかっている。ここが想像どおりに宝物庫であるなら、当然だった。


 試しに軽くドアを叩いてみる。やはり反応はない。外に誰もいないと判断し、ロミルは強引にドアをぶち破ることにした。


 騒ぎになれば人も集まってくるだろうが、狭くて逃げ場のない隠し通路内で見つかるよりはマシだ。


 硬そうな石のドアなので、ショートソードで攻撃しても破壊できそうにない。使うのは、石像が持っていた石の剣だ。


 動かなくなった石像の側に、指を離したせいで床に落ちた石の剣が横たわっている。


 両手で持ち上げる。かなりの重さだが、なんとかなりそうだ。

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