第21話

 気になったので、再び立って周囲を歩いてみる。座った跡を足で消しながら、強めに踏み込む。


 最初に座った場所だけ、やはり跳ね返ってくる感触が違う。


 何か、あるな。ロミルは直感的に思った。


 足で土を掘る。途中で靴のつま先に、硬い何かがぶつかる。

 少し大きめの四角形だ。硬い何かが広がっている。まるで蓋のようだ。


 ロミルはあっと思った。ここは王城だ。秘密の通路があってもおかしくない。裏庭は人けがないだけに、出口としては最適だ。


 蓋らしきものの上に乗っている土を、足でせっせと寄せる。幸いにして、さほど量はなかったので短時間で終わる。


 誰にも見つからないうちに、薄い青色の物体を発見できた。うつ伏せの体勢になれば、人ひとりくらいがなんとか通れる程度の大きさだ。まずは、罠が仕掛けられてないかを確認する。


「罠はないな。だが、取っ手もないか。てことは、スライド式かもな」


 ひとり言を呟きつつ、両手でドアの感触を確かめる。どうやら石でできてるようだ。押してもビクともしない。引っ張るには、取っ手がないから難しい。


 ここが出口だとすれば、向こうからしか開かない仕掛けになっているのかもしれない。想像したとおりの緊急用の通路ならば、十分にありえる話だ。


 周りの土を掘っていったとしても、トンネルみたいな石造りの通路の外側が出てきて終わりといったところだろう。


「単純にスライド式なだけだったら、簡単なんだがな」


 横に軽く押してみると、拍子抜けするほど石扉があっさり動いた。


「本当にスライド式なだけだったのかよ。秘密の通路か何か知らねえが、こんな簡単でいいのか……」


 他人事ながら、少しだけ心配になる。現に、ロミルの侵入を許そうとしている。

 誰にも忠告したりはしない。忍び込む側からすれば、楽そのものだからだ。


 小型のライトを口に咥える。スイッチを入れて、内部を照らしてから侵入する。


 かなり狭いが、我儘を言ってはいられない。足から身体を全部入れたところで、両手を使って扉を閉める。閉める前には、周囲から土を掻き集めて石扉の上に乗せておいた。どうしても一部分は露出したまま残ってしまうが、全体が丸見えになってるよりは他の人間に気づかれにくいはずだ。


 扉は薄い青色だったが、内部は灰色に近い色の石で造られている。土のにおいが薄れ、埃とカビのにおいが強くなる。だいぶ使われてなければ、掃除もされてない感じだ。やはり秘密の脱出経路なのだろうか。


 ライトで照らして、下を見る。すぐに足がつきそうだ。地面から侵入しただけに不安もあったが、どこまでも落下していくといった感じの通路ではなさそうである。


 行き止まりではなく、今度は前方に通路が伸びている。足をつけたのも束の間、今度はほふく前進で先を目指さなければならない。窓はないので、口に咥えたままのライトだけが頼りだ。スイッチをオンにすれば、先端に魔力の明かりがつくタイプのものだ。購入してからほとんど使ってないので、魔力の残量もかなりあるはずだ。魔法が使えればこんな時に楽なのだが、生憎とロミルには素質がなかったのでどうしようもない。


 両手両足を動かして、ズリズリと前進する。蜘蛛の巣が髪の毛に引っかかったりするが、さして気にしない。神経質でなくてよかったと安堵しつつも、いつまでこの通路は続くのだろうかと辟易する。


 そのうちに前方がライトの光を反射した。どうやら行き止まりのようだ。目を凝らしてみると、入ってきたところと同様の薄い青色の石扉があった。


 どこに出るかはわからないが、恐らくは再び城内へ侵入できるはずだ。上手く隠れつつ、今度こそサラの居場所を判明させなければならない。


 目の前に迫った石扉を、横にスライドさせて開ける。埃のにおいは相変わらずだが、通路よりもずっと開けた場所に出た。


 かすかに開けた扉の隙間から様子を窺ったが、人の気配はしない。ゆっくりと通れるくらいにスライドさせてから、今度は罠の有無を確かめる。王族が利用する抜け道なら罠はなさそうだが、追手を妨害するために専用のものがあっても不思議はない。


 罠もないようなので、とりあえずは安心して通路から出る。ライトを消すと、周囲が暗闇に包まれる。辿り着いた部屋らしき場所には、窓も明かりもなかった。


 探せばランプくらいはあるのかもしれないが、迂闊に明かりをつけて誰かに見つかったら元も子もない。手探りで部屋の隅へ移動する。


 大きめの木箱などがある場所に隠れる。目を闇に慣れさせるために、しばらくジっとしておく。夜目がきく方なので、不安はあまりない。


 明かりがついている時ほど自由には動けないものの、どこに何があるか程度はなんとなくわかるようになる。改めて罠の有無に気を遣いながら、慎重に行動を再開する。


 ひんやりとした空気が頬に伝わるも、緊張と集中で上半身は汗まみれだ。吐く息も熱い。闇を纏っているだけに、まるで死が隣にいるように感じられる。極度の緊張で、喉だけでなく肺までヒリヒリしてくる。初めての体験だった。


「それにしても、この木箱には何が入っているんだ?」


 なってから年月はさほど経っていないが、盗賊としての血が騒ぎだす。大人の男がひとり隠れられそうな大きさの木箱の蓋を、ナイフを使って強引にこじ開ける。


 そこにあったのは、大量の金貨だった。間違いなく本物だ。これだけの量があれば、軽く数十万ゼニーにはなる。


「おいおい。この部屋ってまさか、宝物庫じゃねえだろうな」


 言ってみて、ロミルは苦笑する。本当に宝物庫なのだとしたら、あまりにも警備がおざなりすぎる。


 扉の外に見張りがいるのかもしれないが、通常なら室内にも罠が仕掛けてあって当然だ。まさか、城の人間が引っかかってはいけないなどの理由で設置してないのだろうか。


 可能な限り金貨を持って帰りたいが、サラ救出がまだでは邪魔になるかもしれない。助けだしたあとで、王女であるサラの許可を取って貰いにこよう。そんなふうに考えて、とりあえずは金貨を諦める。


 なんとなく宝物庫と口にしたが、可能性は高い。埃っぽいにおいがするものの、まったく掃除されてないかといえばそうでもない。部屋の中央部分などは、明らかに人が出入りをした感じがある。


 室内の様子を探っていく。ロミルが出てきた通路は部屋の壁と繋がっていた。そこからの視点で、右の隅に金貨の入った木箱が複数ある。左側には何も置かれていない。正面の壁も同様だ。通路も荷物も見当たらない。


 裏庭と繋がってる通路から見て右側が、宝物庫と思われるこの部屋の正面奥になるようだ。反対方向に視線を向ければ、闇の中でも薄らとドアがあるのが見えた。


 ドアの位置から正面奥の右側に木箱。右側の壁に通路。左側には何もない。中央にも何もない。大体、こんな感じだ。


 頭の中で考えをまとめてから、改めて室内を探索する。ここまで来た通路と、同じ種類の石で造られている。無機質な感じで、やはり明かりは見当たらない。ここへ入る時は、ランプかライトを持ってくる必要がある。


 頻繁に人の出入りはなさそうだ。隠れる場所としては最適だった。問題はここから出た先が、どこと繋がっているかだ。すぐにでも確かめようと思ったが、盗賊としての本分が邪魔をする。


「木箱に金貨を詰め込んでるくらいだ。探せば、もっといいお宝があんじゃねえのか」


 顔をニヤけさせながら、すっかり闇に慣れた両目で宝箱がないか探す。サラ救出を優先しなければならないのはわかっているが、こういう息抜きみたいなのも必要だ。


 部屋の正面奥をうろうろしていると、不意に誰かに見られてるような感じがした。しかし、誰の気配もしない。気のせいかと思っていたら、部屋の左側の奥に大きな石像があるのが見えた。闇に紛れていたせいで、これまで発見できなかった。


 部屋の天井は結構高いので問題はないが、灰色の石像は二メートルを超える。両手に石の剣を持ち、今にも斬りかからんばかりに振り上げている。石造の頭上で交差する剣が、禍々しさと威圧感を放つ。もしかしたら、この部屋の番をしているのかもしれない。全体が石で構成されているので当たり前だが、兜や鎧など全身を石の防具で覆っている。いきなり動き出して襲われたりしたら、ひとたまりもなさそうだ。


「俺にはまったく理解できねえが、こういった石像が好きな奴もいるんだろうな。王族ってのは、くだらねえ贅沢をしすぎだぜ」


 それが当たり前なのだが、王女のサラだけは違った。贅沢をやめて、その分のお金を生活に苦しんでる住民に与えるべきだと国王に訴えた。


 産まれた時は実の娘として可愛がっていたであろう王女なのに、存在を煩わしく感じ始めた実父の国王は断罪を決意した。自身の権力を守ろうと必死なのだ。


 各町の住民は王女のサラを慕っているが、表立って行動する者は少数だ。目立ちすぎた結果、国から標的にされるのを恐れてるのである。無理もない判断だった。自分の生活が一番大切なのは、誰であろうと同じだ。サラとて、行動しきれない住民を恨んではいないはずだ。


 付き合いはさほど長くないが、世間知らずな童顔爆乳王女が純粋なのは十分に理解できた。騎士になりたいがゆえに、サラへ剣を向けた女剣士のエリシアも同じだ。


「……チッ。どいつもこいつも世話が焼ける」


 報酬に釣られたとはいえ、助けたい気持ちが皆無だったわけではない。こういう形になったのだから、結果はどうなろうともロミルは全力を尽くすつもりだった。


「でも、宝探しは大事だよな。俺、盗賊だし」


 鼻歌を歌いたい衝動を堪えながら、夢中になって複数並んでる木箱の間などを探索する。せっかくだから、金貨に埋もれる感触を楽しんでみるのも悪くない。強引に蓋を開けていた木箱の中へ、ダイブするように手を突っ込む。ジャラジャラとした金貨の感触が、とても心地よく手に馴染む。このまま溺れられたら、どんなに幸せだろうかと考える。収入を気にする必要はなくなり、金の力で美女をはべらせ放題だ。


「贅沢な生活を捨てたがる奴の気持ちがわかんねえぜ。せっかく恵まれた立場に生まれたんだから、楽しめばいいのによ」


 サラの考えを否定するつもりはないが、生まれに甘えるのを拒んだせいで命まで狙われるはめになった。とどめに知り合いが捕まったからと、自ら出頭する。救いようのないお人好しだ。依頼を受けたからとはいえ、危険を顧みずにそのサラを救出しようとしているロミルも、十分にお人好しの部類に入るのかもしれないが。


 そんなことを考えながら金貨の海に浸かっていると、足元に違う感触がした。裏庭でこの部屋の入口を発見した時と、まったく同じ展開だ。


 自分は運がいい人間なのかもしれない。手を伸ばして、違う感触のものが何なのかを確かめる。それはロミルの手のひらサイズの小さな箱だった。


 掴んで持ち上げてみる。目の前で確認しなくとも、存在感たっぷりだ。なにせ小箱は、金色に輝いている。豪華な細工が施されており、大事なものを保管してますよと激しく主張しているかのようだ。


 怪しさもあるが、せっかくなので開けてみよう。好奇心豊かなロミルは、金色の小箱の鍵穴を探す。


「ん……? 鍵穴がねえぞ。小さいとはいえ、これだけ立派な箱だ。普通はあるはずなんだがな」


 両手で持った宝箱の裏側まで見るが、やはり鍵穴がない。どうやって開ければいいのか悩みつつ、ロミルは指に力を入れた。


 直後になんとも緊張感のない音を立てて、金の小箱が開いた。驚くロミルの視界に、小さな指輪がひとつ映った。


 豪華な装飾を施された小さな宝箱の中に入っているのは、それだけだ。高価そうではあるが、木箱に詰め込まれた大量の金貨の方が価値ありそうな気もする。


 大量に金貨の入った木箱を、人力で運び出すのは困難だ。盗みに入っていたのなら、誰かに見つかる前に持てるだけの金貨を取ろうとする。金貨の奥に何があるかまでは、考えないだろう。隠し場所として考えれば、ありだ。


「大層に隠してたから何かと思いきや、普通っぽい指輪とはな。結構古そうだから、意外と価値があるのかもしれねえな」


 小さな指輪ひとつなら、たいして荷物にもならない。サラを救出して城から脱出したら、ナスラの酒場の支配人にでも売りつければいい。ズボンのポケットに指輪をしまいこむ。空になった小箱は、再び金貨の海に沈めた。これですぐには、盗まれたのがバレないはずだ。

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